第 2 章 中国における内藤湖南研究の動向
第 3 節 中国における「唐宋変革説」研究の現状
3 湖南の「唐宋変革説」に対する批評の限界
管見の限りではあるが、宋代以降近世説あるいは唐宋変革説の内容について、
史実の確証をめぐる議論は極めて少ない。このことに関して、妥建清と趙建保が
《重视内藤湖南的“宋代近世説”―以思想文化面向为中心(内藤湖南の「宋代近世 説」を重要視すべき―思想文化からの視角を中心に)》57において、次のように指 摘している。「内藤湖南の宋代近世説はすでに新たな研究の契機になっているが、
(史実の)論述を中心にしたものではなく、その結論の有効性となると、すでに多
53 葛金芳:《唐宋变革期研究》,湖北人民出版社,2004年,第7页。
54 《四川大学学报(哲学社会科学版)》2016年第3期。
55 《古代文明》,2014年第8巻第4期。
56 《古代文明》,2014年第8巻第4期。
57 《人文杂志》,2012年第4期。
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くの挑戦を受けている」。つまり、「宋代以降近世説」の意義は、現在のところ、
その結論の有効性にあるのではなく、新たな研究のきっかけになっているにすぎ ないということである。李华瑞は、前記の《唐宋史研究应当翻过这一页―从多视 角看“宋代近世说(唐宋变革论)”(唐宋変革研究を乗り越えて―「宋代近世説
(唐宋変革論)」の多角的な視点)》において、「唐宋変革」研究の全般につい て、趣旨別に5分類しているが、これを参考にして、3つのパターンに分けて再構 成すると、次のようになる。
第 1 パターンは、紹介に属するものである。例えば、张其凡《关于“唐宋变革 期”学说的介绍与思考(学説「唐宋変革期」の紹介と私見)》、李华瑞《20 世纪中 日唐宋变革观比较 (20世紀における中日唐宋変革観の比較)》、《唐宋变革论的由 来与发展(上・下) (唐宋変革論の由来と発展(上・下))》、张广达《内藤湖南 的唐宋变革说及其影响 (内藤湖南の唐宋変革説及び其の影響)》、柳立言《何谓“唐 宋变革” (「唐宋変革」とは何か)》などがある。湖南の研究が「断代史」に偏向 していた中国の史学研究に刺激を与え、内藤の研究紹介が中国における「宋代史 研究」を促進した意義は、評価されるべきであるが、そのことと、内藤史学研究 の評価とはおのずと異なるものであることを銘記すべきである。
第 2 のパターンは、「唐宋変革」説を「公理」のように用いるか、そこまで礼 賛・評価しなくても、「唐宋変革」ということを前提にして、あるいはこうした 考え方・見方を方法的に採用して、唐宋時代の経済・政治制度・文化・科学技術・
地理・交通・などの史実の解釈を行う研究、あるいは文学史・思想史・芸術史の 研究にこれを適用する研究である。このような研究が増加していることは否めな い。
第 3 のパターンは、「宋代以降近世説」や「唐宋変革説」に対しての批判的な 研究である。例えば、黄艳の《内藤湖南「“宋代近世说”」研究(内藤湖南の「宋 代以降近世説」に関する研究)》、杨永亮の《内藤湖南“宋代近世説”文化探赜(内 藤湖南の「宋代以降近世説」に関する文化的考察)》などである。これらは、主に 史実の間違いを指摘するもの、方法論としての問題を指摘するもの、こうした学 説提起の意義を論じるものなど多岐にわたるが、李华瑞によれば、内藤の「宋代 以降近世説」は「中国文明は、宋代に至るまで、進歩がなかったという停滞論で あり、さらにそれは、日本帝国主義のお先棒を担ぐものでもあった」58と指摘して いる。
湖南研究に関しては、第 1 のパターンと第 2 のパターンに属する研究が多くを 占め、第 3 のパターンに属する批判的検討はこれからといった現状にあり、この 説が有している日本軍国主義に奉仕する意図については、すでに早くから指摘さ
58 前掲《唐宋史研究应当翻过这一页―从多视角看“宋代近世说(唐宋变革论)”(唐宋変 革研究を乗り越えて―「宋代近世説(唐宋変革論)」の多角な視点)》36页。
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れているところである。また、これまでの王朝論(断代史)においても、経済構 造、社会構造、政治、軍事、文化思想及び社会生活などのあらゆる分野において、
「変化」があることはすでに指摘されてきていることであり、「変革」をいくら 指摘しても、「新鮮味がない」という見解もあり、「唐宋変革」研究はすでに行 き詰っていると結論を出している研究もある。しかし、より問題なのは、「唐宋 変革説」に対して、「依然として、それを何でも納まっている魔法の箱であるか のように思い込んでいることであり、その混乱ぶりは改められるどころか、いよ いよひどくなっているように思える。さらにこのことによって、新たな『変革論』
がはびこりはじめていることである」59として、「唐宋変革論」が濫用されている 傾向を批判している。こうした内藤湖南の「唐宋変革」を濫用する現状について、
张邦炜は、次のように指摘している。「今日活躍する第一線の宋史研究者の多く は、1980 年代に歴史研究を始めた者たちである。彼らは唐宋変革論の由来や発展 について、よく分っていないと思われる。まず『内藤仮説』ということを聞くと、
それが主となり、それを繰り返すうちに、習慣になってしまい、これを是正する ことが難しくなってしまうのである」60。
この 3 パターンに属しない、湖南とは視点を異にする立場から唐宋時代を追究 する研究もある。例えば、陈来の《中国近世思想史研究(中国近世思想史)》、
朱鸿林の《中国近世儒学实质的思辨与习学(中国における近世儒学の実質に対す る批判)》、葛金芳の《中国近世における农村经济制度史论(中国近世農村経済 制度史論)》などがそれである。こうした研究が深化していくと、「唐宋変革説」
を史実の次元において批評する研究成果が生まれてくることは容易に推測できる のであり、「変革や変化」の強調だけではなく、そうした変化が生じた史的理由 や原因を追究し、それが継続された理由を解明することによって、真に客観的な、
イデオロギー的批判の地平を乗り越えられるのではないかと考えている。
59 前掲《唐宋史研究应当翻过这一页―从多视角看“宋代近世说(唐宋变革论)”(唐宋変
革研究を乗り越えて―「宋代近世説(唐宋変革論)」の多角な視点)》14页。
60 前掲《唐宋变革论的误解与正解―仅以言必称内藤及会通论等为例 (唐宋変革論の誤解と 正解―内藤及び会通論を事例に)》74页。
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