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アミーナの音楽

第三章 《夢遊病の女》の音楽について

第二節 アミーナの音楽

ここまでの《カプレーティ家とモンテッキ家》のジュリエッタや《清教徒》のエルヴィ ーラの音楽については、その人物に与えられた音楽をその楽曲ごとに考察することに焦点 を当ててきた。ここでは、修士論文でも取り上げた《夢遊病の女》の考察ということもあ り、オペラ全体におけるアミーナに与えられた音楽の特徴や、その歌唱に関する考察に注 目して述べていく。なお、これまで述べた音型別演奏考察や舞台上で表現されるべき歌唱 についての考察は実際に取り入れていくこととする。なお、この第二節ではリコルディ社 のヴォーカルスコア(慣例版として用いる)41、同社の批判校訂版ヴォーカルスコア(批 判校訂版として用いる)42、同社の批判校訂版フルスコア(フルスコア)43の三つの楽譜を 参考としており、取り上げる譜例はすべて批判校訂版の楽譜を用いる。

まず修士論文で考察したアミーナの音楽の特徴とは短調の響きや音程間が半音狭くなっ ている箇所であり、その特徴に彼女の魅力は感じられ、「素朴で慎ましく、可憐で儚げ」な 彼女の人物像を表すものであると考察した。さらにこの特徴というのは、同じくソプラノ によって歌われる恋敵のリーザや、テノールによって歌われる恋人のエルヴィーノの音楽 と対比させることによってさらに魅力の増すものであると考察した。ここでは、これまで のベッリーニの音楽を表現するのにより効果的である歌唱を実践しながら、さらにアミー ナという人物の魅力を引き出すための歌唱について考えていくこととする。

まずアミーナに与えられた楽曲に注目する。アミーナには第一幕第二曲にカヴァティー ナ、第二幕フィナーレにアリアが与えられている。それらはどちらもカバレッタを伴った 構成となっており、彼女の性格を示すのにふさわしい音楽である。このアミーナの楽曲に 触れていくにあたり、同時に注目しておきたいのがリーザに与えられた楽曲である。エル

41 Bellini, Vincenzo. La sonnambula: canto e pianoforte. Milano: Ricordi, 2005.

42 Bellini, Vincenzo. La sonnambula:riduzione per canto e pianoforte condotta sull'edizione critica.

Milano: Ricordi, 2010.

43 Bellini, Vincenzo. La sonnambula: edizione critica delle opere di Vincenzo Bellini partitura volume

. Milano: Ricordi, 2009.

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ヴィーノとの対比については短調の響きに関する考察で触れることとし、ここではリーザ に与えられた楽曲との対比からアミーナの楽曲について考察する。リーザとは原作のコメ ディー・ヴォードヴィル(軽喜劇)『夢遊病の女 La somnambule』(1819年)44には存在 していない人物であり、バレエ・パントマイム『夢遊病の女または新しい領主の到着 La somnambule ou l'arrivée d'un nouveau seigneur』(1827年)45から登場している役であ る。修士論文の中でも、このリーザとアミーナの置かれている立場が逆転することによっ て、それぞれの音楽を引き立てていると述べたが、今回はさらに深く考察することとする。

まず彼女たちの楽曲で歌われている内容について触れておく。

第一曲 導入曲(リーザ)

Tutto è gioia, tutto è festa…

Sol per me non v’ha contento:

e per colmo di tormento son costretta a simular.

O beltade a me funesta che m’involi il mio tesoro, mentre io soffro, mentre moro, pur ti deggio accarezzar!

すべてのものが楽しそう、お祭り騒ぎだわ…

幸せでないのは私だけなのね。

苦しんでいるのにそのうえ

楽しいふりをしなければならないのね。

私を苦しめるあの美しさは

私から愛する人を奪っていったわ、

私は苦しみ、死ぬ思いなのに、

それでも彼女を祝わなきゃならないなんて!

第二曲 カヴァティーナ(アミーナ) ※前半はレチタティーヴォ Care compagne, e voi,

teneri amici, che alla gioia mia tanta parte prendete, oh! come dolci scendon d'Amina al core

i canti che v'ispira il vostro amore!

A te, diletta, tenera madre, che a sì lieto giorno

愛しい仲間の皆さん、

そして優しいお友達、私の喜びをたくさん 分け合ってくれるのね、ああ!なんて優しく アミーナの心を感動させるのでしょう 皆さんの愛が込められたその歌は!

最愛の 優しいおかあさん、孤児である私を

44 ウジェーヌ・ スクリーブ Eugène Scribe(1791 ~ 1861)とG.ドラヴィーニ G.Delavigneによる もの。

45スクリーブの台本に、ルイ・ ジョゼフ・ フェルディナンド・ エロール Louis-Joseph Ferdinand Hérold(1791 ~ 1833)が作曲したもの。

171 me orfanella serbasti, a te favelli

questo, dal cor più che dal ciglio espresso, dolce pianto di gioia, e quest'amplesso.

Come per me sereno oggi rinacque il dì!

Come il terren fiorì più bello e ameno!

Mai di più lieto aspetto natura non brillò;

amor la colorò del mio diletto.

育ててくれた日々がどんなに幸せか、

目から流れ出るこの抱擁が、

おかあさんに語っているわ。

今日という日は私にとって

なんて晴れ晴れと始まったのでしょう!

