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火 非(ヒ)

ドキュメント内 博士学位請求論文 (ページ 55-101)

第 2 節 寄語の解読

36. 火 非(ヒ)

Sはhiと読み、他でもヒと読んでいる。それに従う。

37. 郷 羊埋俚(△△△)

Iはヤンムラと読んでいる。他では解読していない。ここでも保留とする。

38. 江 打各計(△△△)

Iはタコクと読んでいるが、他では解読していない。ここでも保留とする。

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【方向類】

39. 東 熏加→熏加□(ヒガ□)

東洋文庫本などは「熏加」となっており、天啓刻本『武備志』でも同じように音注漢字 が二文字しかなかったが、UとMでは「熏加什」となっている。重刊本ではシに当たる 一字が脱落した可能性がある。

Iはヒンガ、Eはhingashiと読んでいる。他の先行研究ではヒガシと読んでいる。ここ では「熏加」をヒガと読んでおく。

40. 南 迷南来→迷南米(ミナミ)

東洋文庫本は「迷南来」となっているが、内閣文庫本、早大本、『国朝典故』本では「迷 南米」となっている。「来」は「米」の誤りであろう。

先行研究ではIはミナンミと読んでいるが、Eはminamiとし、そのほかもすべてミナ ミと読んでいる。ナの音注に「南」という字が選ばれたのは、写音だけでなく、記憶の便 宜のために南という意味が考慮されたのではないか。次の41の音注「西」も同じような ものである。ここはミナミと読んでよい。

41. 西 義西(ニシ)

Eはnisiと読み、他でもすべてニシと読んでいる。

「義」は疑母で、中古音では子音が[ŋ]であり、現在では北方方言の多くはjiとなるが、

寧波方言などの呉方言では[ȵ]とも読まれる。ニに当てることには問題がない。音注の「西」

は寧波西洋人資料では si とされており、もっとも相応しい漢字ではないが、記憶上の便 宜のために選ばれたのであろう。先行研究の解読に従う。

42. 北 尤兀俚(△△△)

UとMでは「計多」となっているので、ともにキタと読んでいるが、中国の伝本のほ とんどは「尤兀俚」である(『日本図纂』では「兀木」)。保留とする。

43. 前 日皆門利婆(△△△△△)

先行研究で解読されていない、難解のものである。保留とする。

44. 後 吾失利(ウシ△)

Eはusiroと読み、Iはウシリと読む。UとMがよる底本には「吾」の字が脱落してい

たので、UとMはこれをシリと読んだ。その他はウシロと読んでいる。「利」はロと読め ないので、何かの誤りであろう。「利」だけを保留とする。ちなみに『日本語源大辞典』

では「後ろ」の語源にウシリがある。

【珍宝類】

45. 金 空揩泥(コガネ)

Eはko-ganeと読み、他もほとんどコガネと読んでいるが、Mはコカネと読む。黄金の

意味で取れば、コガネと読んで異論はない。

「揩」は渓母で清音であり、他の多くのところではカに当てられている。濁音に当てら

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れるのは假摂に群母の字が排されていないので、清音の渓母、見母の字を使わざるをえな かったと考えられる。「空」が鼻音韻尾ŋを持つことは、おそらくガの鼻音的要素を表す ためであったと考えられるので、ここはコガネと読む。

46. 銀 失禄揩泥(シロカネ)

Sはshiro-ganeと読み、Mはシロカネとし、他ではシロガネと読んでいる。

ここにも45と同じように「揩」がカとガのどちらに当てられたかという問題があるが、

『天草本平家』や『日葡』にXirocaneとしているので、『日本国考略』の成立時はまだシ ロカネと読まれていた可能性が高い。また、「揩」の前の「禄」は入声であり、鼻音韻尾 の字を使わなかったことから、「揩」は清音のカを表したことになるのではないか。ここ ではシロカネと読む。

47. 珠 他売(タマ)

Eはtamaと読み、他でもすべてタマと読んでいる。問題はない。

48. 錢 前移(ゼニ)

Eはzeniと読み、他でもゼニと読んで意見が一致している。

「移」は以母であり、他のところではイに当てる。ここでニに当てるのはおそらく、中 国人の耳にはze.niがzen.iと聞こえたためであろう。解読は先行研究に従う。

49. 黄銅 中若左→中若古(チウジャク)

BとMはチウシャク、Eは「申若右」としてsinchiuと読み、Hはチュウジャク、Oは チウジャクと読んでいる。

「左」をクと読むのは無理であり、『日本風土記』には「中若古」とあることから、「左」

は「古」の誤りである可能性が高い。ここでは「中若古」に改め、チウジャクと読んでお く。

50. 紅銅 鶯更揩尼(アカガネ)

B、M、U、Iはアカカネと読み、Eは連濁したakaganeとし、HとOもアカガネと読ん でいる。

寧波西洋人資料では「鶯」が白読でangであるから、ここでアと読むことに問題はない。

「更」は「鶯」と同じ梗摂二等で、カと読むこともできる。「揩」の前の音節は「更」で あるから、「揩」はガと読むほうが適切である。『邦訳日葡辞書』にも「Acagane アカガネ」

とあるから、ここでもアカガネと解読する。ただし、問題は「鶯更」において「鶯」が鼻 音韻尾の字だということである。法則的にはこれをアガと読むべきであるが、この点は不 明である。

51. 水銀 明東揩泥(ミヅガネ)

S は midzu-gane と読み、他ではすべてミヅカネと読んでいる。ただし、鼻音韻尾をも

つ「東」に後接する「揩」は濁る音ではないか。『日国』『全方』によれば、「みずがね」

と読む岐阜県恵那郡、山口市などの地域があるという。ここでは、ミヅガネと読む。

51 52. 好銅錢 姚礼善尼(△△ゼニ)

