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ボスキンレポートをめぐる議論と CPI への影響

ドキュメント内 公的統計の現代的意義 (ページ 141-183)

米国では、1990 年代後半に入って政府作成の CPI をめぐる議論が活発に行われる ようになった。とりわけ1996年12月に出されたボスキンレポートはその米国のみな らず他の国でも注目された。

その後で日本でも、CPIをめぐる批判があり、その中にはボスキンレポートを根拠 にしているものが見られる。米国と日本ではCPIの作成方法に違いがあるため、同レ ポートの議論がそのまま日本に当てはまるわけではないが、同レポートは、米国のCPI の在り方を様々な角度から論じたものとして、CPIに関する見方や技術的な論点を明 らかにするという意味で示唆に富んでいる。

ボスキンレポートの概要、BLS の対応、日本の CPI への適用可能性等については 1999年から 2000 年の間にまとめた清水誠[45]~[50]が存在するが、第1章では、ボ スキンレポートが報告されて 20 年が経過したことを受け、ボスキンレポートをめぐ る議論とCPIへの影響を冷静に振り返ることとする。本章の内容は、清水誠[45]~[50]

を要約し、2000年以降の状況等を加筆したものである。

ボスキンレポートの概要に触れている論文は数多く存在するが、それに対するBLS の対応と日米の CPI の作成方法の違いを踏まえた日本の CPI への適用可能性に言及 している論文は見られず、清水誠[45]~[50]の一連の研究が初めてのものである。

なお、本章で述べているボスキンレポートの内容は、Advisory Commission to Study the Consumer Price Index[51]から、それに対するBLSの対応の内容はBureau of Labor Statistics[52]から引用している。

1 ボスキンレポートの背景

米国においては、CPI の上昇率に上方バイアスが存在するという批判が長く存在し ていた。

1961年には、George Stigler による「物価統計検討委員会」がヒアリングを重ね、

Subcommittee on Economic Statistics, Joint Economic Committee, Congress of the

U.S.[53]にあるように、米国 CPI と「真の」生計費指数の相違点を指摘し、BLS が

CPIを生計費指数に近づけるための研究を開始するよう勧告したが、それをきっかけ に、1990 年代に議会が予算と社会保障生計費及び税指数を決定する際の CPI の役割 に関心を持つようになった。

1990 年代後半には政治の舞台でこの問題が定量的に取り上げられるほど加熱する こととなったが、その背景には、米国の財政事情がある。

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米国でCPIは、1970年代初期以前は財政部門でほとんど利用されていなかったが、

その後のインフレの進行に伴い、CPIを税率区分や社会保障費などと連動させる仕組 みが作られた。これによりCPIの作成方法や精度は財政状況に大きな影響を与える要 素となった。

1980年代に入ると、税収は伸び悩む一方で歳出削減が計画どおりに進まず、財政赤 字が急拡大した。同時に、個人貯蓄率の急速な低下に伴って、経常収支は急速に悪化 し、「双子の赤字」の時代が到来した。このため、1990年代半ばにさしかかると、財 政赤字の削減が最重要課題の1つとされた。

このような中、1995年1月にアラン・グリーンスパン連邦準備制度理事会議長が議 会の予算委員会で、米国CPIには上方バイアスがあり、このバイアスを是正すれば財 政赤字の改善に役立つとの趣旨の発言をしたことがきっかけとなって、CPI の精度に 関して検討するよう委員会に諮問することとされた。こうして発足したのが、ボスキ ン氏を含む5名から成るCPI 諮問委員会である。

ボスキンレポートは、米国議会のCPI諮問委員会が、上院財政委員会に提出した報 告であり、Toward a More Accurate Measure of the Cost of Living(「生計費のより 正確な尺度を目指して」)と題されている。同諮問委員会の委員長がスタンフォード大 学のマイケル・ボスキン教授であることからこう呼ばれた。ボスキン氏は、以前から 経済統計の精度改善に熱心であり、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領のホワイト ハウス経済諮問委員会の委員長を務めている間に、経済測定プログラムへの追加財源 の措置に努力している。

このように、米国においては財政赤字の削減が最重要課題の1つとされている中で、

米国CPI が財政状況に大きな影響を与える指標であったことから、ボスキンレポート を理解するに当たっては、その内容には統計学的な視点だけでなく、政治的、財政的 視点も織り込まれていることに留意する必要がある。

ちなみに日本でも財政に対するCPIの影響力は大きいが、直接連動させる仕組みが 作られている費目は米国ほど広範にわたっていない。まず、歳入において、CPIは税 率区分に連動していないため、直接的影響を及ぼす費目は極めて限定されている。つ まり、間接的に影響を及ぼす費目は多いとはいえ、直接法律等で規定されているのは、

