7.1緒言
本章では,本論文で提案した適応ノッチフィルタによる制御アルゴリズムの消 音効果に関して,実際の車両を用いた実験を通じて実証することを試みる.実 験は,試験車両を用いた走行実験を通じて行う.また,実験にあたっては,帆 用8ビットマイコンを用いたコントローラを試作した.
まず, 7.2節では,試作した実験装置の構成と試作コントローラにおいて実現 した機能について述べる.次に, 7.3節では,走行実験を行った結果及び考察に ついて述べる.最後に, 7.4節にて結言を述べる.
7.2 実験装置の概要と実現した機能
図7.1は,試験車両と実験装置の全体構成を示している.この実験では,シス テムは, 1入力1出力システム(1スピーカ/1マイクロフォン)の単一チャン ネルシステムとして構成した.実験装置は,図に示すように,マイクロフォン を助手席シートの‑ツドレスト部に取り付け,助手席足元に固定したスピーカ
より制御音を出力し,助手席‑ツドレスト部近傍に静粛空間(Quiet zone)を生 成させる構成としている.試験車両は, 4気筒ディーゼルエンジン搭載の国産 RV車を使用し,直線路を一定速度及び緩い加速走行で走行させてデータを測定
した.
コントローラには,参照信号としてエンジンコントロールユニットよりクラ ンク角信号が入力される.また,マイクロフォンで得た音圧信号をエラー信号 として入力し,これが最小になるように基準信号をもとに制御音信号を生成し, オーディオアンプで増幅して制御スピーカから音を発生させる.なお,マイク
ロフォンには汎用騒音計,スピーカ及びアンプには車載オーディオ用として標 準的な市販品を用いている.また,コントローラ内の制御パラメータ調整,モ ニターなどは,パソコン(PC9801)上で行い, RS232Cケーブルを介してデータ の送受信を行った.
次に,図7.2は,試作したアクティブ騒音制御用コントローラの概略構成図を 示している.また,表7.1に試作コントローラの主な仕様を示す.コントローラ に実装したマイクロプロセッサには, 8ビットのシングルチップマイコン(日立 製H8/336)を用いており,その内部ROMにソフトウエア(制御アルゴリズム)
がインプリメントされている.これは,アクティブ騒音制御に通常用いられる
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DSP(デジタルシグナルプロセッサ)と比較すると,安価なローエンドのプロセ ッサであり, Ⅰ/0(入出力)やタイマ割込機能など制御コントローラに必要な機能 がコンパクトに実現されている.その半面,計算能力,特に乗算の速度がDSP
に比べかなり低く,大量の積和演算を必要とする従来のI.MS制御をインプリメ ントすることは事実上不可能である.
また,マイクロフォンからの音圧信号入力は,入力用アナログフィルタを介 してマイコンの入力ポート(内蔵A/D変換器)から入力されている.一方,マイ コンの出力ポート(内蔵D/A変換器)からの制御信号は,出力用アナログフィル タを介して,アンプ・スピーカ‑出力されている.また,参照信号のクランク 角信号は波形整形回路を経てマイコンに入力され,マイコン内蔵のタイマーに
よりエンジンの回転周期が計算される.そして,これをもとに制御次数に等し い周期の基準信号をマイコン内部のソフトウエアとして発生させている.
また,表7.1に示すように,マイコンのD/A, jWが8ビット幅と狭いため, 入出力信号のレンジが合わないと,オーバフローもしくはアンダーフローを生
じる.このため,入出力信号のレンジが最適になるように,スピーカ出力ゲイ ン(オーディオアンプボリューム),マイク入力ゲインのボリューム調整をマニ ュアル操作にて行っている.
さらに,コントローラの動作(制御オン/オフ,同定などの指令),収束係数な ど各種パラメータのチューニング,モニターなどはパソコン(PC9801)上で行い, RS232Cを介してコントローラと通信しながら実験を進めた.
