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所得が出生に及ぼす影響

ドキュメント内 公的統計の現代的意義 (ページ 112-120)

人口要因と経済要因の間には各種の関連がある。近年、日本を始めとするいくつか の先進国では、出生率の低下が社会問題となっており、それにはいくつかの経済的要 因も影響を及ぼしているという見方がある。

代表的なモデルの1つにButz and Ward Modelがある。同モデルは、夫婦について 夫の所得の増加は子どもに対する需要を増加させる所得効果を生むが、妻の賃金の上 昇は子どもに対する需要を減少させる代替効果を生み、これが夫の所得による所得効 果を上回るならば、その結果出生率は低下するとするものである。

このような現象は2つの視点で捉えることができる。1つは、所得と出産行動につ いて平均的な状況を長期に概観したときにそのような構造が当てはまるのかという視 点である。もう1つは、特定の時点において夫婦間にそのような構造があるのかとい う視点、すなわち、夫婦間に夫の所得が高いほど、妻の賃金が低いほど出生率が高く なる構造があるのかなどの視点である。

本章では、まず、前者の視点を踏まえて時系列データを想定して構築された同モデ ルの理論を簡単に振り返った上で、公的統計を利用し、日本について最近の時系列デ ータによる検証を試みる。Butz and Ward[31]はこれを1948年から1975年の米国の データに適用して理論どおりの結果を得ている。英国については John Ermisch[32]

が1951年から1975年のデータを用いて係数が条件を満たすことを確認しているが、

誤差項には系列相関が、説明変数には多重共線性が認められたとしている。我が国に ついても、Ogawa and Mason[33]が1966年から1984年のデータに適用して良好な 結果を示し、大沢真知子[34]が1960年から1984年のデータに適用して女性の市場賃 金の上昇による就業率の増大が出生を抑制する方向に働いていることを指摘する一方 で、大淵寛[35]、Hisakazu Kato[36]などは係数の符号条件が満たされないとの結果を 報告している。

本章の新規性は、むしろ後者の視点から個々の夫婦について、夫婦及び子どもの年 齢、夫婦双方の所得及び就業状態が調査されているというJGSSの特色を生かし、同 モデルをクロスセクションで再構築し、適用可能性を検討した点である。この際、各 データを適正に比較するため、年齢と就業年数を用いてあらかじめ標準化しておくこ ととする。

このような分析は、最初に清水誠[37]でJGSS-2000のデータを用いて行ったが、そ の後、所得水準と出生率の低下が同時に進行した中で、清水誠[38]でJGSS-2002のデ ータで適合状況を確認した。本章は清水誠[38]の内容を示す。

103 1 時系列データの適用

Butz and Ward Modelは、米国において景気が回復しても出生力が回復しない現象

を説明するための時系列モデルであり、具体的には次の形をしている。

有配偶女性の就業率を

K

、就業していない有配偶女性の出生率を

B

1、就業している 有配偶女性の出生率を

B

2とすれば、有配偶女性の出生率

B

2

)

1

1

( K B KB

B = − +

と表される。ここで、𝐵𝐵1は夫の所得𝑌𝑌𝑚𝑚と他の要因𝑋𝑋で決まり、𝐵𝐵2は両者に加えて妻の 賃金𝑊𝑊𝑓𝑓によって決まるものとした。実用上はこれを全微分して得られる

ln𝐵𝐵=𝛾𝛾0+𝛾𝛾1𝐾𝐾ln𝑌𝑌𝑚𝑚+𝛾𝛾2ln𝑌𝑌𝑚𝑚+𝛾𝛾3ln𝑊𝑊𝑓𝑓

が提案された。ただし、所得効果がプラス、代替効果はマイナスであることから、係 数には

0

2

>

1

γ

γ +

γ

2

> 0

γ

3

< 0

という制約条件がある。

1.1 1971年から 2000年におけるButz and Ward Modelの適合状況

同モデルについては1948年から1975年の米国のデータに適用した場合を始め様々 な実証研究が行われ、適合性を示す結果と非適合性を示す結果が存在している。同モ デルは時系列データの適用を前提としているが、もともと所得が上昇している局面を 想定して構築されたものであることから、近年の日本のように平均所得が長期にわた り低下していた状況下では適合するとは限らない。清水誠[37]は、出生率が低下、夫 の所得が増加する傾向にあった1971年から2000年の時系列データに同モデルは適合 しないとした。

1.2 1975年から 2004年におけるButz and Ward Modelの適合状況

2000年以降も、しばらく同モデルの適合条件に沿わない傾向、すなわち、所得水準 と出生率の低下が同時に進行するという傾向が続いた。そこで、これらのデータを含

めた1975-2004年の日本の時系列データに同モデルを適用し、適合状況の変化を見て

みることとする。

最初に、検証に用いるデータについて説明する。まず、夫の所得は、家計調査の勤 労者世帯の世帯主の収入を年額換算したものとする。妻の賃金は、賃金構造基本統計 調査から女性労働者に関するきまって支給する現金給与額(年額換算)に年間賞与そ の他特別給与額を加え、所定内実労働時間数に超過実労働時間数を加えたもの(年換 算)で割ることにより計算した。実際には同じ女性でも、有配偶者とそれ以外とで平 均賃金は異なるが、有配偶女性が有配偶者のみに該当する金額を見て出生行動を変え

