日本の人口は、選挙区の区分や社会保障政策の基礎資料、各種推計の基礎データな ど統計として重要な役割を果たしているが、それ自体経済成長に大きな影響を及ぼし ている。一般的には消費を通して働く分配面へのマイナス効果が取り上げられる。例 えば、開発途上国に見られるように、過度な人口は貧困に直結し、時に人口は経済成 長の障壁になる。しかし、労働を通して働く生産面へのプラス効果もある。日本と類 似の先進国に限れば、労働の原資としてのマンパワーが経済成長の1つの要因になっ ている 25。また、このような現象は、人口統計がある意味で経済統計の重要な要素に もなり得ることを示している。
一般に、経済成長とは長期間にわたる経済の実質生産額の増分を意味する。日本の 経済成長は 1960 年から 1990 年の間に歴史的にも珍しいほど高い水準であったが、
1990年代から衰え、それからの間を「失われた時代」と称することもある。経済成長 の衰退には様々な要因が想定されるが、人口要因もその1つとして挙げられる。本章 では、基本的なモデルをベースに、人口要因による経済成長に対する影響を時系列で、
また、地域横断的に概観し、定量的な評価を試みることにする。特に、日本の人口の 減少幅は大きくなるという見方が一般的であり、それが経済成長に対してどの程度に なるのかを計量してから将来の経済成長の可能性を議論する必要があるものと考える。
一方で、1990年代にはそれ以前と比較して変わらない傾向もある。人口要因の中で、
少子高齢化はそのような傾向の典型的な例である。本章には経済成長の要因の中で 1990年前後で一貫しているものを抽出し、今後の経済成長について議論を深める際の 基礎資料を提供しようという試みもある。
経済成長については、理論的には様々なモデルが考案されているが、それぞれ利用 目的や条件が定められているので、モデルの適用に当たっては分析の目的と対象を確 認しておく必要がある。統計はモデルの実証データとして有用であるが、分析の対象 を正確に認識するためにも、実態を正確に表現する統計を入手する必要がある。
一方、経済成長に利用される統計としては、一般には SNA やそれを元に作成され た県民経済計算が用いられるが、これらは独自の概念を元に各種の推計が組み込まれ ているので、利用に当たっては様々な注意が必要になる。細部にこだわらず概観に留 めることも重要な留意点の1つであるが、国、都道府県という大きな地域単位で、長 期的に、産業区分を設けずに比較をしようとする分析には格好の材料であると考える。
25 例えば、収入が出生率に影響を及ぼすように、逆に経済的要因が人口要因に影響を及ぼ
す場合もある。人口と経済は相互依存関係にあるという見方が一般的である。
83
1990年代について、このような観点から分析を行った研究に清水誠[29]があり、以 下でその研究を示す。本研究の基本的な方法は、Mankiw et al.[30]に倣っているが、
本研究は、世界に先駆けて人口減少の局面を迎える日本を中心に、データの特性に留 意しつつ、時系列と地域間の両面で、かつ名目と実質の両方で試算を行うことにより 要因間の構造を複眼的に把握するものである。
1 時系列分析
まず、地域を日本に限定し、1990年頃を境に経済成長と人口にどのような変化が起 き、2000年以降にどのような変化が見込まれるのか、また、経済成長を人口要因など で分解して、どの要因が大きく寄与しているのかを概観することとする。要因分解に 当たっては、人口要因以外は 1990 年頃を境に変化が起きていない要因に区分するよ う努めることとする。
1.1 人口と労働時間に着目した供給面の評価
最初に、経済成長を生産力として供給面から捉え、1960年度から2000年度までの 労働時間と人口の推移による変化を時系列で概観し、21世紀初頭におけるこれらの推 移を推計した。
GDPは1国の生活水準を示す指標であるとともに生産力を示す指標でもある。GDP と人口の間には
人口 人口
=GDP× GDP
という関係がある。これは、生活水準として需要面から捉える場合には有用な分解の 仕方であるが、近年のように、短時間就業の増加やワークシェアリングの導入など、
就業形態が多様化している世の中では、労働時間(就業時間の総和)を主体とする
人口 人口 歳以上人口 歳以上人口
就業者数 就業者数
労働時間
=労働時間× × ×15 × 15
GDP GDP
という分解の仕方のほうが、供給に関する議論の進展には役立つものと考える。
実際、日本で1960年度からの推移を実質値で見ると、図3のように、
=人口 1人当り GDP
GDP は増加傾向で推移しているが、1990年前後で増分は著しく減少 しているのでその傾向を直線的と言うには無理がある。これに対して、1人当りGDP
を 人口
歳以上人口 歳以上人口比=15
15 、
歳以上人口 就業率= 就業者数
15
、 就業者数
平均就業時間=労働時間、
84
=労働時間 労働時間当り GDP
GDP の4要素に区分すると、次のように、ほぼ一貫した傾向 の合成による説明が可能になる。まず、15歳以上人口比は少子高齢化により増加傾向 で推移している。また、就業率と平均就業時間は減少傾向で推移しており、1990年以 降に趨勢的な変化があったとは言い難い(図4、図5)。図には掲げていないが、2001 年1月に公表された労働力調査の結果を見ても、就業率と平均就業時間の減少傾向は 継続している。ちなみに、1990年代に史上最長の景気拡大を遂げた米国では、就業率 と平均就業時間は1983年以降一時的な減少を除いて増加傾向で推移している。この ように、就業率と平均就業時間は経済成長を追跡する上で欠かせない要素を構成して いる。一方、日本の労働時間当りGDPは増加傾向で推移しており 26、しかも1990年 以降の傾きの減少は、人口当りで見る場合よりも小さい(図6)。
