前章では,約50年にわたり共通して運航航路の中心となった「東京港・内港エリア」と,30年 以上にわたり一貫して継続的な集客コンセプトとなっていた「景観体験」の重要性を捉えた.
そこで本章では,この「景観体験」の重要性に着目し,近年,様々な再開発で大きな変貌を遂 げている今現在の東京港の海上景観特性を把握することとした.この際,近年,都市の24時間化 が進行している東京港における海上景観の現状を的確に捉えるため,昼間に加え,夜間における 船上からみた好ましい海上景観の構成要素とその評価理由や視覚構造からみた海上景観特性およ びその成立要件を捉えるとともに,昼夜間比較分析を通じてみた景観的特徴を明らかにする.
なお,上述の目的を達成するにあたっては,東京臨海部における海上景観を構成するどのよう な施設や構造物が好ましいと判断されるのかを捉えることが重要であると考え,主対象となり得 る景観構成要素を的確に把握可能な静的景観(シーン景観)による景観評価を行った.ただし,
海上景観は,船上から眺めた動的な眺めであり,静的景観(シーン景観)のみで成立するもので はなく,周辺環境の移り変わりや主対象自体の時間的変容などとの関係性が重要となると考えら れることから,その点については考察中で論じるものとする.
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4-1 研究方法
本研究では,東京港における水上交通の魅力向上に資する海上景観の景観的特徴とその空間構 成を捉えるために,表 4-1に示す昼夜間の東京港クルーズ調査,アンケート調査およびヒアリン グ調査を実施し,昼夜別の海上景観要素や海上景観特性,空間構成に関する調査・分析を行った.
なお,調査概要と分析方法について以下に詳述する.
表 4-1 調査概要 (1) 東京港クルーズ調査
日時 【昼間】2017(平成29)年11月6日(月)11:15~13:15
【夜間】2017(平成29)年11月3日(祝・金)18:30~20:30
被験者 日本大学理工学部の学生被験者15名(引率者を除いた乗船定員上限の人数 / 昼夜同一被験者) 気象
【昼間】天気:晴れ/気温:19.5℃/ 風速:平均1.3m/s/ 風向:東北東/波高:0.43m/視程:20km
【夜間】天候:晴れ/気温:16.4℃/ 風速:平均2.0m/s/ 風向:南南西/波高:0.33m/視程:20km
(文献1~2)
調査 内容
① 図 4-1に示す独自に設定した調査ルートでの現地調査を実施し,各景観の視点場となる調査ルートは GPSにて記録した.
なお,本調査では航行ルートが確定していることから,(2)アンケート調査などで抽出された「主対 象」ごとの最小視距離および最大視野角が予め決まっているため,(4)視距離・視野角の計測結果を整 理する際に,その結果を表 4-4および図 4-2~図 4-11に明記した.
② 当該現地調査では,被験者が好ましいと感じた海上景観写真を各自のカメラで撮影させた.なお,下船 後のアンケート調査において好ましいと感じた海上景観上位10枚とその評価理由を提出してもらう旨を 申し添えた.
③ 調査中に見学ポイントとなる主要施設周辺での現地説明を実施した.(クルーズ船協力:観光汽船興業
(株)アーバンランチクルーズ)
(2)アンケート調査およびヒアリング調査
期間 2017(平成29)年11月6日(月)~12月6日(水) 回答期間:約1ヶ月 ※アンケートでの不明点について対 面式ヒアリング調査を実施.
調 査内 容
好ましい海上景観上 位10枚の選出
東京港クルーズ調査で自由に撮影した好ましい海上景観のうち,上位10枚を選出さ せた.
撮影写真における
「主対象」の把握 被験者が好ましいと感じた海上景観を構成する要素(主対象)を回答させた.
「評価理由」の把握
好ましい海上景観上位10枚に対する評価理由を調査日から約1ヶ月の期間をもって 回答させた.
なお,動的な景観(シークエンス景観)に関する評価も「評価理由」に記載するこ ととした.
「五感に対する評価」
の把握 クルーズ中に「視覚以外」で感じたことがあった場合,自由に回答させた.
「現地説明に対する評 価」の把握
クルーズ中の現地説明について感じたことがあった場合,自由に回答させた.
「その他」の把握 クルーズ中に何か感じたことがあった場合,自由に回答させた.
(3)海上景観要素(主対象)および海上景観特性の抽出
期間 2018(平成30)年8月1日(水)~9月20日(木) 分析期間:51日間
内容
海上景観要素(主対 象)の抽出
昼夜別の分析対象写真(全300枚)を対象として,前述したアンケート調査より得 られた昼夜別の「主対象」の記載内容をもとに「主対象」を整理し,その海上景観 の構成要素数とその割合を抽出した.
