5.1緒言
本章では,提案した適応ノッチフィルタによる制御アルゴリズムを従来のフ ィルタードⅩ型LMSアルゴリズムを適用した場合と比較し,その演算量低減効 果を評価する.実際には,必要な演算量は,サンプリング方式が可変と固定で 異なること,音響伝達系の減衰特性や制御を行う周波数の帯域幅などによって
大きく異なり,比較条件を一般化して議論することは難しい.ここでは, 4章 で用いた実測データを用いてシミュレーションを行い,同程度の制御効果が得
られる場合の演算量を評価基準として比較を試みる.
まず, 5.2節では,演算負荷を評価する主な項目として3点あることを指摘す る.次に, 5.3節では,ある設定条件においてフィルタードⅩ型LMSアルゴリ ズムを用いてシミュレーションを行い,その結果を適応ノッチフィルタの場合
と比較する.次に,
5.4節において,単位時間当たりの加算回数と乗算回数演算
量を比較し,演算量低減効果を評価する.最後に, 5.5節において本章の結論を 述べる.5.2 演算負荷の評価項目
制御用マイコン‑の演算負荷の影響を考えた場合,主な評価項目として以下 の3点をあげることができる.
(1)サンプリングの最高周波数 (2) 1サンプリング当たりの演算量 (3)基準信号の生成
以下,それぞれの項目について具体的に述べる.
5.2.1サンプリングの最高周波数
適応ノッチフィルタでは,制御次数のなかの最高次数をkmarとすると,その
4m倍の4mkmar【Hz]が最も速いサンプリングになる.これは, kmar次成分の1周期 中のサンプリング回数であり,そのときのエンジン回転数N[rpm]を用いて周波
数に換算する・ここで,アクティブ制御を行うエンジン回転数上限をNuLとする と,サンプリングの最高周波数は,
fm航‑4m・km㌫
・NuL/60
[Hz] ‑‑‑‑・(5.1)で求めることができる.エラー検出・フィルタ更新・信号出力までの制御の一 連の過程は,基本的にはこのサンプリングの時間間隔内に終了させねばならな
い.したがって,使用するマイコンの演算能力に応じて, kmLZX次成分の制御可能 な回転数上限NuLが決定されることになる.
一方,従来のフィルタードⅩ型I.MSアルゴリズムでは,サンプリング周波数 fsは固定であり,制御対象騒音の最高周波数との兼ね合いによって決定される.
すなわち,制御の最高周波数fLm,wとしたとき,サンプリング定理(55)より,サン プリング周波数fsはfLm.zxの少なくとも2倍以上に設定される必要がある.また, いわゆるエリアシング(55)を回避するために,fsの1/2以上の周波数成分は,ロー バスフィルタにより十分に減衰させることが必要である.
また,適応ノッチフィルタでは,対象次数の1周期当たりのパルス数(サンプ リング回数)を周波数によらず常に一定にできる.一方, I.MSアルゴリズムで は, 1周期当たりのサンプリング回数が低周波数と高周波数において異なって
くる.前述したように,サンプリング周波数は制御の最高周波数に対応して決 定されるために,低周波数域では1周期当たりのサンプリング回数が多くなり 制御に無駄が生じる.
これに対して,適応ノッチフィルタでは1周期当たりのパルス数が演算量に 直結することから,いかに少ないパルス(言い換えればmを小さくして)で制御 を行うかが,演算量低減のポイントである. 4章までに検討したように,ロー パスフィルタの減衰が期待できる高周波数域では,最小の1周期4パルスにす
るなど制御パルス数の最小化によって演算量の大幅低減が期待できる.
5.2.2 1サンプリング当たりの演算量
制御が低周波数側に限定され,低サンプリング周波数で制御可能な場合であ っても, 1サンプリング当たりの演算量が多ければマイコン‑の演算負荷は増 大する.従来のLMSでは,制御時の適応フィルタ及びフィルタ更新時に用いる
音響伝達関数のフィルタ係数のタップ数が多い場合に演算量は増大する.
まず,制御用の適応フィルタについては,タップ数は1個の次数につき2タ
ップあれば制御可能であることを2章で示しており, I.MSと適応ノッチフィル タで同一である.しかしながら,国定サンプリングのLMSでは,サンプリング
の周期に対して長い周期の低域次数に対しては, 3章で述べたようにサンプリ ング間の余弦波基準信号の値の変化が小さいため収束性が悪くなる場合もある.
このため,低域次数について十分な制御効果を発挿するためには,実際には2
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タシプ以上での制御が必要となる.
一方,音響伝達関数の同定モデルについては, I.MSでは,音響伝達系に対し インパルス波形が入力されたとき,その応答波形が十分減衰するまでの特性を 表現できていることが必要である.今,インパルス応答の減衰時間がrである 場合,制御のサンプリング周波数をfsとしたとき,タップ数はT!fsで決定される.
