第一章 《カプレーティ家とモンテッキ家》と《清教徒》
第二節 《清教徒》におけるエルヴィーラの音楽
エルヴィーラの音楽の中で注目すべき点は、長く持続される旋律線と素早い音符の連続 や音の跳躍が、どちらも彼女の核となる表現として必要とされていることである。そのど ちらもが高度なテクニックを必要とするが、彼女の表現としてふさわしい歌唱と、その歌 唱のための歌い手の身体に起こっていることを実際の演奏を取り上げながら考察していく こととする。この考察にあたって以下の音源を取り上げ、エルヴィーラの役を歌唱した歌 手の演奏を参考とする。
・Lina Pagliughi リナ・パリウーギ (1952年ローマ、指揮:Fernando Previtali フェ ルナンド・プレヴィターリ)
・Anna Moffo アンナ・モッフォ (1959年ミラノ、指揮:Mario Rossi マリオ・ロッシ)
・Mirella Freni ミレッラ・フレーニ (1969年ローマ、指揮:Riccardo Muti リッカル ド・ムーティ)
・Montserrat Caballé モンセラ・カバリエ (1979年、指揮:Riccardo Muti リッカル ド・ムーティ)
・Katia Ricciarelli カーティア・リッチャレッリ (1986年、指揮:Gabriele Ferro ガ ブリエレ・フェッロ)
・Mariella Devia マリエッラ・デヴィーア (1989年カターニア、指揮:Richard Bonynge
リチャード・ボニング)
・Edita Gruberova エディータ・グルベローヴァ (1993年ミュンヘン、指揮:Fabio Luisi
ファビオ・ルイージ)
・Stefania Bonfadelli ステファニア・ボンファデッリ (2001年ミュンヘン、指揮:Gustav
Kuhn グスタフ・クーン)
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なお、第二節で取り上げる楽譜はリコルディ社のヴォーカルスコア(慣例版として用いる)
4、同社の批判校訂版ヴォーカルスコア(批判校訂版として用いる)5、同社のフルスコア
(フルスコアとして用いる)6、ベッリーニによるオリジナルの手書き譜の写譜(自筆譜と して用いる)7であり、譜例はすべて慣例版を用いる。
【譜例1-2-1】 P.40
まず第一幕のジョルジョとの二重唱の冒頭でみられる付点のリズムについて触れていく こととする(【譜例1-2-1 ①】)。エルヴィーラの<No ... Mai! >という言葉から導かれて 始まる部分では、「愛する人と以外は結婚しません」という強い訴えが歌われている。A.
モッフォやK.リッチャレッリは比較的柔らかいリズムと音色で、エルヴィーラの若さを感 じさせる演奏であるが、他の歌手たちの多くはリズムを厳しく歌い、強さを感じさせる演 奏であった。筆者は後者の演奏を意識して、リズムは明確に歌い上げることを目標とした。
けれども、実際に付点のリズムを明確に演奏しようと試みると、更なる課題が見えてきた。
4 Bellini, Vincenzo. I puritani: opera complete per canto e pianoforte. Milano: Ricordi, 2006.
5 Bellini, Vincenzo. I puritani: riduzione per canto e pianoforte condotta sull'edizione critica. Milano:
Ricordi, 2015.
6 Bellini, Vincenzo. I puritani: Edizione critica delle opere di Vincenzo Bellini. Milano: Ricordi, 2013.
7 Bellini, Vincenzo. I puritani: A facsim. ed. of Bellini’s original autograph manuscript. New York:
Garland, 1983.
①
③
②
④
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十六分音符が短くなりすぎると、十六分音符にあてられた言葉が聞き取りにくいのである。
この原因は付点八分音符に重みがかかり、十六分音符がほとんど響かないままに次の音符 へ移行してしまうことにある。M.フレーニは十六分音符をかなり短く歌っているが、この ことを意識するとやはり言葉はやや聞き取りづらくなるようだ。このことから、付点八分 音符と十六分音符とが同じ響きとなるよう意識した。実際には、強拍と弱拍の扱いを区別 せずにすべての音符を同じ息の圧で支えた。また、付点八分音符を歌っている間に横隔膜 を引っ張る筋肉は無意識に緩んでいたが、これを意識的に一定の力で引っ張ることによっ て、付点八分音符から十六分音符へと移行はスムーズになった。この作業によって、言葉 はすべて明確に聴かれることとなったが、次に課題となったのは、はじめに意識していた はずのリズムが曖昧になってしまうことであった。横隔膜を一定の力で引っ張り続けるこ とによって、M.デヴィーアのようなレガートな旋律は聴かれるようになった。けれども、
横隔膜を引っ張り続けるだけでは彼女のようなレガートの中に力強いリズムが正確に刻ま れることは実現しなかった。しかし、またリズムを明確に歌唱することを試みたところ、
