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現代

ドキュメント内 有機体と「地」のエレメント (ページ 32-35)

第1章  「生命の樹」から近代の「有機体」まで

1.1  現代

1.1.1 「生命」という理念

まず現代からはじめよう。その場合には、われわれは「有機体」ではなく「生命」の理念 について語らなくてはならない。「有機体」は現代の思想を代表するものであるが、有機体 の思想は、通常は有機体の思想であるとは意識されずに、「生命」の思想として語られてい るからである。筆者の狙いの一つは、「生命」という現代的な理念が構成されているメカニ ズムを明らかにしたいということである。より正確には、二十一世紀初頭の現代日本社会 において、われわれが「生命」という言葉をどのような意味で使っているのか、そして、そ の背景にはどのような概念の歴史があるのかを明らかにしたいと考えている。理由は、「生 命」という理念が、現代における最大のイデオロギーの一つだと考えるからである。イデ オロギーであるというのは、それがわれわれの価値判断や行為や思考に大きな影響を与え ている一方で、よく考えると、その意味内容や定義がはっきりしないような、そういう支 配的概念であることを言っている。

じっさい、現代が「生命」の時代であるということはよく言われる。このことは、現代に おいて生物学が自然科学の中で最も活気があり、メインストリームであることと無縁では ないだろう。遺伝子工学の発達、医療技術の進歩によって、われわれ人間の身体そのもの が科学的探求と実践の対象となっていることが背景にある。18 世紀に物理学、19 世紀に 化学という順番で、産業と科学の結合が社会の基盤形成に重要な役割を果たした。依然と して物理学と化学は現代文明の基盤を支えているが、20 世紀後半以降、科学のフロンティ アは生物学へと移行した。そして、このことはたんに、科学と産業の分野において生物学 が主役を演じているというだけの現象にはとどまらない。実は、われわれの自然や社会、

また人間存在に対する考え方そのものが、生物学的、生命論的なモデルに移行してきてい る。われわれが物事を捉えるためのパラダイムが「生命」的なものへと移行しているので ある。「生命」という概念を鍵として、現代社会や人間存在のあり方を考え直そうというよ うな主張が多く出てきているのもこうしたパラダイム転換の表徴であろう。

1.1.2 資本主義とスーパーコンセプトとしての「生命」

人間や社会を「生命」という概念で理解しようとする主張が、特に 20 世紀末のソビエト

連邦崩壊(1991 年)後に顕著になってきた事実は注目に値する。たとえば、「生命誌研究 家」を名乗る中村桂子は、啓蒙主義以来、世界把握に中心的な役割を果たしてきた理性に 替わって、理性よりも大きな概念(スーパコンセプト)である「生命」が次の時代のキー概 念となると予言した1)。また「生命学者」の森岡正博は、われわれ人間のもっている生命の 欲望と、科学技術・近代社会システムとの共犯関係を解明していく「生命学」によって、現 代社会の抱える問題を根本から解決する必要を説いた2)。さらに免疫学者の多田富雄は、

生命の技法である「超(スーパー)システム」のルールを文化・社会現象の把握に運用する ことを提案している3)。田坂広志は 17 世紀以来、人類社会を牽引してきた機械論的パラダ イムはさまざまな地球規模の問題(環境、資源、価値観など)を生みだし限界を露呈しつつ あるとし、生命論パラダイムへのパラダイム・シフトを唱えている4)注 1

ソ連崩壊と「生命主義」、一見かけ離れたように思えるこの二つの事柄は、決して無縁で はない。20 世紀は、マルクスの思想に始まった共産主義が社会主義として実地に試験さ れた 100 年間であった。簡単に言えば、社会主義とは機械を設計するように社会を人間が 企画し制御できるという理念に基づいた社会体制であろう。それは機械論をモデルにして 社会を理解しており、人間による社会のコントロールを信じている点で啓蒙主義的であ る。しかし、そうした思想に基づく社会の代表格であるソ連が崩壊した。そこで、社会や 経済の発展は生き物のようなものであり、そのプロセスは自律性を有していること、無理 にコントロールしようとすれば、社会は活力を失い死んでしまうこと、このような自由主 義的な考え方の優勢が明らかになった。自由競争のもつ自律性を尊重し、そのための土壌 を適切に整え、成長を損なわないように注意を払うこと、またその一方で、成長が一方向 に逸脱した場合には自滅の道をたどらないように必要に応じて剪定の手を入れ、その限り ない発展を信じること、これが自由主義、資本主義の根底にある思想であろう。このよう に描写してみれば、それは社会を人間の設計する機械ではなく、一個の「生物」として扱う 思想だと言える。生物学的なヴィジョンに基づく人間観、社会観が、ソ連崩壊後に改めて

1) 中村桂子『自己創出する生命』哲学書房、1993 年

2) 森岡正博『生命観を問いなおす』ちくま新書、1994 年

3) 多田富雄『生命の意味論』新潮社、1997 年

4) 日本総合研究所編『生命論パラダイムの時代』ダイヤモンド社、1993 年

強調されるようになったことは、以上のような背景から理解できる。二十世紀末に盛り上 がった「生命主義」は、ルネサンス以降も一脈として維持されてきた機械論的な世界観への 死亡宣告という一面があった。

筆者の考えによれば、現代の生命主義は、西洋哲学史上の系譜から見てユニークなもの であり、古代にも中世にも近代にも存在しなかった特殊な世界観である。「生命」という概 念は、近代の終わり、具体的には 19 世紀に入ってから特別な意味をもつようになり、20 世 紀にはかつてない思想的地位を占めるようになった。この流れを把握するために、われわ れは一度、旧新約聖書の時代へと遡行する。

ドキュメント内 有機体と「地」のエレメント (ページ 32-35)

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