第 4 章 硬 X 線ピクセル型検出器の開発と評価
4.3 検出器の特性と性能
36 第4章 硬X線ピクセル型検出器の開発と評価
図4.6: ASICからの出力例。ASICは16個のキャパシタの電圧値それぞれをA/D変換し出力する。
2. 9つのリファレンス・ピクセルから、16 µs各時点でのコモンモードノイズを求める。トリ ガーのたったピクセルとその周辺ピクセルの、各時点のADC値からコモンモードノイズを 差し引く。
3. トリガーのたったピクセルとその周辺のデータから、波高値を求める。ASICは各ピクセル あたりに、図4.6に示すような波形を出力する。このデータの後ろから6個のADC値の平 均を始めから6個の平均で引いたものを波高値として採用した。周囲のピクセルで、ソフ トウェアで定義したエネルギー閾値、典型的に5 keV、を超えるものをスプリットイベント
(または、マルチプルヒットイベント)と判定する。これ以外のイベントはシングルヒット・
イベントと呼ぶことにする。
4. トリガーのたったピクセル周辺部から、コモン・モードノイズをもとめて差し引く。このと き、直前の判定でソフトウェア閾値を超えているピクセルに関しては、ノイズを求めるた めに利用しない。すなわち、イベントの出力されていないピクセルのみのデータを用いて、
ノイズを差し引く。
5. この時点で波高値を再計算する。あらかじめテストパルスで求めておいたアナログ回路の ゲイン補正を行って、エネルギーに直す。スプリットイベントに関しては、足しあわせて、
エネルギーを求める。
4.3. 検出器の特性と性能 37 多く生成されるチャンネルがあったので、それらは適宜トリガー信号を禁止した。それらの数は、
多くとも6チャンネルであった。
4.3.2 ノイズレベル
検出器のエネルギー分解能は読み出し回路の電気的ノイズに大きく依存する。ASICはテストパ ルス入力を備えており、これを用いてアナログ回路の電気的ノイズを求めることで、検出器の到 達可能なエネルギー分解能を知ることができる。アナログ処理回路による電気的なノイズ成分の みを調べるために、HVをOFFのままでテストパルスを入力して検出器のノイズ特性を調べた。
テストパルスは、外部から直流電源を用いて、0.1 – 0.3 Vを供給して生成する。MISCをテスト パルス・モードで動作させると、MISCが各チャンネルの読み出し回路中のスイッチをON/OFF して、テストパルスを入力をする仕組みになっている。
測定は、20 ˚Cと−20 ˚Cの環境のもと、10 ×8 のピクセルに対して行った。テストパルスの電 圧は0.1 Vで、CdTe検出器では27 keVのガンマ線に相当する。図4.7に測定結果を示す。20˚C のテストパルスの分解能は856±46 eV (79e−)である。温度を−20 ˚Cに下げると650±39 eV (60e−)まで分解能が向上する。これはASIC内での熱雑音が低下したためと考えられる。
今回試作検出器は、CdTeピクセル素子の寸法がASICの全チャンネルのそれよりも小さいた めに、CdTeが接合されていないチャンネルが存在する。それらのチャンネルのテストパルスの 分解能から、ASIC自体のノイズ性能を調べることができる。図4.7中のダッシュで示した結果が CdTeが接合されていないチャンネルから得られたテストパルスの分解能である。接合されていな いチャンネルのうち、計7チャンネルからテストパルス信号を得ることができた。その結果、テ ストパルスの分解能が400 eVであった。これはENCで37 e−であり、Caltechのグループが報 告している値に等しい。
図4.7: 20 ˚Cと−20 ˚Cにおける検出器のノイズ特性。温度の低下によってノイズレベルが減 少している。CdTe素子が接合されていないチャンネルにおけるノイズ性能(緑色ダッシュ) は37 e−である。
38 第4章 硬X線ピクセル型検出器の開発と評価
4.3.3 素子全体を流れるリーク電流
CdTe素子の抵抗率は109 cm·Ωと比較的大きいが、それでも高電圧を印加したときには、リー ク電流が流れエネルギー分解能を劣化させる。それだけではなく、ASICの場合は、素子に流れる リーク電流が多いと、図4.4中のCSAのフィードバックコンデンサが飽和してしまうために、正 常に信号が読み出されなくなってしまう。適切な電圧を印加するために、リーク電流特性を知っ ておく必要がある。