郵便料金のようにやや特殊な収入に限られている。また、歳出においても、法律等で 社会保障費が物価スライドされることとなっているが、対象は年金、児童手当などに 限定されており、医療保険給付費、老人福祉費、生活保護費などは対象外である。こ の他、日本のCPIは土地収用の価格の算定に用いるなどの規定はあるが、歳出全体か ら見れば米国ほど広く規定されているとは言えない。このように、日本では、CPIが

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財政に及ぼす影響は副次的かつ複雑であり、単純にCPIの上昇率の大小だけで財政赤 字の総量の変化を評価できるものではない。

このことは、つきつめれば米国でも同様であろう。CPI の作成方法を見直して上昇 率を引き下げると、社会保障費の削減と税金の増額などにより一時的には財政赤字の 縮小効果が見込めるが、消費や貯蓄の減少などを通じて、めぐりめぐって他の費目に 影響が出ることもあるので、これらを含めて財政赤字がどの程度縮小するかの視点が 必要である。

2 ボスキンレポートの概要

本節では、ボスキンレポートの全体像を簡単に解説する。

CPI 諮問委員会は、1995 年9月に中間報告を提出し、現行の米国 CPI は物価上昇 率を年率1.5ポイント過大評価していると指摘した。その後、1996年12月の最終報 告では1996年3月にBLSが公表したCPI の改定予定を反映させるとともに、一部評 価手法を改め、過大評価の大きさを1.1ポイントと改めた。

2.1 米国CPIにおける上方バイアス

ボスキンレポートにおいて、CPI は生計費の変化を測定するものと定義した上で、

次の4つのバイアスが存在すると指摘している。

(1)代替バイアス

商品の代替に関するバイアスであり、消費者がより安価な代替商品を購入しても、

それが CPI に反映されないというバイアスである。特に、現行 CPI が固定マーケッ トバスケット方式を前提としていることに起因するものである。

この1つの要因は指数算式の問題である。委員会は、本来なら最良指数 49を採用す べきと考えるが、現行CPIはLaspeyres指数を採用しており、品目間での代替効果が 反映されないために、上位集計レベルで年率0.15ポイントの上方バイアスが発生して いるという。

もう1つは品目内で各銘柄の価格を集計する時のバイアスである。下位集計レベル について、幾何平均を真の生計費指数とみなすとすれば、年率0.25ポイントの上方バ イアスが発生しているとしている。

(2)新店舗バイアス

消費者がディスカウントストアなどの安売り店にシフトする行動が適切に反映され ないことによるバイアスであり、年率0.1ポイントの上方バイアスがあるとしている。

49 Superlative Index。ボスキンレポートでは Fisher又はTӧrnqvist指数としている。

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(3)品質バイアス

製品の品質改良が正確に評価されないことに起因するバイアスである。ボスキンレ ポートでは、CPI の作成に用いられる 206の品目を 27のカテゴリーに分類し、それ ぞれバイアスの大きさを推計している。このうち、光熱、家事用品、家事サービス、

他の個人交通、公共交通、医療保険、娯楽サービス、煙草の8カテゴリーについては バイアスが存在しないとしている。一方、食料(農産物を除く)、家賃、新車などの 19カテゴリーについては上方バイアスが存在するとしている。

(4)新製品バイアス

新しい製品が出現しても CPI にはすぐに反映されないことによるバイアスであり、

(3)のバイアスと合せて年率0.61ポイントの上方バイアスになるとしている。

2.2 CPIバイアスの財政への影響

これらの4つのバイアスを合計すると、先述の 1.1 ポイントとなる。ボスキンレポ ートでは、バイアスの推計幅を0.8~1.6ポイントとしている。また、同レポートでは、

CBO(議会予算局)の推計によれば、今後 10 年間で毎年 1.1 ポイントの上方バイア スがあるとすれば、2006年には1480億ドルの財政赤字が水増しされ、政府の負債は 6910億ドル増加することとなるとしている。この赤字要因は、社会保障費、保健医療 費、防衛費に次ぐ4番目に大きい要因である。さらに、この推計を延長すると、2008 年までに財政赤字は2020億ドル増加し、また、政府債務は1兆 700億ドル増加する との結果も得られている。このようにCPI のバイアスが財政に大きな影響を与えるの は、米国においては、社会保障費を始めとする歳出の約3割がCPIに自動的に連動し ているほか、歳入の45%前後を占める個人所得税の税率区分が物価にスライドして調 整されるためである。

2.3 勧告

ボスキンレポートでは、これらの推計を踏まえた上で、16項目の勧告を出している。

このうち、最初の12項目はBLSに対するもの、その他は大統領と議会に対するもの となっている。この中の最初の4項目は以下のとおりである。

①消費者物価を測定する目標として生計費指数を掲げるべきである。

②2つの指数を作成、公表すべきである。1つは生計費指数の考えに基づくものを月 1回公表し、もう1つは指数に関する最新の情報や検討の成果を反映したものを年 1回公表すべきである。年次指数は、過去に遡及し改定する。

(短期的勧告)

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