44ページ)
そして続く第 49 パラグラフで,マルサスは次のように言っている.
「そして,それは非常にまれな場合であり,そして労働に対する需要が生産に対す る需要に先行するか,あるいは少なくともまったく同時であるときにのみ起こりうるの だが,労働の価格が実際に生産物価格に比例して上昇するときですら,資本が支出さ れるすべての他の経費,すなわち十分の一税,教区税,租税,肥料,および以前の低 い価格のもとで蓄積された固定資本の合成物が,まったく同じ割合で,そして同じ時 期に上昇すべきであるということは不可能なので,生産物価格と生産費との差額が増大 したときには,いくらかの継続期間が必ず起きるのである.」(ibid.)
すなわち,賃金が穀物価格と同じ割合で上昇することは「非常にまれな場合」
ではあるが,もしそのようなことが起きたとしても,固定資本のように,資本 のうち労働以外に支出される部分は,穀物価格と同じ割合で上昇することはな いであろうから,穀物価格と生産費との差額は増大することになる,というの である.
そして,この第
4 の原因について論じた最後の箇所である第 50 パラグラフで
は,穀物価格の上昇は,最初は農業利潤を増大させるが,現行の借地契約期間 が満了し賃貸契約を更新する際には,地代の増大をもたらすことになると言っ ている.マルサスは地代増大の第
4 原因について,
「生産費を名目的に低下させること なく,生産物のこの費用と価格との間の差額を増大させるような,需要の増大 による農業生産物の価格の上昇」(Rent, p.126)であると述べていた.しかし,需要の増大による穀物価格の上昇は,貨幣賃金に影響を与えるため,もし穀物 価格の上昇と同じように生産費が上昇したら,価格と生産費との差額が増大す ることはありえず,地代の上昇は起こりえないことになる.そのため,ここで マルサスが主張するのは,1 つは,貨幣賃金の上昇率は穀物価格の上昇率にお よばないということ,もう
1 つは,生産費を構成するもののうち,賃金部分以
外は穀物価格が上昇しても同じ割合で上昇することはないから,たとえ貨幣賃 金が穀物価格と同じ割合で上昇しても,価格と経費との差額は増大するはずで ある,ということであった.この節の冒頭で述べたように,マルサスは地代を増大させる
4
つの原因につ いて述べた後,「生産物の価格と比べて,耕作費を低下させる最初の3
つの原 因の作用は,まったく明白である.4 番目の原因については,さらにいくらか の考察が必要である」(Rent, p.126)と述べていた.マルサスにとっては,最初の3 つの原因が「利潤を低下させる」か,
「労働の賃金を低下させる」か,あるいは生産に必要な「労働者の人数を減少させる」ことによって,生産費を減少さ せ,その結果穀物価格との差額が増加して,地代が増大することになるのは,
自明なことに思われたのであろう.それに対して,第
4
原因である需要の増大による穀物価格の上昇は,貨幣賃金を上昇させることによって生産費を上昇さ せるであろうから,その場合でも「費用と価格との間の差額」が増大するとは,
必ずしも断言できなくなってくるのである93).そのためマルサスは,この第
4 の
原因については,他の原因とは異なって,特別に言及する必要があると考えた のではないかと思われる.3. 7
『原理』初版における地代増大の第4 原因についての議論
先に検討してきたように,『地代論』の第
4
原因についての議論では,穀物 需要増大の要因として,外国からの需要の増大,「製造品に対する同じような需 要の増大」,そして「製造業における新しい機械や,より賢明な分業の導入」の3
つがあげられ,それらが穀物価格を上昇させて,地代を増大させることが論 じられていた.そして,『地代論』でそれぞれの要因について論じられていた第46,47
パラグラフ,および第48
パラグラフの前半の議論がほぼそのまま『原理』初版に採用されているので,基本的な『地代論』の考え方は初版に引き継 がれていると言って良いであろう94).しかし,『地代論』と初版とを比較した場 合,量的には大きく拡大されているから,この改訂でマルサスが何を意図して いたのかが,疑問になってくるであろう.以下,初版の議論を検討していくこ とにしたい.
マルサスは,第
4
原因について議論する最初の箇所,第3
章第3
節の第12
パラグラフで,「地代を増加させる傾向のある第4 の原因は,どのような原因か
ら生じたのであれ,生産物の価格と生産費との間の差額を増加させるような,農業生産物の価格の上昇である」(Principles, p.166)と述べている.これは,こ の節の冒頭で紹介した,『地代論』第
44 パラグラフにおける第 4
原因の説明,すなわち,「生産費を名目的に低下させることなく,生産物のこの費用と価格と
93)最初の3 つの原因と第4 原因との違いについては,すでに森氏が指摘されている.森,前掲書,
148 ページ,参照.
