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現実の捉え方とグラウンディング

第 4 章 考察

4.2 現実の捉え方とグラウンディング

これまで、本稿では「ものの捉え方」という言葉を幾度となく用いてきたが、人が物事 を「捉える」というのは、そもそもどのようなことなのだろうか。

私たちは普段、目で見たモノがそこに存在すると信じ、疑うことはせずに生活してい る。しかしながら、私たちが見ていると思っているものは、実際は脳の中で構築されたイ メージでしかない。それでは、なぜ私たちは脳内の「仮想」を、客観的「現実」だと信じ るのだろうか。脳内のイメージと外界を結びつけているのは、私たちと外界との様々なイ ンタラクションである。例えば、目の前にコップが一つあるとしよう。私たちはコップを 見たり、触ったり、それで水を飲んだりと、様々な感覚を通してコップとのインタラクシ ョンを経験する(茂木2004: 101-103)。それらのインタラクションを繰り返し経験するこ とで、場所や時間が異なっても、また、大きさや色、形が多少異なっても、それらの経験 の間に共通性が見出されれば、同じ「コップ」として認識するようになる52。さらに、人 間の認知能力は、そこにコップがなくても、つまりインタラクションがなくても、自由に コップを思い浮かべることができる。また、言語を用いて、他者の脳内にコップのイメー ジを呼び起こすこともできるし、誰かが「机の上に花瓶がある」と言えば、自分の捉え方 と他者の捉え方が同じではないことを知ることができる。私たちは絶えず、言語を使って 自己の捉えた現実と他者の捉えた現実を交差させ、更新しあい、発展させている。

Langacker (2009) も(127)のように述べている。

As living and sentient creatures, we are constantly engaged in building up a

52 第1章でも述べたが、このように複数のものごとを、それらの間の類似性や一般性に基づい て一つの「まとまり」として捉える認知プロセスは「カテゴリー化」と呼ばれ、人間の一般的 認知能力の一つである。

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conception of reality (RC), what we ourselves accept as real. And one thing we accept as real is that there are other conceptualizers engaged in this task, each with their own reality conception. While they overlap, these reality conceptions diverge in what they cover and differ in specifics, hence they are subject to negotiation. This is one major reason why we talk. (Langacker 2009: 290-291)

つまり、現実は「捉えられた現実」でしかなく、現実であると同時に「仮想」なのである。

ただし、私たちは通常、見ているものがすべて「仮想」であるということを意識してはいな い。例えば、「机の上にコップがある」 と言ったとき、通常は現実の客観的、、、

描写だと思われ るだろう。しかしながら、正確に言うと、自己の捉えた現実を、自己の捉えた現実として言 語でコード化し、他者に伝える行為である53。つまり、あくまで捉える主体(=自己)の存 在が前提となっているという点で、常に主観性を伴うのである。また、「自己の」現実とし て捉えるということは、「他者」の存在が前提となる。この自己(話し手)と他者(聞き手)

を含む発話の場を、Langackerの認知文法では「グラウンド」と呼んでいる。

4.2.1 グラウンディング

グラウンドは認知文法において「発話事態とその発話事態の参与者(発話者と聞き手)、 発話者と聞き手の相互作用、および(とりわけ発話の時と場所と言う)即時的・直接的な 環境を示す」(Langacker 2008: 259, 山梨監訳: 329)とされている。その構図は、図 29 によって示される。図 29中のグラウンド(G)には、話し手(S)と聞き手(H)が含ま れ、その相互作用が双方向の矢印によって示されている。グラウンディングの対象はある 事例であり、IS(Immediate scope54)の中の太線の四角形で示されている。事例は、話

53 自己、他者、指示対象という三項関係は「共同注意(joint attention)」と呼ばれる。

Tomasello (2003)は、「言語記号は社会的やりとりを直接統制するために2項関係的に用いられ

るのではなく、発話において他者の注意、心的状態を外界の事物に向けるために指示的(3項 関係的)に用いられる」(Tomasello 2003, 辻・野村・出原・菅井・鍋島・森吉訳: 14)と述 べ、人間のコミュニケーションにおける言語記号の本質であるとしている。

54 「スコープ」とは、ある言語表現が扱う範囲、つまり言語主体の心的な「視界」のことであ り、言語表現の理解に直接関係する部分は直接スコープ(immediate scope)、スコープの最大 の範囲は最大スコープ(maximal scope)と呼ばれている(Langacker 2008: 62-63)。