ここで,収束係数の設定は,当初, 2章で求めた安定限界式や4章での検討 結果を参考に設定を試みた.しかしながら,実際にはマイクロプロセッサの入 出力が高々8ビットであることによる桁落ちなど精度の問題や,乗算等の演算 でのオーバフロー回避などハードウエアの性能,ソフトウエア処理の時間遅れ の問題など,他の要因による影響が消音効果に大きく作用した.このため,シ
ミュレーション結果との対比が難しいこともあり,実際には走行実験を繰り返 して収束係数のパラメータチューニングを行った.
次に,表7.2は本システムにおいて実現した主な制御機能をまとめたものであ る.これらは,前章までに行った理論ならびにシミュレーション検討の成果を
最大限取り入れた内容であるが,使用したプロセッサの演算能力などハードウ
エアの機能的制限から実現に至らないものもある.しかしながら,これらは本質的な問題ではなく,マイコンの高機能化などハードウエアの向上により解決
(1)複数次数の制御及び切り替え
制御はディ■‑ゼルエンジンの実用回転数域である1500‑3000[rpm]の範囲で実 施した.各次数の制御周波数範囲は,低周波側はスピーカの低音再生能力の限 罪,高周波側はマイクロプロセッサの演算速度を考慮し60【馳】‑400【馳】に設定
した・次数の制御個数は最大4個とし,今回の実験では制御領域を2分割し, 低域(1500‑2000[rpm])では4, 6, 7及び8次の4個,高域(2000‑3000[rpm])で
は2,4, 6及び7次の4個を選択した.また, H8/336のパフォーマンスの限
界から, 10次などよりも高周波の次数の制御,及びo.5次系列のハーフ次数の 制御は今回の実験では行わないことにした・また, 2次については2000[rpm]以 上( 2次成分は約67[Hz]以上) , 8次については2400[rpm]以下(320[Hz]以下)で行 った.
(2)スペクトル整形と制御パルス数
表7.1に示した入出力のアナログフィルタの仕様の設定から,入力側のアナロ グフィルタについてはLPF(6次バタワース, fcF400[Hz】)の他に, HPF(4次バ タワース, fc‑50[Hz】)を用いて,制御周波数以下の低域の音圧成分を減衰させる ようにスペクトル整形を行った.ただし,今回の実験では, 4章で説明したよ うなエラー信号の帯域分割は,マイコン‑の信号入力の際のソフトウェア処理
の負荷が大きくなることから行わず,出力側の制御音信号を2分割する構成と した・すなわち,低次と高次を別のD仏変換器のポートから出力させ,低次側 はカットオフ周波数fc‑250[Hz],高次側はfc‑400[Hz】のLPF(共に6次バタワー ス)で減衰させるようにスペクトル整形を行う構成とした.
また,低次側は2次と4次,高次側は7次と8次とし, 6次については回転 数2000【叩m】(200【Hz】)を境として,下は低次側,上は高次側に切り替えて出力 させるようにした・また,制御のパルス数については, 2次と4次は1周期8
パルス, 7次と8次は1周期4パルス, 6次については低域8パルス,高域4 パルスと切り替えるようにした.
(3)同定周波数
単一周波数の基準信号を一定時間出力し,高域側から低域側‑順次切り替え ながら適応ノッチフィルタによる同定を行った.また,同定周波数はパソコン 上で周波数を任意に設定できる方式とし,音響伝達ノッチフィルタの符号変化
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をみながら, 2個の隣接周波数間の同定値の位相変化が90度を越えないように, 同定の周波数設定を行った.結果として,高域に比べると低域の位相変化が大 きいことがわかった.そこで,表7.2に示すように,低域の同定周波数間隔を細 かく,高域の周波数間隔を広くとった可変幅設定とした.
7.3 走行実験結果と考察
実験は,一定回転数(目標エンジン回転数1750,2000,2500及び2750[rpm])での 一定速度走行と緩加速走行(目標エンジン回転数1500‑3000【叩m】)について,直 線路を走行して行った・制御ありとなしの場合について各々実走行を繰り返し, データを測定して比較した.ここで,毎回の実車走行は同一条件になるように
注意して行らたが,実車走行では毎回の走行を完全に等しい条件にはできない
という問題があった.したがって,バックグラウンドの騒音スペクトル自体は制御ありとなしの場合で多少異なっていることに注意が必要である.