組みあがった検出器システムを恒温槽で−20˚C、−50˚Cに冷却し、電圧供給源にKEITHLEY237 を用いてリーク電流を測定した。図4.8に結果を示す。100 Vを印加したとき、−20 ˚Cで素子全 体に流れるリーク電流は150nAであり、−50 ˚Cまで冷却すると3.3 nAまで減少する。このリー ク電流が素子全体を均一に流れていると仮定したとき、−20 ˚Cで100 pA/pixel程度、−50 ˚Cに
おいては3 pA/pixel程度と推測される。ASICの各チャンネルあたりのリーク電流の許容範囲は
数100 pA/pixelであるため、−20 ˚Cのとき100 V前後、−50 ˚Cの時300 V程度まで印加でき ると推察される。
図4.8: 素子全体を流れるリーク電流値。
4.3.4 スペクトル
試作した検出器のスペクトル性能を調べるために、あるピクセルに注目して、温度やHVを変 化させて最高の性能が得られる動作条件を探した。検出器全体に関する性能は次のセクションで 議論する。簡単のために、シングルヒット・イベントのみを使ってスペクトルを構成した。
リーク電流の影響を減らすために、検出器を恒温槽で冷却して測定を行った。図4.9は、−20
˚Cと−50 ˚Cで検出器を動作させたときにあるピクセルから得られたスペクトルである。測定は、
100 Vを印加して、−20 ˚Cから−50 ˚Cまで10 ˚Cステップで冷却していった。−50 ˚Cの時スペ クトル性能が最高に達した。14 keVと60 keVのラインガンマ線に対して、それぞれ0.67 keVと
0.89 keVのエネルギー分解能を示した。このエネルギー分解能の向上は、先ほど素子全体で求め
たリーク電流の減少によって説明される。
印加電圧は、CdTe半導体内での電荷誘導効率(Charge Induction Efficiency:C.I.E.)に大きな 影響を及ぼす。CdTe半導体はキャリアの移動度(µ)と寿命(τ)との積(以下µτ積と呼ぶ)が低い ために、図4.9にも多少見られるように、スペクトルが低エネルギー側に裾野(テール)を引く構 造がみられる。この現象は特にµτ 積の小さいホール起因し、エネルギー分解能を劣化させる原
4.3. 検出器の特性と性能 39
図4.9: −20 ˚C、−50 ˚Cにおいて241Am線源で得られたスペクトル
40 第4章 硬X線ピクセル型検出器の開発と評価 因となっている。適切な電圧を印加することで、その影響を抑える必要がある。
最適なスペクトル性能が得られた−50 ˚Cにて、57Co 線源を用いてHVを変化させた時に、ス ペクトルがどのように変わるか調べた。図4.10に40 V、100 V、300 Vでの得られたスペクト ルを示す。40 Vのスペクトルに明確に現れているように、122 keVのラインガンマ線の低エネル ギー側にできたテールから、多数のキャリアのロスがあることがわかる。電圧が300 Vにすると、
テールが減少して鋭い122 keVピークが得られている。これは、電圧の増加によって、キャリア がロスされる前に電極によって収集される量が増えたためである。C.I.E.の観点からすれば、キャ リアをロスなく集めきることのできる高電圧を印加した方がよい。実際、122 keVのガンマ線で 最も高いエネルギー分解能を示したのは300 Vの時、1.47 keVである。
しかしながら、高電圧の印加するとリーク電流が増加するため、スペクトルを劣化させること になる。実験では、14 keVのラインガンマ線で最も高いエネルギー分解能を示したのは40 Vの 時で、エネルギー分解能は0.61 keVである。このような低エネルギーのガンマ線は、CdTe半導 体のほとんど陰極側表面で吸収される。したがって、誘起される信号は電子が素子内を移動する ことによって生成される。電子はホールよりもµτ 積が一桁程度大きいので、キャリアのロスの 影響を受けにくい。
図4.10: −50˚Cのもと、異なるバイアス電圧を印加し、57Co線源で得られたスペクトル。
40 V、100 V、300 Vを印加した。電圧が増加するにつれて、スペクトルのテールが小さくな
る。40 Vの時、14 keVのエネルギー分解能がもっともよく、0.61 keV(FWHM)である。一 方、、122 keVでは、300 Vの時がもっともよく、1.47 keV(FWHM)である。