第 3 章 調査
3.1 本研究の理論的基盤
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まずは、何にもまして、言語における多様性(DIVERSITY, VARIATION)が基本であ る。[…] ラディカル構文文法は、共時的な言語内部の多様性を、類型論的思考の中に組 み入れる方法を提供する。[…] 類型論学者は、世界の言語の標本を構築し、通言語的一 般化を通して言語の普遍性を探究するという帰納的(INDUCTIVE)分析法を用いる。
多様性が基本であるがゆえに、言語の多様性の幅を発見するための唯一安全な方法と は、通言語的研究を通じた方法ということになる。そして、言語の多様性を探究するこ とによってのみ、多様性の範囲、言い換えれば、人間の言語の普遍性を発見することが 可能になる。 (Croft 2001:7, 渋谷訳:8)
これは、日本語と英語と言う異なる言語における、可能表現の多様性から、そこに共通す る「可能」という意味を探ろうとする本研究の目的に合致する。また、文法カテゴリーによ るトップダウン的な方法ではなく、形式に基づくボトムアップ的、用法基盤的な考え方も本 研究の言語観と一致する。この理論に基づく具体的な類型論的研究手法として、「意味地図
(Semantic Map)」がある。これについて次節で詳しく解説する。
3.1.2 意味地図
意味地図(Semantic Map)は、「ある言語形式が持つ二つもしくはそれ以上の意味また は文法機能の規則的な関係を可視化する方法」(Narrog and van der Auwera 2011: 318)と 定義される。Haspelmath (2003: 212-213) が強調するように、意味地図は言語形式がど のような機能を果たしているのかという「用いられ方」の地図であり、機能主義的な言語 観に立つものである31。
意味地図には古典的地図(Classical Map) と統計的地図(Statistical Map)の二種類 がある。前者は次節に挙げる図 9の様に、関連のある用法同士を線で結ぶ手法である。あ る言語において、ある形式が二つの用法を持つ場合、それらの用法は「関係がある」とみ なされ、線で結ばれる(また、矢印によって意味変化の方向も表示できる)。そのような用 法間の結びつきの研究者による観察を通して構築されるため、“Connectivity Map”,
“Implicational Map”とも呼ばれる。(詳細はHaspelmath 1997, Haspelmath 1999,
31 Haspelmath (2003)では「意味」、「用法」ではなく「機能」として扱うことを強調してい
る。本稿では一般的な「用法」という言葉を主に使用するが、言語形式の機能を観察するとい う立場を否定するものではない。
73 Haspelmath 2003, Croft 2001 等を参照)。
一方、統計的意味地図は量的データから統計的な手法を通じて直接構成される地図であ る。古典的地図が用法間の「結びつき」に基づく地図であるのに対し、統計的意味地図は
「類似性」に基づく地図で、“Similarity Map”とも呼ばれている。データから統計的手法 によって直接構築されるため、古典的地図に比べ、よりボトムアップ的、用法基盤的なア プローチであるといえる。具体的手法としては多次元尺度構成法を利用し、実際の用例間 の類似性が地図上の隣接性によって示される(詳細はCysouw 2007, Croft and Poole 2008, Wälchli 2010 等を参照)。
3.1.2.1 モダリティの意味地図
先行研究で提示されているモダリティの意味地図として、2.1.4.2.2に挙げたvan der Auwera and Plungian (1998)、Narrog (2005b) がある。van der Auwera and Plungian
(1998) は、表 4のような多義関係だけではなく、通時的変化の過程を考慮した図 9のよ
うな意味地図を提示している32。左の点線部分はモダリティの語源となる語彙、中央の枠 内がモダリティ、更に右の枠外にムードやその他の統語的カテゴリーへの文法化の道筋が 示されている。
図 9 可能性への変化と可能性からの変化 (van der Auwera and Plungian1998: 91)
図 9の図中の位置関係は恣意的であるのに対し、Narrog (2005b) は、“volitive” vs.
“non-volitive”、“event-oriented” vs. “speaker-oriented”という二軸から構成される意味地 図を提示している。図 10はその地図中に英語canの用法を示したものである。
32 必然性(necessity)に基づく意味地図と合わせて「モダリティの意味地図」となるが、今回 は可能性(possibility)に基づく部分だけを提示している。
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図 10 モダリティの2次元スペースにおけるcanの意味の分布 (Narrog2005b: 695)
先行研究における二つの意味地図は、モダリティとしての可能表現の比較には有効であ る。一方、日本語の可能表現をこれらの中に表示することも可能ではあるが、モダリティ から見た場合の特徴のみに焦点が当てられ、本来日本語の可能表現の特徴である受身や自 発との関係性といったヴォイス的な特徴を地図内に示すことは難しく、それらを含めた全 体像を直接組み込むことができない。また、両者とも古典的意味地図であり、モダリティ に関する統計的意味地図はこれまでに提示されていない。
そこで、本稿ではよりボトムアップ的で、用法基盤モデル33に沿うアプローチである統 計的意味地図を使って、日本語も含めた可能表現の意味地図を構築することを目指す。