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ゴーイング・コンサーン情報と経営者の行動

5.1 経営者の再生行動に与える影響

5.1.1 はじめに

日本において継続企業の前提(GC:Going Concern)に関する情報が2003年3月1 日以降終了する事業年度より財務諸表に注記されることとなった。日本に導入されたGC 情報の開示の制度は二重責任の原則に裏付けられており、まず経営者が財務諸表の作成 にあたりGCの前提が適切であるかどうかを評価し、貸借対照表日現在にGCに重要な 疑義を抱かせる事象又は状況が存在しその解消または大幅な改善に重要な不確実性が残 ることにより、GC に重要な疑義が存在すると認識した場合には、当該事象又は状況に ついて財務諸表に注記し、当該事象又は状況を改善ないし解消させるための経営計画等 を策定し開示しなければならない1

一方で監査人は、監査計画の策定及び監査の実施の過程において GCに重要な疑義を 抱かせる事象又は状況の有無を確かめ、重要な疑義が認められる場合には、当該疑義に 対する適切な開示が行われているかどうか、GC の前提に基づき財務諸表を作成するこ とが適切であるかを検討することが求められている2。さらに、監査人は、重要な疑義を 抱かせる事象又は状況を識別した場合には経営計画等が当該事象又は状況を大幅に改善 させるものかどうか、実行可能なものであるかどうかについての十分な監査証拠の入手 が求められている3

この日本の枠組みは、現行の米国における枠組み、すなわち企業の存続能力に重要な 疑義をもたらす状態・事象を識別・評価する第一義的な責任が監査人にあり、経営者は 監査人が重大な疑念ありと判断した場合に当該状態・事象に関する情報を注記すること となることと対照的であるが、国際会計基準(IAS:International Accounting Standards)

または国際財務報告基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)、及 び国際監査基準(ISA:International Standards on Auditing)の考え方とは共通して いる。

上記のような、経営者がGCの評価、及びGCに対する疑義を抱かせる事象又は状況、

並びにその事象又は状況に対する経営計画等の適切な開示の責任をもつという日本の GC 情報の開示の枠組みは、経営者の行動や規律づけに影響を及ぼすのではないかと考 えられる。本研究の目的は、日本における GC情報の開示が継続性に疑義を与える事象 又は状況を改善ないし解消させるための再生行動を経営者に促していること、及びその ことが GCに疑義を与える事象又は状況を実際に改善ないし解消するのに役立っている ことを実証的に明らかにすることである。

122 5.1.2 日本におけるGC情報の開示と監査 (1) 導入の経緯

1999年に監査基準の改訂についての企業会計審議会における審議が開始された。その 背景として第一に、日本経済が経験したバブル崩壊による国内での監査環境の変化、す なわち経営破綻企業の開示や監査についての国内外からの不信や批判の噴出や、財務情 報の開示の充実と監査の質の向上に対する社会の要請がある。第二に、企業活動の国際 化が顕著となり IAS/IFRS がコア・スタンダードとして地位を確立したという監査環 境の変化がある。

特に監査基準改訂にあたって GC問題が取り上げられたのは、監査実務と財務諸表利 用者の監査に対して抱く期待との格差である、いわゆる期待ギャップが当時の経済環境 の中で企業倒産の増大につれて増幅されたということが挙げられる。この時期はGCに 関する監査人からの情報発信として特記事項に注目が集まるようになり、実際に監査人 が特記事項の枠組みを使ってGC情報を発信する事例も現れた4。二重責任の原則の枠組 みでは、特記事項は重要な偶発事象と後発事象で注記されているものを記載対象とし、

注記をそのまま、あるいは要約して記載する。一方実務においては、監査人が実際には 財務諸表に注記されていない事項まで記載する事例も存在し、特記事項の枠組みと実務 とのギャップが大きくなっていた。

米国では GC 情報の開示について会計基準に規定はなく、監査基準である米国監査基 準書(SAS:Statement on Auditing Standards)第59号のもとで、企業の存続能力に 重要な疑念をもたらす状態又は事象を識別・評価する第一義的な責任が監査人にあり、

