1. 17 年にわたる紛糾の背景
2. 日米の戦略見直し
冷戦の終焉は平和の配当への新たな期待につながったが、沖縄県民にと ってそれは駐留米軍の削減を意味していた。米国本土、次いで欧州の米軍 基地コミュニティでは、冷戦の終焉によって実際に基地の整理縮小が相次い で実施され、一部は完全に閉鎖された29。しかし、アジア地域では冷戦後も不 安定な情勢が続いたため、米軍の配備はそれまでと同じ規模に据え置かれ た。1995 年 2 月 27 日に国防総省が発行した「東アジア戦略報告書(East
Asia Strategy Report)」には、米国が今後も同地域に 10 万人の兵員を維持
すると記されている30。その一方、この兵力の編成には変化する紛争リスクの 分析結果を反映した見直しも必要であった。
新時代の有事と日米の兵力配備見直し
日米同盟の戦略ビジョンをきめ細かく見直す取り組みは、日本でも行われ た。地域全体の情勢不安定性を背景としつつ、1995 年に沖縄で起こった暴 行事件に早急な対応を迫られる中で両国政府がまとめた「日米防衛協力のた めの指針(新ガイドライン)」では、地域の情勢不安定に対する両国の備えが 見直された31。新ガイドライン策定のための協議中に起こった暴行事件を受け て、日米両政府は SACO を設置、基地問題の検討を行うことで地元沖縄の 反発を鎮めようとした。1996年12月2日に承認されたSACOの最終報告書 には、代替施設の目途が立ち次第、普天間基地を閉鎖するという決定も盛り 込まれた。
29 米国は軍の縮小に伴うコストを分散する対策の一環として、本国に基地再編・閉鎖
委員会(Base Realignment and Closure Commission:BRAC)を設置した。米軍基地 の閉鎖によって多くのコミュニティが経済的打撃を受けたほか、軍需産業の生産減に 伴う失業の増加も見られる。欧州では多くの米軍基地が現地国の政府管理下に移管さ れて、ほとんどの市民が冷戦終結を実感している。もはや外国の軍隊は必要とされて おらず、各国軍が自国の防衛を全面的に担っている。
30 Department of Defense East Asia Strategy Report, http://www.defense.gov/releases/release.aspx?releaseid=380
31 「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」は、かなり遅れて1997年9月24日
に発表された。全文は次を参照。http://www.mofa.go.jp/region/n -america/us/security/guideline2.html
それから約 10 年後、日米政府は同盟関係の新たな目標を策定することに なり32、これに沿って必要となった兵力配備見直しの過程で普天間移設問題 が再び大きくクローズアップされた。訓練は日本の自衛隊基地で運営されるこ とが増え、自衛隊と在日米軍はミサイル防衛や陸上部隊の指揮統制機能など を含む戦力増強を図ることになった。また、自衛隊と米空軍の統合司令部が 横田基地に設けられ、厚木基地における着陸訓練が及ぼす近隣住民への影 響を軽減するため、第5空母航空団(Carrier Air Wing Five)は岩国に新設さ れる航空施設に移転が決まった。韓国国内の基地とは対照的に、日本の米 軍基地で閉鎖が決まったところは少なかった。1997 年に閉鎖の方針が打ち 出された普天間基地を除き、日本国内の米軍基地および駐留部隊は自衛隊 との一層緊密な連携を目指すことになった。
北東アジアでは、現在も安全保障上の 2 つの大きな問題による情勢不安 定が続いている。核開発に加えて弾道ミサイル技術の強化を図る北朝鮮は、
引き続き地域の安定を脅かしている。この 10 年あまりにわたって続いている 北朝鮮への核・ミサイル拡散問題には、地域のパワーバランスを変化させ、北 東アジアにおけるアメリカの同盟国である日韓 2国の安全を脅かそうとする意 図が読み取れる。2012年12月に行われた3段ロケット打ち上げ実験の成功 は、北朝鮮から米国への攻撃も可能な段階に近づいたことを印象づけ、その 後も核実験の実施を強硬に主張する北朝鮮の態度は、中国にさえも平壌が 地域の安定を脅かそうとしていると認めさせることにつながった33。
32 2005年2月、日米両国は新たな「共通戦略目標(Common Strategic Objectives)」
を発表。さらに同年10月には日米安全保障協議委員会で在日米軍の再編に関する 勧告が採択され、「日米同盟:未来のための変革と再編(U.S.-Japan Alliance:
Transformation and Realignment for the Future)」と題する報告書が発行された。以 下の文献を参照のこと。
日本国外務省、共同発表 日米安全保障協議委員会、2005年2月19日 http://www.mofa.go.jp/region/n-america/us/security/scc/pdfs/joint0502.pdf 日本国外務省、日米同盟:未来のための変革と再編、2005年10月29日 http://www.mofa.go.jp/region/n-america/us/security/scc/pdfs/doc0510.pdf
33 北朝鮮が核実験に踏み切ったことで、同盟関係にある中国からの支持も揺らいでい
る。国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議をめぐる中国政府の姿勢は、これまで に3回実施された核実験のつど変転を重ねてきた。2006年、北京は国連の核不拡散 決議(国連安全保障理事会決議1718)に難色を示し、北朝鮮の核実験を受けた国連 の対応を軟化させた。2009年の核実験後、中国は北朝鮮の核実験が安保理決議