海上景観特性の抽出
海上景観要素のうち被験者3割以上(4)が『好ましい』と評価した海上景観の構成 要素を対象として,被験者の評価理由をもとに共通性の高いものを「海上景観特 性」として抽出した.
(4)視距離および視野角の計測と航路選定に資する視距離の分析
期間 2018(平成30)年8月1日(水)~9月20日(木) 分析期間:51日間
内容
・撮影地点(視点場)からみた主対象の位置情報をもとに,カシミール3Dを用いて,被験者が好ましい とした海上景観を成立させるための「視距離(クルーズ船と対象物との距離関係)」や「視野角(見えの 大きさ)」を捉える.
・前項で抽出した「視距離」や「視野角」の一般的な識別距離や静視野等の意味を把握し,被験者の評価 理由と照らし合わせて考察する.
・さらに,この視距離は,航路選定の際に活用可能な指標値となり得ることから,視距離の分布状況から
「箱ひげ図」を用いて,その中心域(魅力的な海上景観を眺めるにふさわしい視距離)を抽出する.
4-1-1 東京港クルーズ調査の概要
好ましい海上景観の構成要素および海上景観特性を把握するために,図 4-1に示す独自に設定 した調査ルートで東京港クルーズ調査を実施した.調査ルートは,前章でその重要性が捉えられ た「東京港・内港エリア」を含む東京港全域を概ね網羅することが可能で,かつ,夜間において も安全に運航が可能なルートを独自に設定し,昼夜同一ルートとした.運行時間は,都内水上交 通事業の一般的な運航時間である 2 時間とした 3).さらに,視点場の位置情報と,当日の調査状 況を正確に把握するためにGPSによる位置情報の記録を行った.
なお,本調査の被験者は,これまで同様の調査方法による景観評価結果が存在しないため,少 なくとも母集団のばらつきによる景観評価結果への影響を回避する必要があるとの観点から,一 定のまとまった母集団を対象とした景観評価結果を得ることを重視すること,かつ,被験者が視 覚で認知した景観を言葉として的確かつ分かりやすく表現できること,さらに,景観評価の内容 が不明瞭であった場合,その評価内容を繰り返し追跡してヒアリングが可能であり,調査精度を 高めることができること.これら3つの理由により日本大学理工学部の学生を調査被験者に設定 した注1).
また,本研究では,隅田川河口部や運河などの狭小水路を含む東京臨海部での運航を前提とし ていることから,これらルートを安全に運行可能な小型船を用いる必要がある.そのため,被験 者数は,使用する小型船(写真-1)の安全上の推奨乗船人数である15名とし,昼夜での評価に変 動が発生しないよう同一被験者により調査を実施した.なお,現地における景観評価に関する既 往研究注2)を確認したところ,調査サンプル数は10~20名程度が最も多く,本サンプル数はこの 範囲に当てはまっていることを付記しておく.
本調査の実施に当たっては,被験者に対する事前説明として,乗船中に被験者が好ましいと感 じた海上景観写真を自由に撮影してもらい,東京港クルーズ調査後にアンケート調査(表 4-1 (2)) を実施し,被験者が好ましいとして自由に撮影した写真の中から上位10枚の選出とその評価理由 等を確認する旨を伝達した.
4-1-2 海上景観要素および評価理由の抽出
東京港クルーズ調査の被験者の好ましい海上景観要素およびその評価理由を把握するため,表
4-1 (2)に示すアンケート調査(写真4-2)およびヒアリング調査(写真4-3)を実施した.アンケ
ート調査では,被験者が船上において好ましいと感じた主対象やその評価理由等を調査票へ記載 させるとともに,評価理由の考え方を補足するため調査中に撮影した景観写真を調査票に添付さ せた.さらに,アンケート調査による評価理由で不明点が出てきた際には,それらを補うために 対面式のヒアリング調査を実施した.こうして得られた昼夜150枚ずつ(全300枚)の景観写真 とその評価理由を本研究の分析対象とした.
海上景観要素の抽出にあたっては,これら昼夜別の分析対象写真(全300枚)を対象として,
表 4-1 (2)に示すアンケート調査より得られた昼夜別の「主対象」の海上景観要素数およびその割 合を捉えた.さらに,被験者の 3 割以上注3)が『好ましい』と評価した海上景観要素を対象とし て,被験者が好ましいとした評価理由をもとに共通性の高いものを「海上景観特性」としてとり まとめた(表 4-1 (3)).
写真4-2 アンケート調査実施状況(筆者撮影) 写真4-3 ヒアリング調査実施状況(筆者撮影)