7.3.1一定速度走行での消音効果
図7・3(a),仲)は,目標エンジン回転数N‑1750,2000[rpm]のエンジン低回転で の一定速度走行時の,制御ありとなしでのエラー信号のスペクトル比較である.
横軸に周波数【Hz],縦軸にある騒音レベルを基準値としたデシベル値【dB]をとっ て示している・まず,図7.3(a)では, 4, 6, 8次の3個の制御次数についてピ ーク騒音の低減効果があることが認められる・特に, 6次については約20【dB】
の大幅低減が達成できている・また, 4次, 8次についても5‑10【dB】の低減効 果が得られている.一方, 7次については元々の騒音レベルが小さいためもあ
り,目立った消音効果は得られていない.
次に・図7・30)のN‑2000[rpm]では, 4次の低減効果が大きく, 20[dB]程度低 減している・また, 6次, 7次についても約5【dB】低減しているが, 8次につい ては消音していない・図から明らかなように6.5次などのハーフ次数成分や10
次のピークが大きくなっており,これらを制御した方がより低減効果が得られ たと考えられる.
次に・図7・4(a)I a))は,目標エンジン回転数N‑2500,2750[rpm]のエンジン高 回転での一定速度走行時のスペクトル比較である・図7・4(a)からN‑2500[rpm]で
は,制御対象の2次, 4次, 6次及び7次の全ての次数が消音し,各々10‑20【dB]
の騒音低減が達成できた・一方,図7・4(b)からN=2750[rpm]では, 2次及び4次 は消音したが,
ためであると考えられるが, 6次は騒音ピーク自体は大きいのに消音できなか った・そこで,スピーカ‑マイクロフォン間の音響伝達関数を調べたところ,
6次の周波数帯域(約270[Hz】付近)で伝達関数のゲインが大きく落ち込むディ ップ領域であることがわかった.これは,音響系の問題によって生じた制御上 の零点であり,不可制御状態になっているためであると判明した.したがって, 制御アルゴリズム自身の問題ではない'.この対策としては,スピーカの配置を 変えるなどの音響的対策が効果的であると考えられる.
7.3.2 緩加速走行での消音効果
図7・5(a)‑(c)は,直線路をエンジン回転数1500‑3000[rpm]で緩加速走行した場 合の,回転2次, 4次及び6次のオーバーオール値をトラッキング解析した結 果である,ただし, 2次は2400[rpm]以上での制御となっている.図に示される ように,制御範囲内では, 2次, 4次及び6次のいずれも消音できていること がわかる・また,図7.4(b)に示すように,特に4次成分の騒音レベルが大きく, これに対する制御効果も大きく,最大で25.7[dB]の消音効果があることがわかる.
図7・4(a)の回転2次においても,騒音レベルが大きくなる2800【叩m]付近では, 約15[dB]の騒音低減を達成している.
以上の実験結果より,適応ノッチフィルタを用いた制御アルゴリズムの有効 性が実証できたと考えられる.今回の制御実験では,マイコンの演算能力の機 能的限界から,最大4個の次数制御に止まった.しかしながら,マイコンの演
算能力自体は年々急速に向上し,よりコストパフォーマンスに優れる高性能機
種が次々に登場してきている.今後,これらを使用してハーフ次数成分を含めた制御次数の個数の増大を図ることにより,低減効果をさらに向上させること ができると考えられる.
7.4 結言
本章では,ディーゼルエンジンを搭載した試験車両を用いた走行実験を通じ て,提案した騒音制御アルゴリズムの効果検証を行った.汎用8ビットマイコ ンを用いたコントローラを試作して,試験車両に搭載し,走行実験を行った結 果,以下の結論を得ることができた.
(1)エンジン回転数一定での定速度走行,さらに,緩加速走行にて制御実験 を行い,制御した次数に対して大幅な消音効果を得ることができ,適応ノッチ フィルタを用いた制御アルゴリズムの制御効果が検証できた.
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