第三章 《夢遊病の女》の音楽について
第一節 狂乱と夢遊病 ― 理性喪失の歌唱と表現 ―
《夢遊病の女》の考察に入る前に、まず狂乱と夢遊病について考えていくこととする。
《清教徒》のエルヴィーラには狂乱の場面が与えられており、《夢遊病の女》のアミーナに はその名の通り夢遊病状態の場面が存在する。『夢遊病は一時的錯乱や狂気とは異なる病気 であるが、理性の喪失状態という点では一致する』39と言われるように、筆者も共通する 部分が存在していると考える。エルヴィーラとアミーナはどちらも、強い衝撃を受けひど い悲しみに暮れる。エルヴィーラの場合にはアルトゥーロが自分を捨てて他の女性と逃げ てしまったこと、アミーナの場合にはエルヴィーノに結婚を破棄されたことが、強い衝撃 に当てはまると考える。エルヴィーラの場合には、このひどい悲しみによって正気を失い 狂乱してしまうのであるが、アミーナはそうではない。彼女はひどい悲しみによって涙を 流し続けるけれども、第二幕冒頭では再びエルヴィーノの前に姿を現し、自分の無実を訴 えているのである。二人の人物にとって「深い愛」ゆえにこれらの見世物的場面が与えら れていることは共通しているけれども、その場面に陥った彼女らの精神状態は異なるもの が考えられる。
エルヴィーラの場合には、愛ゆえに傷ついた自分の心を守るように正気を失う。狂乱す
39 水谷彰良『オペラ・ キャラクター解読辞典――登場人物からさぐるオペラの新たな魅力』
60頁。
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ることによって辛い現実から目を背け、自身の理想と想いに溢れた世界を作り出している のである。彼女の音楽には美しい旋律の中にも揺れ動く音の跳躍がいくつも見られ、この 繊細な彼女の心が表現されているように考えられる。一方アミーナの場合には、愛ゆえに 傷ついてしまうけれども彼女は心を壊してしまうことはない。また、彼女が夢遊病状態で 作り出している世界は、現実に起こったことやこれから起こるはずだったことであり、決 して自身の理想や想いに満ちた世界を作り出しているわけではないのである。第二幕フィ ナーレにおける夢遊病状態で彼女が見ている世界とは、決して彼女にとって楽しいもので はない。けれどもアミーナは、その現実から目を背けることなく夢の中でも向き合ってい るのである。彼女に与えられた音楽がシンプルで揺らぐことのない音の運びをもって悲し みに溢れているのは、この彼女の心を表現しているからではないだろうか。エルヴィーラ とアミーナに与えられた音楽をイメージしたとき、それぞれ次のような印象を受ける。エ ルヴィーラには第一幕では華やかなポロネーズや強い主張を込めたジョルジョとの二重唱 などが与えられているため、強く愛に満ちた女性の印象、またアミーナには第一幕のアリ アでも感じられた素朴で愛らしい印象である。けれども心の強さという観点から言えば、
エルヴィーラよりもむしろアミーナの方が揺るぎのない芯の強さを持ち合わせていると解 釈すべきではないだろうか。これは実際に二人の人物がどのような人格であったという点 について述べているのではなく、それぞれのオペラにおいて、彼女らの魅力がより表現さ れやすい解釈について述べているのである。エルヴィーラもアミーナと同様に素朴で愛ら しい一面を持った人物であることは理解し得ることであり、またアミーナもエルヴィーラ と同様に強く愛に満ちた人物であることもまた理解し得ることである。あくまで、音楽の 特徴から印象づける特徴に関しての違いである。《清教徒》には全体を通して重厚感のある 強い響きが散りばめられており、より強い音色をイメージしやすいのであるが、《夢遊病の 女》には牧歌劇らしい素朴で柔らかな響きが散りばめられているため、優しい音色をイメ ージしやすいのである。この二つのオペラの音楽の印象について、レズリイは次のように
164 述べている。40
『この題材の質はベッリーニの芸術的素質に、どう見ても適したものではない。彼 の性質には「清教徒」の中に籠められているような、戦闘的な情熱や荒荒しい熱狂的 な情緒よりも、「ノルマ」の中に見られるような優美で詩的なふん囲気や、「夢遊病の 女」の中に漂っているような素朴で可憐な劇的情緒の方が、ずっとよく合っている。』 と。しかしこの見解はせいぜい半分の真理であるにすぎない。というのはそれは「ノ ルマ」の中に表現されている、あの激しい戦闘的感情の激発と矛盾するからである。
けれども、音色による人物の表現という観点からいえば、エルヴィーラこそ繊細に輝くも ろい宝石のように、アミーナは透き通っているけれども決して壊れることのない水晶玉の ような音色がふさわしいのではないだろうか。
ここで、《清教徒》におけるエルヴィーラの狂乱の場面と、《夢遊病の女》におけるアミ ーナの夢遊病の場面を比較してみる。
《清教徒》より “Qui la voce sua soave”
40 オーリイ、レズリイ『ベッリーニ――生涯・ 芸術・ 作品』 151頁。
Qui la voce sua soave mi chiamava... e poi sparì.