監査基準のみでの対応となっていた。一方ISAでは、1999年3月にISA570を改訂し、

IAS第1号における財務諸表作成の前提に関する規定に経営者の開示責任が定められて いることを受けての監査基準となっており、二重責任の原則に基づく枠組となっていた。

また、各国の GC 問題の取り扱いにおいても開示基準と監査基準はセットであるべき であり、監査人の責任は二重責任の原則に基づくものであるとの考え方をとっていた。

さらに、二重責任の原則とは異なる枠組をとっていた米国においても、米国公認会計士 協会(AICPA:American Institute of Certified Public Accountants)の公共監視委員会

(POB:Public Oversight Board)が 2000 年 8 月に提出した「報告並びに勧告書」

(AICPA[2000])において、国際会計士連盟(IFAC :International Federation of Accountants)の「開示基準を明確にする必要がある。」というコメントに従い、米国財 務会計基準審議会(FASB:Financial Accounting Standards Board)に対してIASの 定義に準じてGCに関する規定を入れることを勧告している。

審議の結果、リスク情報の開示が制度化されていない状況で企業に究極のリスク情報 であるGC情報の自主的な開示を期待するのは困難と考えられたこと、また、二重責任 の原則を基礎とする新たな監査基準の枠組みの中で整合性ある開示と監査の仕組みによ

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るべきであるとされ、米国型は採用しないこととされた5。2002年1月25日に企業会計 審議会より「監査基準の改訂に関する意見書」が公表され、二重責任の原則のもとでGC に関する開示は一義的に経営者の責任であり、監査人は経営者の評価を踏まえて適切な 開示が行われているかどうかを判断するという枠組みが示された。

なお、米国において、IFRS とのコンバージェンスに関連して、FASBが 2008年10 月9日にGCに関する公開草案(FASB[2008])を公表し、さらに、2013年6月26日 に 再度公開草案(FASB[2013b])を公表しているが、経営者が財務報告を行うに際して GCを評価する責任を負うことが明記された。

(2) 経営者によるGCの評価と開示

日本においては経営者が財務諸表の作成に当たりGCの前提が適切であるかどうか評 価することを求められる。評価にはGCに重要な疑義を抱かせる事象又は状況を解消あ るいは大幅に改善させるための経営者の対応または経営計画を含み、少なくとも貸借対 照表日の翌日から1年間にわたり企業が事業活動を継続できるかどうかにつき入手可能 なすべての情報に基づき評価することを求められる6

経営者は、まずGCに重要な疑義を抱かせる事象又は状況の識別をしなければならな い。日本公認会計士協会[2002b]では、GCに重要な疑義を抱かせる事象又は状況を、① 財務指標関係、②財務活動関係、③営業活動関係、④その他の4区分に分けて例示して いる。これらの事象又は状況は単独で疑義をもたらす場合だけではなく、複数の事象又 は状況が複合的に疑義をもたらす場合も存在する。このような事象又は状況が識別され た場合には、経営者は当該事象を改善ないし解消させるための経営計画等を策定するこ とが求められている。当該経営計画等は財務諸表作成時点で計画されており、かつ経済 合理性及び実行可能性があることが必要である。

経営者は上記①から④のような事象又は状況が存在した時点でGC情報の注記を行う こととなる。重要な疑義をもたらず事象又は状況を受けて企業が策定した経営計画が、

当該事象をある程度改善できると評価されたとしても計画には不確実性が伴うため、ほ とんどの場合疑義は解消されていないとして注記が求められる。監査人はGC情報に関 する経営者の注記の適切性を判断し、財務諸表の利用者が企業の継続性に関する評価を 行う。

GC に疑義があるという状態が継続することは、企業の様々な営業活動や資金調達に 支障を生じさせる。このことから、企業の経営者はGC情報を注記することに対して抵 抗があるものと考えられる。しかし、上記のような事象又は状況が存在すれば、前述の 通りほとんどの場合注記が求められる。監査人がGC情報に関する経営者の注記の適切 性を判断するため、仮に適切な注記がなされない場合には監査報告書に不適正意見が付 されることとなる。よって、経営者は企業の存続に影響を及ぼすような事象又は状況を 識別した場合には原則としてGC情報の注記をしなければならないと考えられる。