94)『地代論』の第46,47 パラグラフ,および第48 パラグラフの前半の議論は,それぞれ初版の第
14 パラグラフ前半,第20,21 パラグラフにほぼ同じである.
の間の差額を増大させるような,需要の増大による農業生産物の価格の上昇」
(Rent, p.126)という説明と,同じ内容のものであると考えられる95).したがっ て,この部分だけを取ると,第
4
原因についての考えは『地代論』と初版とで 変更がなかったことになる.しかし,初版で新たに挿入された次の第13パラグラフで,マルサスは以下の ように言っている.
「我々はすでに,貨幣がほぼ同じ価値を維持している間に96),資本と人口の規則的な
(regular)増加の結果として起こるかもしれない,原生産物の価格の上昇に言及した.
しかしこの種の上昇は狭い制限の中に限定されており,そして最もしばしば考察の対象 である,穀物価格におけるそのような大きな変化にほとんど関与していない.今私がそ の結果をさらに詳細に考察しようとしている種類の価格の増加は,貴金属の価値の変 更で終わるような,需要の増大による価格の上昇である.」(Principles, p.166)
この引用文でマルサスは,穀物価格の上昇を
2
つの種類に分けている.1 つ は,「貨幣がほぼ同じ価値を維持している間に,資本と人口の規則的な増加の結 果として起こる」ものであり,もう1 つは,
「貴金属の価値の変更で終わるよう な,需要の増大」によるものである.そして前者は,地代増大の第1 と第 2 の
原因によって起こるものであり,後者は,第4
の原因によるものであると思わ れる.そして前者は,「狭い制限の中に限定されており,そして最もしばしば考 察の対象である,穀物価格におけるそのような大きな変化にほとんど関与して95)この『地代論』の説明は,『地代論』のfourthly が初版で4thly に変更された以外は変更されず
に,初版第3 章第3 節の第1 パラグラフでもそのまま採用されている.Cf.Principles, p.161.
96)マルサスがここで「貨幣がほぼ同じ価値を維持している間に」というのは,地代増減の第1 と第
2 原因について論じていた,この節の第5 パラグラフにおける「実際それは,一国が受けるあらゆ
る変化の下で,貨幣が同じ価値を維持するときにのみ,ここで述べたような規則的なやり方で起き るのみである」(Principles, p.163)という文を念頭に置いているものと思われる.
なお第2 版になると,この第5 パラグラフの文章は削除されることになったので,おそらくそれ
に対応してであろうが,「貨幣がほぼ同じ価値を維持している間に」という文は,「そして利潤と穀 物賃金の規則的な下落」(Principles, 2nd ed.,p.132)という文に変更された.
いない」と言われているから,後者に比べて,重要性が落ちるような評価が与 えられている.したがって上の引用文の説明では,穀物価格を変化させる
4
つ の原因の中で,第4 原因こそ最も重要なものだということになる
97).それでは,需要増大の
3 つの要因のうち第 1
の要因について,初版ではどの ように説明されるのであろうか.それを説明しているのが次の第14 パラグラフ
になるが,このパラグラフの前半は『地代論』の第46 パラグラフとほとんど同
じであり98),後半部分が新たに初版で追加された.その箇所でマルサスは,次 のように言っている.「しかしながら,もし需要が継続したならば,労働の価格は,穀物と比べて,以前 の水準にまで最終的には上昇するであろう.原生産物の豊富な輸出によって支えられた 貨幣価値の決定的な下落が,一般的に起きるかもしれない.労働はすべての外国商品 の購入において,きわめて生産的となるであろう.そして地代は利潤や賃金の下落なし に上昇するであろう.」(Principles, p.167)
『地代論』と『原理』とで共通するこのパラグラフの前半部分では,周辺の 国から穀物需要が発生した場合どのような影響を持つかという,いわば短期的 な効果について論じられていた.それに対し,今引用した後半部分の議論では,
周辺国からの需要の増大が継続した場合という,いわば長期的な影響について 議論されている.そして,そのように長い期間をとると,「労働の価格は,穀物 と比べて,以前の水準にまで最終的には上昇するであろう」,すなわち貨幣賃金 の上昇率は穀物価格の上昇率に等しくなる,と言われているのである.
先に述べたように,マルサスは『地代論』で第
4 原因について議論する際に,
97)マルサスがこのように考えるようになった理由の1 つとしては,『地代論』では地代増減の第1−3
原因について自明なものと考えていたが,リカードウによってそれらが批判されたために,第4 原 因を重視するようになったということが,考えられるのではないかと思われる.
98)『地代論』と初版との相違点は,『地代論』にあったコンマが1 カ所初版で削除されたことと,『地
代論』のahead が初版でa head に変更されたことである.なお,この『地代論』と初版とで共通の
部分は,『原理』第2 版にもそのまま採用された.