• 検索結果がありません。

第 2 章 研究背景

2.2 問題提起

以上、日本語と英語の可能表現に関して、それぞれの言語における先行研究、及び日英 語の対照研究を概観した。以上の観察から見られる日英語の可能表現の違いを表 9にまと める30。これをもって、(4a)への解答とする。

日本語と英語の可能表現の比較

日本語 英語

文法カテゴリー ヴォイス モダリティ 形式 接辞(及び複合形式) 助動詞

意味 実現可能 ○ ×

属性可能 ○ ×

動作主内的可能 ○ ○

動作主外的可能 ○ ○

義務的可能 △ ○

潜在的可能性 △(える/うる) 〇

認識的可能性 × 〇

知覚の実現 △?(自発) ○

自発 ○(られる) △?(知覚の実現)

受身 ○(られる) ×

尊敬 ○(られる) ×

語源 自発型・完遂型 “know how to”

“have power to”

意味変化 外的→内的 内的→外的→認識 反映される事態把握 主観的事態把握 客観的事態把握

2.2.1 先行研究に残された課題

日英語の可能表現の違いについて、これまでの先行研究における議論から表 9のように 整理されたが、これらの相違点が何に起因するのかについては、先行研究において深く議 論されているとは言えない。そこには、日本語のモダリティと可能の乖離、及びそれによ

30 「自発」と「知覚の実現」の意味は重なる部分があると考えられるが、日本語学における

「自発」と英語法助動詞の用法における「知覚の実現」は必ずしも同一ではない。しかし、こ れらの「知覚」が関わるグレーゾーンが可能のヴォイスとモダリティの境となると考えられ る。これについては、第4章で議論する。

69 る共通のフィールドの欠如という問題がある。

2.2.1.1 日本語のモダリティと可能の乖離

日英語の可能表現の比較研究においては、各言語におけるモダリティの特徴の違いが指 摘されているが、そもそも日本語のモダリティ論に「可能」の概念を含める分析は多くは ない。では、日本語ではモダリティをどのように捉えているのだろうか。

日本語の文の階層構造は一般的に、図 8のように、モダリティが命題を包みこむ構造に なっていると考えられている。

命題 モダリティ

図 8 日本語の文の構造(日本語記述文法研究会2003: 2)

日本語の可能表現は、通常、図 8の構造の命題の内部に属すると考えられている。例え ば、加藤(2006: 36)は日本語の助動詞をモダリティ助動詞と非モダリティ助動詞に分 け、「られる」を非モダリティ助動詞に分類している。一方話し手による推量や判断を表す モダリティは、命題の外の階層に属する。日本語のモダリティの分類にも多くの研究があ るが、日本語記述文法研究会(2003)ではモダリティを4つのタイプに分け、①文の伝達 的な表し分けを表すもの(表現類型のモダリティ)、②命題が表す事態のとらえ方を表すも の(評価のモダリティ・認識のモダリティ)、③文と先行文脈との関連付けを表すもの(説 明のモダリティ)、④聞き手に対する伝え方を表すもの(伝達のモダリティ)を挙げてい る。しかし、これらの分類の中には英語のモダリティの分類の中心的なカテゴリーである 動作主内的可能、動作主外的可能に当たるものは見当たらない。認識的可能性は②認識の モダリティに相当し、蓋然性を表すものとして「かもしれない」「にちがいない」「はず だ」が挙げられているが、「える」「られる」「できる」「ことができる」という可能表現は どのタイプにも含まれていない。

2.2.1.2 日英語可能表現の比較を困難にするフィールドの欠如

日英語の可能表現の比較は、2.1.5で見たように、日本語の可能をモダリティとして見直

70

すというものが中心である。他言語との比較を通してそのモダリティの射程を問直すとい うアプローチは意義のあるものであるが、モダリティとしてではなく、そのヴォイスとし ての側面は可能の意味にとってどのような位置づけになるのか、という疑問が浮上する。

可能という普遍的な概念の記述のためには、それぞれの文法カテゴリーの枠組みの中で 可能を捉えるだけではなく、同じ意味を表す表現が、日英語ではなぜ統語的に全く異なる カテゴリーに属するのか、というより広い視点から考え、それらを包括的に説明する必要 がある。ここで、第1章の図2に挙げた記号化としての言語の基本的な構造を思い出して みよう。言語は「形式」と「意味」の結び付きからなる記号体系であり、その意味は話者 の概念化によって成立する。「可能」と言う「意味(=概念化)」は目に見えるものではな いため、直接観察することができない。「意味(=概念化)」がどのようなものであるかを 知る手掛かりは、それと結びついている「形式」の振る舞いである。したがって、カテゴ リーを設定し、その枠に基づいてトップダウン的に観察、分類を行うという従来の言語研 究に多くとられる方法ではなく、形式の観察を通して、ボトムアップ的にカテゴリーの在 り方を検討する方法が必要である。

71