結果は十六分音符がうまく響かずに、再びレガートで…という繰り返しであった。この繰 り返しの中で問題となっているのは、十六分音符から次の音符へと移行する箇所であると 発見した。十六分音符の鋭い長さを保ちつつ、次の音符へ移行するまで響きを衰退させな い歌唱を見つけるべきだと考えた。ここで自らの演奏を見直したところ、筆者は<Sai com'arde>の部分を<Sai com'>と<ar-de>という意識で分けて歌っていた。このことは 付点のリズムを見ると と捉えていたからである。しかし、この捉え方ではなく、十 六分音符を二分音符に向かって書かれた音符と捉えることで、リズムと言葉が明確になっ た。「付点八分音符の後ろに付属していた十六分音符」から、「二分音符へと向かう十六分 音符」へと変化することによって、改めて息の流れた良い響きを持つ音となったのである。
音符のつながり方の意識を変えることによって、全ての音符に最も良い息の流れと横隔膜 の支えが与えられたと解釈できる。さらに、すべての音符に同じ音量・音質・スピードが 実現できて初めて子音で表現することが実現できた。「旋律に強い表現を込めること」と「旋
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律を横隔膜を固く動かして歌うこと」とは一致しないのである。また、歌手たちは音の粒 がとても細かく点のように感じられるが、実際に軽く当てるだけではその演奏にはならな い。ドアを軽くノックするように声を一瞬発しても、それはメロディとはいえないのであ り、ドアに手が触れたすぐあとには、弦楽器のビブラートのように動かし続ける作業が必 要なのである。「響きをあてて」や「響きをとらえて」という表現はすべてこのような作業 であり、最も良い響きのポジションに一瞬で声を発して、発した瞬間に横隔膜を支える筋 肉を動かすことが基本であると考える。
次に<bella fiamma>の箇所にある一点イ音から二点嬰ヘ音の跳躍について考察する
【譜例1-2-1 ②】。この跳躍では、二点嬰ヘ音に入ったときに母音がiからaに変化するた
め、最も良い声ではない状態で長い音符を歌うことが多かった。この原因は比較的ポジシ ョンが顔前面に集まりやすい iの母音で響かせたはずの二点嬰ヘ音であるのに、途中で a の母音に移ることによってポジションがやや下がってしまうことにあった。場合によって は顎が大きく下に動いてしまうことすらあった。このような場合には軟口蓋にまで息を送 ることができずに、声の響きとしては重い荷物を持って進んでいるような不自由な響きと なってしまった。この問題を解決するために、このaの母音を意識的にiの母音の響きに 合わせてみた。具体的にはiからaへ移るときに、上の前歯から軟口蓋にかけて持ち上げ るようにしてiよりもさらに前のポジションに息を送るのである。この作業によって口の 中に大きな空間ができ、i からa に母音が変化しても支えや息を変えることなく良い響き を持続することができた。しかし、歌手たちの中ではiからaに移り変わるときにしっか りとaの響きを確立しつつ美しい響きで歌っている人もいる。M.デヴィーアやM.フレー ニは、aに入った瞬間にビブラートが増える。これは、aの母音の方がiよりも多くのエネ ルギーを使わなければ同じ響きにならないからだと考える。ホースで水を遠くへ送るとき、
先をつまんで水を出した際には遠くへ水が飛んでいくが、その指を離したとき、水の量を 増やさなければ同じ距離は飛ばないのと同じ原理であると解釈する。A.モッフォは二点嬰 ヘ音を伸ばしている途中でpにしているが、これは四小節後の<questo>の箇所にクレッ
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シェンドとディミヌエンドが書かれていることからそのように解釈したと考えられる。
この二点嬰ヘ音を伸ばしたあとに一オクターヴの下行音型が見られるが、この音型を歌 う際にもいくつか問題が起こった【譜例 1-2-1 ③】。まず音が下がるのに比例して響きが 落ちてしまい、場合によっては音が滑り落ちてつながってしまったのである。視覚的に音 符が下方へ移動していると、軟口蓋を高く維持することや身体を使って支えようという意 識が薄れてしまうのである。この下行音型の中でポジションが下がってしまった場合には、
その後の<possente>の箇所は音程がはまらず、特に一点ロ音の音程は上がりきらないこ とが多い。このような下行音型が書かれているときには、音が上がっていくようなイメー ジで身体をより意識的に使う試みが大切である。楽譜を逆さまに持って、音が上がってい るのを感じながら歌うのもよい。また、この下行音型のはじめの音がテンポに乗りきれず に音程とリズムが崩れてしまうこともあった。L.パリウーギの演奏を聴いても感じ取れる ように、タイの書かれた一つ目の音符をもう一度<a>という母音でしっかりと歌い直す ことを取り入れると、この問題は解決した。E.グルベローヴァはタイの書かれた三拍目の 頭で<-mma>を歌っているが、他の多くの歌手たちは、三拍目の頭で横隔膜を動かして 改めて息を送り出した様子もないままで、自然に下行音型を歌っている。二点嬰ヘ音を伸 ばしている間にもしっかりと横隔膜を引っ張る筋肉を動かすことで、タイのあとの動き出 しが自然な流れで歌えるのではないだろうか。なお、自筆譜には<-nni><pos->の音に アクセントのようなものが書かれており、この楽譜に書かれているような音符を二つずつ にまとめた指示は書かれていない。
自筆譜との違いに注目すると、<che innocente è questo cor>の箇所のリズムは自筆譜 と慣例版では異なる書き方がされている(【譜例 1-2-A ④】)。<-nte>が八分音符で書か れているが、自筆譜では十六分音符となっている。また、<è>は十六分音符ではなく八分 音符で書かれているのである。S.ボンファデッリはヴォーカルスコアの形で演奏している が、他の多くの歌手たちは自筆譜のリズムで演奏している。言葉のアクセントを優先して も、<-nte>と<è>であれば、後者に重みがくるのが良いと考え、この箇所は自筆譜のリ