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し手及び聞き手に概念化され、プロファイルされる55。例えば、話し手が“the dog”と言 ったとき、話し手はその発話時との関係で指示物(特定の犬)を概念化し、それへと聞き 手の注意を向けさせる。“the” のように、グラウンドと指示対象を結びつける働きを担う ものをグラウンディング要素という。

図 29 グラウンド (Langacker 2008: 261)

グラウンディングには、名詞類のグラウンディングと節のグラウンディングがある。名 詞類のグランディングは、“the dog”のように、「それはどれのことか」という同定を行う ものである。主なグラウンディング要素には冠詞や数量詞(all, some, any, eachなど)が ある。一方、節のグラウンディングとは、「ある事象が起こったかどうか」という事象の存 在に関わるものである。節のグラウンディング要素には、時制と法助動詞がある。英語の 可能表現と関りがあるのは、グラウンディング要素としての法助動詞である。そこで、次 に、グラウンディング要素としての法助動詞について、Langacker (2008) の記述を中心 に詳しく見ていく。

4.2.2 グラウンディング要素としての英語法助動詞

先に述べたように、節のグラウンディングとは、簡単にいうと、事態が起こったかどう かという「事象の存在」について述べることである。より具体的には、プロファイルされ た事態の生起が即時的な現実として位置づけられるのか、非現実として位置づけられるの

55 プロファイルとは、ある概念ベース内で認知的際立ちを与えられる、つまり示す対象として 知覚されることである(Langacker 2008: 66, 山梨監訳: 86)。

MS IS

S H

G

MS: Maximal scope IS: Immediate scope S: Speaker

H: Hearer G: Ground

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か、といった、事象の位置づけを表す(Langacker2008: 296-302)。Langacker (2008) は、「現実」を図 30のように、伸長し発達する円柱として示している。

図 30 伸長する現実 (Langacker2008: 301, 山梨監訳: 389)

中心部分の円柱は、特定の認知主体(C)によって確定された知識として受け入れられ た現実、つまり、把捉・想起された現実(conceived reality (Rc))である。その先端部分 はCによって「今ここ」の現実として受け入れられている部分であり、即時的現実

(immediate reality)と呼ばれている。即時的現実は、時間軸(t)に沿って絶えず伸長 し、Rcを形成し続けている。

節のグラウンディング要素のうち、時制は即時的現実/非即時的現実の位置づけに関わ る。例えば、過去時制(英語の“-ed”)はある事態の発生を即時的現実の外、つまり、Rcの 円柱の先端部分以外のどこかに位置づける働きを担う。一方、法助動詞は、現実/非現実 の位置づけに関わる。Langacker (2008: 302) によると、「法助動詞は、プロファイルされ たプロセスを想起された現実の外部に留め置くもので、ある領界においてそれを非現実

(unreal)として参照することができる(Rcの補部)。法助動詞によってグラウンディン グされたプロセスは、概念化者には現実として受け入れられているものではないので、非 現実的であると言われる」(Langacker 2008, 山梨監訳: 391)。従って、法助動詞を用いる ということは、本質的に事態を非現実(unreal)として捉えるということである。

Langacker (2009: 241) ではそれを図 31のように示している。法助動詞がない場合、

図 31(a)のように事象pはCの即時的現実、または非即時的現実に位置づけられる。現在 時制の場合は即時的現実に、過去時制の場合は非即実的現実に位置づけられる。一方、法 助動詞がある場合、図 31(b)のように事象pは現実(Reality)の外に位置づけられる。ま

C 非現実

現実

把捉・想起された現実(Rc)

現行の現実

即時的現実 t

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た、pの位置はpotentiality、つまりその事態が現実に取り込まれる可能性の度合いによっ

て、Rから遠くに位置づけられたり、近くに位置づけられたりする。例えばmightはmay

よりもpotentialityが低く、pがRからより離れたところに位置づけられ、Rに取り込ま

れる可能性がより低くなる (Langacker 2009: 242)。

(a) Absence of Modal (b) Presence of Modal

図 31 法助動詞の有無 (Langacker2009: 242)

2.1.4.1で統語的特徴から法助動詞を定義した際に、助動詞(Aux)には法助動詞、

have+過去分詞、be+現在分詞、及び時制要素(Tense)が含まれると述べた。グラウンデ ィングという観点から見ると、助動詞(Aux)のうち、法助動詞と時制はグラウンディン グ要素であるのに対し、それ以外はグラウンディングされた、、、

構造ということになる。