加えてアジア太平洋地域では、中国の軍事力、とりわけ海上での軍事行動 の拡大による影響も懸念を集めている。中国軍の海上活動がより広域にわた り、活発に実施されていることによって、多くの近隣諸国が将来のアジアにお ける軍事バランス対し不安を抱いている。南シナ海と東シナ海の領土問題は、
米の同盟国にとってとりわけ大きな緊張要因となっている。フィリピン、そして 最近では日本が、緊張が強まる島嶼領有問題をめぐって中国の海上当局や 海軍との直接的な対立を経験している。中国への抑止力では前方展開する 米軍部隊が相当の役割を担っているが、ASEAN(東南アジア諸国連合)を基 軸にした南シナ海行動規範や中国を含む東シナ海沿岸諸国の話し合いなど、
より広い見地から平和的な紛争解決メカニズムを確立する道を探る話し合い も検討が必要であろう。
このように、地域の安全保障への新たな脅威は、アジア太平洋地域に駐留 する米軍の規模と役割を検討する米国政府の動きに直接的な影響を及ぼし ている。日本でもまた、こうした新たな動向に対応する防衛計画の整備が進め られている。5 年単位の防衛計画ガイドラインとしてはもっとも最近発表された
「2010年防衛計画の大綱」では、国の南西地域への備えと再配備が焦点とな っている。防衛大臣はこの大綱で「動的防衛力」という新たなコンセプトを提唱、
情報収集・警戒監視・偵察(ISR)能力の向上や沖縄県南西部各島周辺の海 上戦力の増強などを含めた防衛力強化の構想を打ち出した34。さらに、2011 年3月に発生した東日本大震災を受けて日米の防衛当局が行った活動の実 1718に違反することを認め、平壌への制裁を強化する国連安全保障理事会決議 1874に賛成したものの、その後は制裁措置の実行を手控える態度を見せていた。
2013年になってからの中国は従来よりも国連制裁に前向きな姿勢で臨んでおり、制裁 の拡大を定めた決議2094は安全保障理事会の全会一致で可決された。詳しくは次の 2記事を参照。
Scott Snyder, "UN Sanctions and North Korea," Asia Unbound, Council on Foreign Relations, March 8, 2013, http://blogs.cfr.org/asia/2013/03/08/un-sanctions-and-north-korea/
Victor Cha and Ellen Kim, "UN Security Council Passes New Resolution 2094 on North Korea," Center for Strategic and International Studies, March 7, 2013, http://csis.org/publication/un -security-council-passes-new-resolution-2094-north-korea
34 防衛省、平成23年度以降に係る防衛計画の大綱、2010年12月17日 http://www.mod.go.jp/e/d_act/d_policy/national.html
績は、両国の危機対応能力の高さを内外に示すとともに、リアルタイムの統合 指揮統制能力などになお強化の必要性があることを明らかにした。
オバマ政権のアジア戦略・地域基地戦略の「要」
イラク戦争を終結させ、アフガニスタンでの軍事作戦縮小を決定したオバマ 政権は、米国の外交政策のバランスを見直し、より積極的なアジア戦略の立 案を図ると発表した。この新戦略は現在も策定途上にあるが、その輪郭はオ バマ政権の初代国務長官であるヒラリー・クリントンの発言によく表れている。
就任後初の外遊先にアジアを選び、ASEANをベースとする多国間の協議に も積極的に参加したクリントン前長官は、アジア太平洋地域を一貫して重点 的な外交対象の一つと位置づけていた。2011年11月、クリントン長官はフォ ーリン・ポリシー誌(Foreign Policy)に寄稿し、オバマ政権のアジア戦略につ いて解説した。この中で同盟関係には多くの記述が割かれ、「対アジア太平 洋 へ の 戦 略 的 転 換 の 支 点 (fulcrum of our strategic turn to the
Asia-Pacific)」と形容されている35。また、同地域における米軍の安定的な駐留の
基盤となる「新たな体制作り(new arrangement)」や、日米が一層幅広い目標 と利害を共有していくことについても説明されている。
国防総省でもまた、イラクとアフガニスタンの戦争以外の問題にも目を向け、
アジアにおける米国の長期的な戦略問題を考えていく必要性が認識されつ つある。2010 年 2 月にロバート・ゲイツ国防長官(当時)の下で発表された
「四年ごとの国防計画見直し(Quadrennial Defense Review)」では、米国の 同盟関係維持が「米国安全保障戦略の中軸的な要素」と位置づけられ、伝統 的な同盟条約国である日本と韓国がアジアにおける米国のプレゼンスの基盤 として挙げられている36。太平洋における米国の軍事展開力を維持するため に は 、 同 盟 諸 国 と と も に こ の 地 域 に お け る 変 化 に 対 応 し た 「 増 強 と 適 応
(augmenting and adapting)」、さらに日韓両国を支える拡大抑止(extended
35 Hillary Clinton, America's Pacific Century, Foreign Policy, November 2011, http://foreignpolicy.com/articles/2011/10/11/americas_pacific_century
36同盟国およびその他の安全保障協力国についての論考は"Strengthening Relationships"の章 (pp. 57-71)を参照。