次に、近年の日本の CPIをめぐる事情について説明する。
日本では、21 世紀に入り、長期間 CPI の変化率がマイナス傾向で推移するという 先進国では異例の事態が生じた。このため、日本では、CPIに下方バイアスを懸念す る見方はあっても、米国のように上方バイアスの存在を指摘する者は少なかった。
しかし、CPIの精度そのものよりも、これにより、賃金や生産額の低下などの社会・
経済の問題が起き、やがてデフレ問題に発展し、その解決は重要な政策課題となった。
特に、金融政策において、量的緩和政策の導入とその解除、物価上昇目標などとの関 連で、CPI の動きに対する関心が強まった。CPIはまさに経済の体温計として、政策 の発動と評価の両面から注目されたが、下落傾向とはいえゼロに近い水準であること から、ゼロをはさんでプラスかマイナスかの小さな動きが注視された。
その中でも、2005年基準改定において、物価の基調として注目されていた生鮮食品 を除く総合の変化率が改定前より0.6 ポイント下方に修正されたことが関係者に大き な衝撃として受け止められ、その要因が追究された。
そこで、本章では、2005年基準改定を中心に、その内容、改定前後の変化率の差の 要因等、2005 年前後における日本の CPI の作成技法の高度化についての実証研究を 示す。
具体的には、2005年基準改定では、総世帯ウエイトに基づく月次指数、生鮮食品を 除く総合の月次指数、食料(酒類を除く)及びエネルギー除く総合を新たに公表する ことになったが、そこに至るまでに行った様々な実証研究を示す。他方、指数算式に ついては大きな変更をしなかったが、実証研究を重ねた結果の措置であるから、それ についても説明する。これらは 2005 年基準改定において研究、分析又は反映した点
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であり、一部を除き、Makoto Shimizu[76]、Makoto Shimizu[77]などに概要を記載 している。
さらに、2005年前後に、長期的な課題として家賃指数の欠測値補完の研究を行った ので、それらの研究についても以下に示す。
本 論 文 で 示 す 研 究 以 外 に も 、 世 帯 類 型 別 の 指 数 の 作 成 に つ い て Sakashita and Shimizu[78]、携帯電話指数の作成方法についてMakoto Shimizu[79]などにまとめて あるので、適宜参照されたい。
1 総世帯ベース月次指数の作成
最初に、参考系列として 2000 年基準から年単位で公表されている総世帯ベース指 数の月次化について論じる。
CPIの主系列の算定に用いるウエイトは、2人以上の世帯の消費支出を基に計算し ている。しかし、CPI の算定に用いる価格は、原則として単身者が購入する商品等の 価格を含めて平均したものである。このため、価格とウエイトの概念に不整合が生じ ている。また、CPIの利用の仕方としては、年金の物価スライドを始め、2人以上の 世帯のみならず単身者も含めた対象に向けたものとなっている。さらに、家計調査に おいても単身者を含めた調査結果を公表している。したがって、CPIのウエイトも単 身者を含めた総世帯ベースに変更することが必要である。
諸外国においても、ウエイトの算定対象を2人以上の世帯に限定している国は、韓 国を除き見当たらない。
特に、日本において単身世帯は増加傾向で推移し、2015年国勢調査では世帯全体の 34.5%を占めており、もはや少数として特別扱いできる対象ではない。単身世帯は今 後も増加することが想定されることから、CPIについてもそれらを含んだウエイトを 基に作成することが必要であると考える。
この問題は我が国固有の問題であることから、これらに関する研究は、筆者の知る 限りMakoto Shimizu[76]及びMakoto Shimizu[77]以外に存在しない。
1.1 変更による影響
参考系列の総世帯ベース指数は、主系列(2人以上世帯ベース指数)と大差はなく、
総合指数の前年比は、主系列と比べて 2001 年においては 0.1 ポイント低いものの、
2002年及び2003年においては同じである。したがって、総世帯ベースへの変更によ
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る年金の物価スライドや物価連動債などの重要な利用目的に対する影響は小さい。ま た、GDPデフレータには個々の品目単位で使用されるため、影響はほとんどない 62。
1.2 月次指数の計算方法
CPIのウエイトは基準年全体で作成されるので、計算方法としては、総世帯ベース 指数についても年次指数のウエイトをそのまま適用すれば良い。ただし、月別にウエ イトを定めている生鮮食品について何らかの推計が必要である。家計調査の単身者に 係る結果が四半期単位でしか公表されていないことから、生鮮食品に係る支出の四半 期における月ごとの構成が、単身者については2人以上世帯と同じであると仮定して 総世帯ベースの月次指数を計算すると、主系列と大差はない。
試算結果の実用可能性が確認されたことから、2005年基準から参考系列として総世 帯ベースの月次指数を作成・公表することになった。
1.3 指数の接続
主系列を総世帯ベース指数に変更する場合、過去の主系列との接続の仕方について 検討が必要である。ただし、総世帯ベース指数への変更は、持家の帰属家賃のように 大きな品目を追加するものではなく、ウエイトの分割の仕方に関する変更なので、そ のまま接続するという方法が妥当である。実際、従来も基準改定のたびに品目改廃、
