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44ページ)

次の文章が第 2 版では挿入される.

「これ〔労働と商品の価格の一般的な上昇と,貴金属価値の下落〕は,偶然的な諸 原因(incidental causes)から生じた貨幣価値が,必然的な原因(the necessary cause)

から生じた結果をまったく圧倒し,不明瞭にさせた,顕著な例の一つである.利潤は 下落せずに上昇し,そして貨幣価値はそれゆえ上昇し,労働の貨幣価格は下落すべき であった.しかし穀物と労働に対する需要から生じた

2

次的原因と,そしてわが国の 輸出商品の貨幣価値の増大が,利潤上昇の自然的効果をまったく圧倒し,労働と比べ たわが国の通貨の価値においてだけでなく,わが国の地金の価値においても,非常に決 定的な下落をもたらした114).」(Principles, 2nd ed.,p.134)

本論文の

3. 3 で見たように,マルサスは『価値尺度論』の中で,「労働は一

定なので,利潤が入るすべての商品は,それがほとんど全部だと言ってよいで あろうが,利潤の下落によって下落するに違いない,そしてこれらの中にはも ちろん,金属貨幣が見出されるであろう」(Measure, p.201;訳,43-44ページ)と述 べていた.そして,そこで述べたように,この考えがリカードウを批判する際 の論拠となっていたのである.しかし,ナポレオン戦争中の経済状態について 論じる際に,マルサスは,1813 年と

1790 年とを比べると,

「利子率と利潤率は

113)なお,本論で言及する以外に,大きなものとして,第15 パラグラフにアメリカ経済の統計に言

及した脚注が追加されたこと,第16 パラグラフの最後に編者の脚注が追加されたことがある.

114)この変更については,プレンの説明(Variorum Edition, vol.2, p.375)も参照されたい.なおこの パラグラフのこれ以降の箇所では,若干の変更はあるが, 初版の文章がそのまま使われている.

以前の時期よりも後の時期の方がより高かった115)」(Principles, p.169)と述べてい るのであるから,上の『価値尺度論』の考えにしたがうと,貴金属価値は当然 上昇していくはずである.しかし現実には下落していったのであるから,なぜ そうなったかを説明する必要が出てくるのである.

そのためマルサスは,第

2 版において上の引用文を挿入して,「必然的な原

因」からすると貴金属価値は上昇するはずであったが,「穀物と労働に対する需 要から生じた

2

次的原因と,そしてわが国の輸出商品の貨幣価値の増大」とい う「偶然的な諸原因」が「利潤上昇の自然的効果をまったく圧倒」したために,

貴金属価値は下落することになったと,説明しているのである116).初版出版後 の『価値尺度論』で導入された新たな概念に合わせるために,ここでの修正が 行われたのではないかと思われる117)

もう

1 つの変更点は,第 4 原因について論じた最後の箇所に,第 25 パラグラ

フが新たに挿入されたことである.そこでマルサスは,次のように言っていた.

「しかしながら,貨幣価値の下落からしばしば生じる利益について語る際に,次の ことは常に想起されるべきである,すなわち,もしそれが,永続的に維持することがで きるよりもより大きな範囲で進むならば―これは非常にしばしば起きることであるが

―それは確実に反動的な動きを後に伴うであろう,それは,国の一般的な富に関し て生産に与えられた以前の奨励の効果をすべて消滅させることはないであろうが,関連 するすべての当事者,すなわち地主,資本家,そして労働者にとって,非常に苦痛な 反動と感じられるので,彼らは刺激を被らなかったことを望むかもしれない.しかしな がら,なお,それが継続する時間の間は,そのような刺激の効果を考察するのは適当 である.」(Principles, 2nd ed.,p.136)

115)第2 版ではこの後に,「一方労働の穀物賃金はほとんど同じであった」という文が挿入された.

116)この引用文については,プレンの説明(ibid.)も参照されたい.また貨幣価値変動の「必然的原 因」と「偶然的諸原因」については,『原理』第2 版第2 章第7 節の説明(Principles, 2nd ed.,p.102)

を参照.

117)これと同じ趣旨の議論が,第3 章第4 節第4 パラグラフに,第2 版になって新たに挿入された脚

注でも行われている.Cf. Principles, 2nd ed.,p.141.この変更については,プレンの説明(Variorum Edition, vol.2, pp.378-89)を参照されたい.

マルサスは初版の中で,ナポレオン戦争中の繁栄を,その間の高い穀物価格 と低い貨幣価値とが経済に与えた奨励によって説明していた.しかし,今の引 用文では,それが「永続的に維持することができるよりもより大きな範囲」で 起きた場合には,「確実に反動的な動きを後に伴」い,「関連するすべての当事 者,すなわち地主,資本家,そして労働者にとって,非常に苦痛な反動と感じ られるので,彼らは刺激を被らなかったことを望むるかもしれない」とまで,

述べられているのである.その意味では,初版では第

4

の原因について,もっ ぱら肯定的にのみ考えられていたが,第

2

版になると,むしろそれが経済に過 度な刺激を与えることによって,その後に「確実に反動的な動き」をもたらす と,否定的な側面が認識されるようになっているのである.

もちろんマルサスは,そのような「反動」が「国の一般的な富に関して生産 に与えられた以前の奨励の効果をすべて消滅させることはない」し,また「そ れが継続する時間の間は,そのような刺激の効果を考察するのは適当である」

と述べているから,第

4 の原因が与える経済効果をすべて否定したわけではな

いであろう.しかし,第

2

版においてこのような文章が加えられたということ は,初版執筆時に比べて,マルサスの認識の中で何らかの変化が起きてきてい るのではないかということを,示唆しているように思われる118)

お わ り に

これまでマルサスの地代論について,1815 年の『地代論』,1820 年の『原 理』初版,そして

1836 年の『原理』第 2 版における議論を,

『原理』第

3 章の

1 節から第 4

節までの範囲を中心にして検討してきた.そこから明らかにな

ったように,マルサスの地代論は差額地代論という意味では

1815 年の『地代

論』によって完成されていたかもしれないが,『原理』初版,第

2 版における地

代論の展開を検討すると,そこには様々な要因が影響を与えて,地代論が変貌

118)プレンはこのパラグラフを,「割合原理のさらなる適用(a further application of the doctrine of proportions)(Variorum Edition, vol.2, p.376)と理解している.

してきているのが分かるのである.

その要因の中で一番大きいのは,リカードウの『原理』におけるマルサス批 判であろうが,それがまた,マルサス自身における価値論の再検討を促すこと になり,『価値尺度論』が出版され,『原理』第

2 版における地代論の再検討へ

と導いていくのである.またそれ以外の要因としては,『地代論』が出版された 当時と『原理』初版や第

2 版が出版された当時の経済状況の違いも,影響を与

えているものと思われる.

本論文では,『原理』第

3 章第 1

節から第

4

節までを中心に検討してきた.

それでは,第

3 章第 5 節以降は『地代論』に比べてどのような変更があったの

であろうか.また初版で新たに追加された第

8 節以降は,どのような意図のもと

になされたのであろうか.これらについて検討することが,今後の課題である.