第 3 章 漢字の特徴
3.2 漢字には屈折及び語尾の変化がない
意になる。漢字の語意でこのように落ち着かない性格は中国語ばかりでなく、
日本語も少なくない。
8a お盆は旧暦の7月15日を中心に行われる。 (盂蘭盆)
8b 木のお盆の方が良いね。 (トレー)
9a 私には鉢が回ってきた。 (順番)
9b この鉢に美しい花を植える。 (器)
10a 日本のお米が美味しい。 (ご飯)
10b 米国の経済情報を集めよう。 (アメリカ)
11 a 二重。 (重ねる)
11b 重量。 (重さ)
12a 安全。 (安全)
12b 安売。 (安い)
日本語は漢字以外にまた他の表記を使っている故に、このような同形の漢字 で異なる語意になる現象は、中国語より全体的に多くないかもしれないけれど も、確かに存在している。漢字を用いる限り、この現象の多寡があっても、語 意が落ち着かないという性格は変わらない。つまり、単一の文字における意味 を判断し難いことは避けがたいことである。
朱(2012)は「背影」という文章を例として、結合した漢字における語意の
多様性について述べている。
「『背』は背中の『背』でもいいし、『背負う』の『背』でもいい。『暗記す
る』の『背』でも可能である。中国語では、『見背』は『死去する』、『今天 很背』は『今日はついていない』という意味にもなる。つまり『背』や『背』
との組み合わせによって示される意味は多種多様であるということである。
周知のように、漢字には格の屈折もなく、語尾の変化もないので、ここの
『背』は一体そのいずれに当たるのかを『背』自身によって認知すること はできるはずもない。結局この『背』を取り巻く言語環境から手がかりを 得ながら認知していかなくてはならないことになる。」36
朱が述べた通り、漢字は組み合わせすることより、成した意味は多様になる。
従って、結合した漢字の語意を判明するなら、字の自身より認知するのではな く、文脈若しくは語を用いる場面や環境から認知する以外にない。
漢字語意は落ち着かないため、イメージが変更するという特徴がある。即ち、
色々な漢字と組み合わせた場合、其々の意味に成るので、イメージが変わって しまう。たとえ原来認識していたイメージで新たな組合の語意を認知すれば、
誤解する可能性が非常に高い。例を見てみよう。
13a ①香港的②香很③香。 <①香港の②お線香はとても③いい香り。>
14a 電腦。 <コンピューター。>
14b 電魚。 <電気ショックで魚を取る。>
15a 小姐。 <お嬢さん。>
15b 小姐姐。 <小さいお姉さん。>
36『文法認知と語境認知』(2012)p.72
16a 了無生氣。 <全然元気がない。>
16b 怎麼了。 <どうした。>
17a 蝸牛。 <カタツムリ>
17b 水牛。 <バッファロー>
17b 牽牛花。 <朝顔>
の部分はすべで同じ漢字であるが、違う漢字と組み合わせることによっ て、それぞれ異なる意味として認知されている。線で標示した漢字は、他の漢 字と組み合わせすると、字自身の語意が変わったか、若しくはそれと組み合わ せした漢字とセットになって、新たな語意に融合された。
日本でも類似した現象がある。「万葉集」における言葉遊びの一つである「海 海海海海」はその一例である。同じ漢字の海が五つも繋がっている言葉は、一 体何と読み、そしてどういう意味であるかについて、山本(1994)は述べた。
「答えは『あいうえお』。『海女――アマ』、『海豚――イルカ』、『海胆――
ウニ』、『海老――エビ』、『海髪――オゴ(または、オゴノリ……海藻の名)』 をあわせたもの。」37
これは、当て字に用いた場合、さまざまな読み方に当てられるだけではなく、
様々な意味が果たされて行くのは不思議なことではない。但し、この言葉を用 いる場面を知らないなら、読み方は勿論、五つ同形の漢字は各々どういう意味 を示すかも認知し得ないであろう。
37『漢字遊び』(1994)p.15