支出割合の変化等に伴いウエイトの構成を変えているが、それらによる指数への影響 のほうが(総世帯ベースに変更することよりも)大きかったにもかかわらずそのまま 接続している。
2 上位指数算式の検討
上位指数算式の検討に関する実証研究結果を示す。
通常、上位指数算式において、Laspeyres 指数は価格と数量が反比例するという状 況の中で上方バイアスを持ちやすいと言われている。日本のCPIでは、Laspeyres指 数を用いているので、例えば、価格が下落し数量が増加している電気冷蔵庫や電気洗 濯機などの家事用耐久財などで上方バイアスが発生する。この場合、比較時における 品目ごとの購入量を固定するPaasche指数で計算するとLaspeyres指数よりも低くな り、下方バイアスが発生する。実態はLaspeyres指数と Paasche指数の間になること
62 現在主系列では市町村別指数を合算するときに2人以上世帯数(国勢調査)を用いてい
るが、総世帯ベース指数を計算する場合には総世帯数を用いるため、若干の違いが生じる 可能性がある。
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が想定される。また、算術平均型でなく幾何平均型の指数を作ると、そちらのほうが 最良指数に近づくと言われている。
しかし、Laspeyres 指数で必ずしも上方バイアスが発生するとは限らない。供給よ
りも需要が先行する場合などに購入量と価格が並行して変化する場合があるからであ る。例えば、BSE問題が発生した直後は牛肉の購入量が減ったので供給側は価格を下 げざるを得なかった。外国パック旅行は休みの時期に需要が増大することから、供給 側は価格を上げる。固定電話は携帯電話に需要がシフトし、通話機の価格も下げざる を得ない。価格下落は固定電話のほうが大きいにもかかわらず、購入量は携帯電話に シフトしている。このような場合、Laspeyres 指数は下方バイアスを含み、Paasche 指数よりも低くなる。また、幾何平均型で指数を計算すると最良指数よりも離れる。
分類ごとに上方バイアスと下方バイアスが発生し、総合では相殺してバイアスが小 さくなることもある。このため、公式指数の実態との乖離については、分類ごとに連 鎖指数や固定型のPaasche指数などと比較しながら注視することが必要である。
なお、Paasche指数の対象となる品目は、基準時に選ばれたものであり、比較時に
おいて購入量が多いものから選定したものではない点に注意が必要である。
2.1 インフレ時及びデフレ時の実データの比較
価格と数量の関係を分類すると、図11のとおり、それぞれの上昇、下降の種類によ って、第Ⅰ象限、第Ⅱ象限、第Ⅲ象限、第Ⅳ象限とに分かれる。一般的には網掛けで 示した第Ⅱ象限と第Ⅳ象限が良く起こる状況である。
インフレ期の1995年から1998年、デフレ期の 2000年から 2003年を比較するた め、象限ごとにウエイトを合算した結果を表25に示す。ウエイトが最も多い象限はい ずれも第Ⅳ象限であり、インフレ時には半数以上がこの空間の中に入っている。しか し、デフレ期になると、第Ⅲ象限の割合がかなり高くなり、33.8%を占める。
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表26 はインフレ時においてLaspeyres指数が Paasche指数よりも小さくなる費目 だけを集めたものである。穀類で見ると、Laspeyres指数が 97.2、Paasche指数が 97.3 となっている。幾何平均にするとLaspeyres指数が 97.1、Paasche指数が97.4 とな り、その幅が広がっている。
また、楽器については、ピアノの数量が増加して価格も増加しているため、Paasche 指数のほうがLaspeyres 指数よりも、算術平均型では 0.6、幾何平均型では 0.7 も大 きくなっている。
表27はデフレ時における状況である。一般家具と自動車等維持費はインフレ時と同 じ項目であるが、その他に保健医療サービス、通信、教育など、費目の数は少ないが 広範囲に及んでいる。保健医療サービスについては代替効果が見られない品目が数多 く存在するにもかかわらず、指数算式に影響が出ている。教育は 10 大費目の1つな ので、全体に対する影響は大きい。
一例として通信を見ると、主な要因は固定電話通信料であり、数量は減っているが、
価格もかなり下がっており、その影響で指数算式に逆転現象が起きている。算術平均 型ではLaspeyres 指数が92.4、Paasche指数が93.0 であり、Paasche指数のほうが 0.6も大きくなっている。これを幾何平均型にすると Laspeyres指数で 92.2、Paasche 指数で93.2となり、Paasche指数のほうが1.0も大きくなっている。
Ⅱ Ⅰ
Ⅲ Ⅳ
(0,0) 価格 数量
基準年後3年後の変化 1995年 2000年
分類 合計 100.0 100.0
Ⅰ 価格変化≧0、数量変化≧ 0 19.6 7.4
Ⅱ 価格変化< 0、数量変化≧0 12.6 19.8
Ⅲ 価格変化< 0、数量変化< 0 9.8 33.8
Ⅳ 価格変化≧0、数量変化< 0 58.0 38.9
図11 指数変化の分類 表25 ウエイト構成比(%)
出典 Makoto Shimizu(2004)“Arithmetic Formula of CPI Based on Changing Consumption Pattern in Japan”、国際コンファレンス「我が国SNAの次期整備に向けて―より精確な計測方法、
より包括的な勘定を目指して―」、内閣府経済社会総合研究所