大地はなんて美しく花をつけ、

なんて和やかなのでしょう!

自然がこんなにも

陽気に輝いていたことはないわ、

愛が自然を

私の喜びで彩っているの。

第十曲 アリア(リーザ)

De’ lieti auguri a voi son grata;

con gioia io veggo che sono amata;

e la memoria del vostro amore giammai dal cor non m’uscirà.

あなたたちの幸せに満ちたお祝いに感謝するわ、

私は喜びをもって愛されているのだと感じるわ、

あなたたちの愛の思い出は

決して私の心から離れたりしないわ。

第十二曲 アリア(アミーナ)

Ah ! non credea mirarti sì presto estinto, o fiore.

Passasti al par d’amore, che un giorno sol durò.

Potria novel vigore il pianto mio recarti ...

ma ravvivar l’amore il pianto mio non può.

ああ!信じられないわ

花よ、こんなに早く萎れてしまうなんて。

たった一日しか続かなかった愛と同じように お前は萎れてしまったのね。

私の涙がお前に

もう一つの命をもたらすことができればいいのに…

けれど私の涙は

あの愛を甦らせることはできないわ。

これら四つの楽曲を並べたとき、第一曲のリーザと第二曲のアミーナ、第十曲のリーザと 第十二曲のアミーナの心情がそれぞれ入れ替わっていることが分かる。ネガティブな内容 を歌っていたリーザはポジティブな内容を歌い、ポジティブな内容を歌っていたアミーナ

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はネガティブな内容を歌うのである。特にリーザの第十曲のアリアで歌われる内容は、第 二曲におけるアミーナのカヴァティーナの前に歌われるレチタティーヴォととてもよく似 ている。これはまさに、「愛する人との結婚」という共通点を表現するのにふさわしい構成 である。二人の立場は入れ替わるため、楽曲に与えられている大まかなテーマは先ほど述 べたように入れ替わったと言える。けれども、歌詞の内容を細かく考察していくと、彼女 たちの心情の核となっている点は異なるように感じる。まず、ネガティブな内容を吐露す る二人の言葉に注目すると、第一曲にあるリーザの言葉には、主にアミーナに対する内容 しか書かれていない。一方、第十二曲にあるアミーナの言葉には、愛が終わってしまった ことを萎れた花に例えており、リーザに比べて無気力なものを感じる内容である。この二 人の言葉を苦しみや悲しみという分類からさらに細かく言い表すならば、リーザには嫉妬 や悔しさのようなものが、アミーナには空しさややるせなさのようなものがふさわしいと 考えられる。つまり、リーザにはネガティブな中にもエネルギーに溢れたものが込められ ており、アミーナにはそのエネルギーは存在していないように感じられる。また、ポジテ ィブな内容を歌った二人の言葉に注目すると、アミーナは周りに広がる自然すべてを示し ながら喜びを言い表し、美しさを愛でる内容や感謝に満ちた穏やかな様子を感じられるの に対し、リーザは周りの人々に対して喜びを言い表しており、やや偏った見方をすれば勝 利を宣言しているように捉えられる。このように彼女たちに与えられたテキストからも、

エネルギーに溢れたリーザと、穏やかで優しさに満ちたアミーナという、対象的な二人の 人物像を明らかにすることができる。それでは、これらの違いは音楽に注目した場合には どうであるかを考察する。

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【譜例3-2-1】 P.7,8

【譜例3-2-2】 P.265,266

これら二つのリーザの楽曲は、異なる感情を歌っているものであるにもかかわらず、音 符の並び方はよく類似している。どちらにも細かい音符が多く見られ、感情が溢れ出して

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いるかのような下行音型が多く用いられている。苦しみや嫉妬を歌っている第一曲(【譜例 3-2-1】)の方が三連符のリズムが用いられたり、強拍以外にアクセントが用いられたり、

複雑な構成となっている。一方、第十曲(【譜例 3-2-2】)に注目してみると、第一曲と同 様にアジリタは多く用いられているけれども、さらにトリルや休符などが散りばめられて おり、より勢いのある弾んだ印象を受ける構成となっている。これら二つの楽曲を並べる ことによって、リーザに与えられた音楽とは感情の種類に関わらず、表現の手段として用 いられるのが細かい音符であると解釈できる。この細かい音符たちの用いられ方について レズリイは次のように述べている。46

明るい溌剌とした十六分音符が盛んに用いられているのは、決して、演唱技巧の誇 示のためではなくて、その部分の歌詞の持つ意味を、音楽的に的確に表現しようとす るためなのである。つまり、それらの音符群の機能は、バッハやヘンデルの声楽作品 の中に見出される、あの“喜び”を表す動機と同じ声質のものなのである。

ここで述べられた概念とは異なるけれども、リーザのアジリタには「喜び」を表す動機で はなく、「感情の度合い」が込められていると考える。リーザの音楽で「喜び」という概念 は音符の「弾み」によって表現されており、アジリタの使われ方にも、二つずつのスラー が書かれるなど、より弾んだ表現が求められていることが分かる。

それでは次にアミーナの楽曲の楽譜に注目する。

46 オーリイ、レズリイ『ベッリーニ――生涯・ 芸術・ 作品』 132頁。