したがって,低サンプリングVs小)であったとしても,減衰時間Tが長い場合は,
タップ数が増大することになる.これに対し適応ノッチフィルタでは,必要なフィルタは,常にc^., c^.の2タップのみであり,減衰特性には左右されない.
さらに, 2章で見たように, 1周期4パルスの制御の場合,フィルタ更新時の 演算回数を大幅に低減することができる.
5.2.3 基準信号生成
適応フィルタ‑の入力信号には,エンジンのクランク角信号から1回転の周 期を計算し,制御したい次数の周期に等しい正弦波(余弦波)基準信号を生成し ている.基準信号の生成は,プロセッサ内でのソフトウエア処理として行なわ れる.一部の高機能プロセッサでは関数機能として正弦波信号生成が可能な機 種も存在するが,ローエンドのマイコンにおいては,あらかじめROM等に一 定角度おきのデータを書き込んでおき,基準信号周期に同期して読み出して用 いることになる.
しかしながら,従来のLMS制御の場合では,固定サンプリングのためROM データの角度と常に一致させることはできず,そのタイミングでの値を求める
ため補間を行う必要が生じる.制御する次数の個数が増加するに伴い,補間に 要する演算畳も無視できなくなる.
一方,廼応ノッチフィルタでは基準信号周期に同期した可変サンプリングで
あることから, ROMデータを次々に読み出していくだけで信号生成が可能にな る・特に1周期4パルスとした場合では,基準信号∬(〟)は
∫(〟)‑+1,0, ‑1, 0, +1, 0, ‑1,‑・
の3値信号となり表2.1に示したように簡易演算化でき,実質的にROMデータ は不要になる.
5.3 LMSアルゴリズムによるシミュレーション
演算量低減効果の定量評価を行うため, 4章でのフィルタードⅩ型適応ノッ チフィルタの検討と同様に,従来のフィルタードⅩ型MS制御を図4.1の実測
データに適用した場合のシミュレーションを行った.
表5.1は, LMSアルゴリズムでのシミュレーションの設定条件である.ここ で,フィルタ更新‑のエラー信号入力は,適応ノッチフィルタの場合と同様に, 制御効果向上のために帯域を2分割したスペクトル整形を行った.その際,ス
ペクトル整形用のBPFは,表4.3のType II(帯域分割周波数300【比】)を用いた.
また,制御のサンプリング周波数fsはLPFのカットオフ周波数の400[馳】より 十分高い2048 【Hz]に設定した.さらに,収束係数αの設定値,適応フィルタ及 び音響伝達フィルタのタップ数はいくつかシミュレーションしたなかの最も制 御効果があった値を選択した.
図5.1は, IJMSアルゴリズムを用いて, 2, 4, 6, 8及び10次の5個の 次数について制御を行った場合の消音効果を示したものである.図中では,比 較のために,適応ノッチフィルタの消音効果も合わせて示してある.結果とし
て, 2, 4, 6, 8次の4個の次数については,各々,適応ノッチフィルタの
場合と同程度の消音効果を得ることができた.しかしながら, 10次については 適応ノッチフィルタの場合と異なり消音していない.これは, LPFのカットオ
フ周波数が400[Hz]であるのに対し, 10次の周波数がエンジン回転数2600[rpm]
で約433[Hz】と高いためと考えられる.すなわち,適応ノッチフィルタに比べる と, LMSアルゴリズムでは,エラー信号の減衰の影響をより大きく受けると考 えることもできる.
5.4 演算量低減の定量評価
図5.1のシミュレーションでの設定条件をもとに, I.MSアルゴリズムに対す る適応ノッチフィルタでの演算量低減効果を評価する.表5.2はLMSアルゴリ ズムでの演算回数,表5.3は,適応ノッチフィルタでの演算回数及びMSとの 比較を示している.ただし,両者でサンプリング方法が異なるので,単位時間(1
秒)当たりに換算して評価した.まず,表5.2では,
1サンプリングで乗算152
回,加算148回であるが,サンプリング周波数が2048 [Hz]であることから単位時間当たりに換算すると,乗算31l,296回,加算303,104回となる.
これに対して,表5.3に示す適応ノッチフィルタでは, 2次のみ1周期8パル ス,他の次数は4パルスであり,周波数も各次数によって異なる.そこで,エ
ンジン回転数肺2600【叩m]での各次数の単位時間当たりの回数を求めて合計す
ると,乗算11,787回,加算1l,787回となる.これをLMSの乗算311,296回,
加算303,104回で割ると削減率が得られる.結果として,乗算については約1/26,64