Qui giurava esser fedele, qui il giurava, e poi crudele, poi crudele ei mi fuggì!
Ah! mai più qui assorti insieme nella gioia dei sospir.
Ah! rendetemi la speme, o lasciatemi morir!
ここであの方の優しい声が
私を呼んでいた… でも消えてしまった。
ここであの人は誠実であると誓った、
ここでそのことを誓った、なのにひどいお方、
彼は私から逃げてしまった!
ああ! もう二度とここで一緒に
ため息の歓喜に夢中になることはないのね。
ああ! 私に希望を返してください。
さもなければ私を死なせてください!
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《夢遊病の女》より “Ah! non credea mirarti”
Ah ! non credea mirarti sì presto estinto, o fiore.
Passasti al par d’amore, che un giorno sol durò.
Potria novel vigore il pianto mio recarti ...
ma ravvivar l’amore il pianto mio non può.
ああ!信じられないわ
花よ、こんなに早く萎れてしまうなんて。
たった一日しか続かなかった愛と同じように お前は萎れてしまったのね。
私の涙がお前に
もう一つの命をもたらすことができればいいのに…
けれど私の涙は
あの愛を甦らせることはできないわ。
アリアの部分ではどちらも恋人を失った悲しみを歌っているため、内容としてはとても似 ている。カバレッタの箇所においては、《清教徒》では狂乱状態、《夢遊病の女》では夢遊 病から目を覚ました状態にあるため、ここでの比較には適さない。これらのことから、ア リアの前やカバレッタとの間に見られるシェーナの部分における二人の言葉に注目してい くこととする。なおどちらもエルヴィーラとアミーナ以外の人物のテキストは省略して記 載する。
《清教徒》より 狂乱の場面 シェーナ Chi sei tu?
Sì... sì... mio padre …
E Arturo? E l’amore?
Parla, parla …
Ah! tu sorridi e asciughi il pianto!
a Imene, a Imen mi guidi … al ballo, al canto!
Ognun s’appresta a nozze, a festa, e meco in danze esulterà. A festa!
Tu pur meco danzerai?
Vieni a nozze... vien...
Egli piange!
あなたはどなた?
いいえ… 私のお父様…
それでアルトゥーロは? 愛するお方は?
おっしゃって…
ああ! あなたは笑って涙を拭いているわ!
婚礼の神のもとへ私を導いてください… 踊りに 歌に! 皆さん結婚式の、宴の準備をしましょう、
そして私と一緒に踊って楽しみましょう。宴を!
あなたも私と一緒に踊ってくださる?
結婚式に行きましょう… さあ…
彼は泣いていらっしゃる!
166 Egli piange … Forse amò?
Piange … Amò!
M’odi; e dimmi: amasti mai?
Ah! se piangi … ancor tu sai che un cor fido nell’amor sempre vive nel dolor!
Mai... ah mai più ti rivedrò!
Ah toglietemi la vita o rendetemi il mio amor!
Non temer... del padre mio, alla fine lo placherò.
Ogni duolo andrà in oblio, sì felice io ti farò
彼は泣いている… 愛していたのかしら?
泣いている… 愛していたのね! 聞いてください、
私におっしゃって。これまでに愛したことは?
ああ! 泣いていらっしゃるなら…
愛を信じる心はいつも苦しみの中で生きていると あなたはもう知っているのね!
決して… ああ決してあなたには会えないのね!
ああ私の命を奪ってください
さもなければ私の愛する人を返してください!
心配しないで… お父様のことを、最後には説得するわ。
あらゆる苦悩も忘れるわ、私はあなたを幸せにします。
《夢遊病の女》より 夢遊病の場面 シェーナ Oh! se una volta sola
rivederlo io potessi, anzi che all’ara altra sposa ei guidasse! ...
Vana speranza! ... Io sento suonar la sacra squilla ... Al tempio già move ...
Ah ! L’ho perduto ... e pur ... rea non son io.
Gran Dio,
non mirar il mio pianto : io gliel perdono.
Quanto infelice io sono
felice ei sia ... Questa d’un cor che more è l’ultima preghiera …
L’anello mio ... l’anello ...
ei me l’ha tolto ... ma non può rapirmi
l’immagin sua ... sculta ella è qui ... nel mio seno.
Né te d’eterno affetto
tenero pegno, o fior ... né te perdei ...
ancor ti bacio ... ma ... inaridito sei.
ああ!せめてもう一度
彼に会うことができたなら、彼が他の花嫁を 祭壇へ導く前に!…
むなしい望みだわ!…教会の鐘が鳴るのが 聞こえるわ… もうすでに教会へ向かっている…
ああ!彼を失ってしまった…罪を犯してはいないのに。
神様、
私の涙をご覧にならないでください。私は彼を許します。
私が不幸なのと同じくらい 彼が幸せでありますように…
これが死んでゆく心からの最後の祈りです…
私の指輪…指輪…彼が取り上げてしまった…
でも彼の面影は誰も私から奪うことはできないわ…
ここに刻まれているのだもの…胸の中に。
永遠の愛の甘い証だった花よ…
お前も奪われることはなかったわ…もう一度 お前に口づけするわ…でも…萎れてしまったのね。