104

ることはないので、市場単価としては一括りで計算しても問題はない。なお、夫の所 得と妻の賃金はCPIにより実質化した。また、Butz and Ward Modelの適合度は、

単位の取り方により変化するため、ここでは金銭の単位をすべて万円に統一して計算 した。一方、妻の就業率は労働力調査の有配偶女性の就業率とした。次に、出生率は、

日本において出生はほとんど有配偶者により行われるという事情にかんがみ、人口動 態調査による出生児数を労働力調査による有配偶女性数で割ることにより、いわゆる 普通出生率として計算した。

必要な変数には対数をとり、Butz and Ward Modelを適用した結果は表16のとお りである。これによると、Adjusted R2は高いものの、Durbin-Watson 比が低く、

0

2

>

1

γ

γ +

という係数の符号条件は満たされず、夫の所得に係る係数の𝑡𝑡値も小さい。

清水誠[37]では夫の所得の対数値と出生率の対数値との間には負の相関が見られた

が、1975-2004のデータについては両者の間に正の相関が見られた。これは、出生率

の低下傾向には変化がないものの、夫の所得については、データの範囲が新しくなる につれて減少傾向が強まり、したがって、出生率との相関が強まるからである。

表16 時系列データにButz and Ward Modelを適用した結果

説明変数

B ln

偏回帰係数 𝑡𝑡値

𝐾𝐾ln𝑌𝑌𝑚𝑚 -1.447 -2.599 **

ln𝑌𝑌𝑚𝑚 1.180 1.043

𝐾𝐾ln𝑊𝑊𝑓𝑓 -2.432 -3.642 ***

定数項 -8.452 -1.404

𝑛𝑛 30

Adjusted R2 0.932

F 132.855 ***

D. W. 0.452

注 *、**、***はそれぞれ 10%、5%、1%基準で有意であることを示す。(他の表につ いても同じ)

2 JGSS-2002における夫婦データを用いた検証

このように、近年の日本の平均的状況を時系列で観測したときに Butz and Ward

Modelが適合するとは言えないが、夫の所得が高いほど出生率が高い、妻の賃金が高

いほど出生率が低いという構造は現在の日本においても存在している可能性があり、

それを実証するには同一時点における個々の夫婦の間での比較が必要である。つまり、

同モデルは本来時系列データの適用が前提となっているが、夫の所得が高いほど出生 力が強いのか、また、妻の市場賃金が高いほど出生力が弱いのかという問題は、ある 時期、ある集団内の個々の夫婦間の相対的関係においても関心の対象となり得る。

105 2.1 検証の方法

しかし、一般に、ある時点において、同一集団内には若年者と高齢者が共存し、出 生期に差し掛かったばかりの者とそれを終えた者がいる。また、所得についても就業 期間の長い人ほど高いことが一般的であり、就業の有無についてもその時期にたまた ま就業していることもあるので、これらを同じモデルにそのまま当てはめることは無 意味である。時系列データに対してButz and Ward Modelを適用する際には、年齢 や就業年数などの所得に影響を及ぼす要因を制御して比較するための工夫がなされる が、本研究のように同モデルを同一時点で空間的に適用する際にも、これらの要因を 取り除く必要がある。つまり、個々のデータを時間ごとにまとめる場合には空間的格 差をコントロールする必要があるのに対し、空間ごとにまとめる場合には時間的格差 をコントロールする必要がある。そこで、調査時を断片的に捉えるのではなく、各個 人(夫婦)の過去と将来の状況を予測し、生涯レベルでの比較を試みることとする。

まず、Butz and Ward Modelを次のように再定義することとする。すなわち、有配

偶女性が、一生の間に就業している期間の割合を

K

とし、就業していない間の出生率 を

B

1、就業している間の出生率を

B

2とすれば、この女性の両期間を合わせた出生率

B

2

)

1

1

( K B KB

B = − +

と定義される。ここで、

B

1 は夫の所得に依存し、

K

B

2は夫の所得と妻の賃金に依 存するという仮定を設定すれば、Butz and Ward Modelと同じ型になる。もちろん、

長期的には夫の所得も妻の賃金も出生率も変動するが、これらは全体から推定される 所得関数と出生関数に沿って動くこととする。また、妻の市場賃金は、学歴、産業、

職業などにより異なり、また、就業年数などに応じて変化するものとし、妻が出生の 決断をする際には、このような変動要因を加味して総合的に行うとの前提に立つこと とする。

2.2 使用するデータセット

JGSS-2002では、本人のみならず、配偶者がいる場合にはその年齢、学歴、就業状

況等についても調査をしているので、ケースを夫婦に限定し、夫婦両面のデータをセ ットで利用することとする。利用に当たっては本人と配偶者の変数から性別により夫 と妻の変数に組み替えた。ただし、配偶者については変数の種類が限定されているの で、所得関数や出生関数の説明変数として組み込むことができる変数には制約があっ た。また、就業経歴については、現在の主な職に関する問が中心であり、前職や副業 がある場合に、そこから得られる所得については情報が限られている。そこで、分析 の前に、実態を把握できない状態が長期間発生しているケースをあらかじめ除外する

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