UとMはヨリゼニと読み、Iはヨイゼニとし、Sはyorizeni,yoizeniと読み、Oはヨイ ゼニとした。「好」を形容詞と考えればヨイゼニと読んでもいいが、「礼」は他にもレと当 てられているので、イと読むことには無理がある。「姚礼」は保留とする。

「善尼」をゼニに読むことについては異論がない。

【人物類】

53. 皇帝 大利(ダイリ)/天三家里→天王家里(テンワウ△△)

Eは「大利」をdairiと読み、Iはダイリテンノーと読んで疑問符をつけた。Oは「大利」

をダイリとし、「天三」を「天王」の誤りと見なしてテンワウと読んでいる。

「内裏」また「大里」は、天皇の住居を中心とする御殿をいうところから転じて天皇の ことを指すようになった。そこで「大利」をダイリと読むのは妥当である。「天三」が『国 朝典故』本、『日本図纂』では「天王」とあるので、恐らく「天王」の誤りであろう。テ ンワウと読める。「家里」については見当がつかないので、保留とする。

ちなみに「天王家里」は天皇の家という意味で「内裏」の説明文である可能性もある。

54. 官 大米(ダイメイ)/烏野鶏(オオヤケ)

Mは「野鶏」をヤケと読み、Eはdaimiō,oyakeと読み、Sはtami,oyakeと読み、Iは

「大米」をダイミウ、Hはダイミョウ、オオヤケ、Oはダイメイ、オオヤケと読んでいる。

「大米」が大名という意味を表すことについては異論がない。ただし「米」はメイとミ ャウとどちらに読むかが問題になる。『文明本節用集』には「大名タイミャウ 大名(メ イ)ハ守護/大名(ミャウ)ハ銭持(ゼニモチ)」とあり、両方の読み方が見られる。と ころが「米」は蟹摂四等開口で、拗音には読みにくいので、メイと読むのが穏当であろう。

「烏野鶏」はHとOに従い、オオヤケと読む。

55. 百姓 別姑常(ヒャクシャウ)

Sはhiaku-shôと読み、Iはバクショウとし、他ではヒャクシャウと読んでいる。

オ段長音の開合については後述するが、「常」は宕摂開口三等で、ヒャクシャウと読む のが穏当である。

56. 大官 大大鳥野鶏(△△オオヤケ)

Hはオオヤケと読んで「大大」は正訓文字とすべきとした。Oは「大大」を説明と解釈 した。ただ、21「今日」の項においては、説明と音注とが分かれて二行の注のようになっ ている。ここに「大大鳥野鶏」と一行になっているのは一語の音注と考えることもできる。

また、二番目の「大」は「米」の誤りである可能性もある。つまり何らかの手違いで、54

「官」の音注をつけてしまったのかもしれない。「大大」については保留とする。

57. 公 翁知(オオヂ)

Sはoji、IとHはオヂとしたが、Iは疑問符もつけた。Oは『日仏辞典』『節用集』で「祖 父」のことを「オオヂ」とするので、「翁知」をオオヂと読んでいる。ここでもOに従っ

52 て、オオヂと読んでおく。

58. 婆 猶蒲(△△)/翁妃(△△)

Iはオバと読み疑問符をつける。他では保留としている。57「公(オオヂ)」から見て、

ここは祖母の意味と思われるが、「猶蒲」「翁妃」をどう読むべきか難解である。

59. 父 阿爺(オヤ)

B、U、M、H、Oはオヤ、EとSは一字が脱落したとしてoyajiと読んでいる。

『日方』によれば、父のことを「おや」と呼ぶ地域に仙台市と宮古島がある。また『日 国』によれば、鹿児島方言に「おやっどん」「おやっちゃあ」「おやっ」「おやっきん」な どの言い方があるそうである。なお、『古今著聞集』1254に「ともなる力者法師ききとが めて、『おやまきの聖覚や、ははまきの聖覚や』など、ねめつつ、見かへり見かへりにら みけり」とあって、「はは」に対して「おや」があるので、父のことをオヤと言っていた かもしれない。

また、Oに指摘されるように、『節用集』にも「親父(おや)」とあることから、ここは オヤと読んで良いであろう。

60. 母 発発(ハハ)

先行研究はすべてハハと読んでいる。それに従う。

61. 兄 挨尼(アニ)

Sはaniと読み、他もすべてアニと読んでいる。アニが妥当である。

62. 嫂 阿尼尤尼(アニヨ△)

先行研究ではすべてアニヨメとしているが、E は「尼」を「米」に改めて me と読み、

Oは「尼」について、マ行音をナ行音に誤聴した結果だとした。

『日本風土記』では「嫂」が「阿尼揺密」とある。従って、ここはアニヨメを写したこ とは確かであり、二番目の「尼」は前の「尼」の影響を受けて誤ったと考えられる。ここ では前三字をアニヨと読み、二番目の「尼」を保留とする。

63. 弟 阿多多(オトト)

Eはototoと読み、他でもすべてオトトとする。それに従う。

64. 妹 亞尼多(△△△)/一沒多(イモト)

「一沒多」についてEはimotoと読み、Sはimōtoと読む。他ではイモトと読んでいる。

それに従う。

「亞尼多」については I、H、O がアネトと読む。中国語の「妹」は日本語と同じ意味 で、姉の意味は含まない。「姉」の項目も次に出てくるので、「亞尼多」は何かの誤りかも しれない。これを保留としたい。ちなみに『全方』によれば、千葉県夷隅郡では「妹」の ことを「あねご」と言う。

ドキュメント内 博士学位請求論文 (ページ 55-101)

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