図3 1人当り GDP(実質)の推移
注 68SNAによる1990年基準値(以下同じ)
26 GDPは68SNAによる実質値、人口は10月1日現在人口推計、労働時間は労働力調査 による平均就業時間の年平均に従業者数の年平均を乗じた延週間就業時間、就業者数は労 働力調査による年平均である。
1960-90の傾向 1990-2000の傾向
50 100 150 200 250 300 350 400 450
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000
年度 万円
85
図4 就業率の推移 注 ( )は𝑡𝑡値である。(以下同じ)
図5 週間平均就業時間の推移
𝑦𝑦= -0.1547𝑡𝑡 + 369.15 (-11.278) (13.595) Adjsted R2 = 0.759
59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000
年度
%
𝑦𝑦 = -0.1485𝑡𝑡 + 339.56 (-13.142) (15.181) Adjsted R2 = 0.811
41 42 43 44 45 46 47 48 49
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000
年度 時間
86
図6 労働時間当りGDP(実質)の推移
日本において、上記の4要素と人口の対前年度増加率の推移を見ると、図7のとお りである。これまでの経済成長の牽引役は、この中では技術進歩や能率向上などを含 む労働時間当りGDPであったが、人口増加も第2次ベビーブーム期の1970年代前半 には大きなシェアを占めていた。これに対して、就業率は景気好調期を除いておおむ ねマイナスに寄与し、長期的には減少傾向で推移してきた平均就業時間も 1989 年度 以降マイナスに寄与する年度が多くなっている。
𝑦𝑦= 0.3795𝑡𝑡 - 740.03 (71.854) (-70.771) Ajdsted R2 = 0.992
2 6 10 14 18
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000
年度 万円
87
図7 GDP(実質)対前年度増加率の要因分解 注 1972年度の人口増加率は沖縄県を除いて計算
GDP を名目値で捉えるにはこれに GDP デフレータの増分を上乗せすれば良い。
GDPデフレータは増加傾向で推移し、1960年度を100とした2000年度の指数は444 であり、この間の GDP デフレータも直線近似することができる。しかし、その後の デフレに配慮すると、むしろ1995年を頂点とする曲線を当てはめるほうが良い。
人間は生まれると必ず1年に1歳年を取り、平均的には平均寿命(将来推計された 水準)程度のところで死ぬことから、人口は経済と比べて将来推計しやすい面がある。
経済成長についても、部分的にでも人口で説明できるのであれば、その分将来推計の 可能性が増すこととなる。
2002年1月に公表された将来推計人口(中位推計)から計算した 2025年度の人口 減少率はマイナス 0.5%である。先に記した要因分解式において、仮に、将来の人口 と 15 歳以上人口比がこの推計結果に従い、就業率、平均就業時間及び労働時間当た
りGDPが1960-2000年度のタイムトレンドに沿って推移するとすると、GDPの要因
別増減は図8のようになる。これによると、2007年度に人口が増加から減少に転じ、
しかもその減少率が拡大することにより、労働時間当り GDP がこれまでどおりに増 加し続けたとしても、高い経済成長を達成することが困難な様子がうかがえる。
-6 -4 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16
1960 1990
時間当たりGDP 平均就業時間 就業率
年度
%
88
図8 GDP(実質)対前年度増加率の要因分解 推定値
上記における人口減少率は、人口が直接経済成長に及ぼす影響であり、経済成長の 他の4つの要因、すなわち、15歳以上人口比、就業率、就業時間、労働時間当り GDP は人口と無関係に推移しているとは言えない点に注意が必要である。しかし、「失われ た時代」とも呼ばれる時期でも、なお以前と同じ方向で推移していた傾向を抽出し、
それらについては将来も継続するという見方は、将来推計の方法として、単純ではあ るが合理的な手法であると考える。
1.2 人口要因と資産要因の区分
1.1 で紹介した経済成長の要因分解では、各変数が比較的単純な動きをしているた めに、過去の長期的動向を概観し、将来推計をする場合に便利であったが、各変数は 必ずしも独立とは言えず、相互作用が存在することが前提となっている。これに対し て、ここでは、ある程度それぞれが独立な要因に区分した上で、人口要因の占める割 合について分析を行う。ただし、生産力として供給面から見る場合には、前節同様時 間を加味した労働投入量で捉えることとする。
まず、供給面から経済水準の要因分解をするために、資本ストックを物的資本スト ックと人的資本ストックに区別し、以下のCobb-Douglas型を想定する。
β β α
α − −
=K H W1
Y p p
0 < α < 1
、0<β
<1、α
+β
<1Y
:経済水準、-1.5 -1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5
2002 2025
時間当たりGDP 平均就業時間 就業率 15歳以上人口比 人口
年度
%