更に、一文字が他の文字と結合すれば語意が変わってくるだけではなく、完 全に同じ複数の漢字の組合せをしても、多様な語意が生成できる。
18a A:月曆掛了沒。 <カレンダーを掛けましたか。>
B:掛了。 <掛けました。>
18b A:醫院掛號了沒。 <病院に予約を入れましたか。>
B:掛了。 <入れました。>
18b 這條魚掛了。 <この魚が死んだ。>
19a 以家人為中心。 <家族を中心とする。>
19b 遊樂中心。 <ゲームセンター。>
20a 千萬別感冒。 <必ず風邪を引かないでね。>
20b 他的年薪千萬。 <彼の年俸は一千万円です。>
21a 一筋の光が見えました。 (1本。)
21b 相手は一筋縄では説得できない男です。 (普通の程度である。) 22a 寒天は美味しい。 (ゼリー状の食品。) 22b 1、2月は寒天が多い。 (冬天。)
23a 帰る前に一杯飲まない。 (ちょっと酒を飲むこと。) 23b 連休で仕事が一杯待っています。 (沢山のこと。)
23c 水一杯を入れて。 (一つの杯。)
漢字は屈折及び語尾など様々な変化をするという文法形式がない。その為、
上で挙げた同形語同士は、それぞれどの意味を示す、そして文中において何の 役を演じているかは、全て文脈、場面に頼っての判明しかできない。従って、
前後文がない或は語を用いる場面が分からないなら、その組み合わせた漢字の 語意を判断できない、それで詞性も明白にし得ない。
中沢(1978)も漢語自身は詞性を示さないということを指摘した。
「漢語は一詞ごとに一個の完全な観念を表し、一個の詞が句全体に対する 関係はその詞自身はなんらその詞性を示さず、詞性は主としてその詞の文 中に置ける位置によって決定されることをさす。(中略)漢語は同じ形で、
名詞にも動詞にも形容詞にも副詞にも用いられる。」38
ここまで、漢字は屈折及び語尾の変化がない故に、その語意自身は非常に落 ち着かない、そして詞性も示さないことがわかった。そこで、多義性という性 格を与えられたのである。
本稿は最初に述べたような、言語は地域の生活者がコミニケーションをする ために使う道具である。時代が進むことによって、社会生活が変化し、新たな 物事や新概念が湧いてくるのに伴って、新しい言葉が作られたことは言うまで もない。ローマ字を表記とした言語は、それに対応するため、どんどん新しい 文字を作らなければならない。これに対して、漢字の多義性という特徴より、
既存の漢字で無限に字義を増やしていくことによって、新たな字を作らなくて も、数えきれない新語を創造できる。再び、2.1で挙げた例を見よう。
夫妻房事圓滿。 <夫婦の性生活が円満>
房價大漲,民眾為房事所苦。
<不動産の大幅な値上がりで、人々は家を買うことに
38『漢字・漢語概説』(1978)p.33
悩んでいる。>
収穫されたばかりの美味しい新米。
新米社員。
このような既存の漢字で、同音の借用、同形の漢字を衍義、或いは漢字の組 み合わせによって、新たな文字を創造しなくても語意上では、無限に拡大でき る。これは漢字のもう一つの特徴である。
水上(1984)も漢字の字義は無限に拡大できることを述べている。
「漢字には、同音の文字を借りて、全く別の字義を表す方法がある。この
『仮借の原理』を活用して、無限に字義を増やすことができる。それは『新 しい文字を造らない、造字法』である。」39
本節をまとめると、漢字は屈折及び語尾という外形の変化がないため、一文 字の場合は、何の詞性に属するかは定めれない。即ち、その語意自身は抽象的 なものなので、他の字と結合しないかぎり、語意を確実に理解し得ない。そし て、同じ漢字の組合せでも多義との特徴を充分発揮して、様々の語意が演出で きる。更に、衍義若しくは借用などより、造語などという手段を経るまでもな く、既存の漢字を用いても語意は無限に拡大できる。これは漢字の特徴である。
39『からだと性の文字学』(1984)