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新制高等学校数学教科書の発行計画

ドキュメント内 新制高等学校数学科の成立過程 (ページ 140-144)

第4章 教科書の編集・発行過程とCl&Eによる検閲

第1節 新制高等学校数学教科書の発行計画

1.

「在米史料」に見る発行計画と教科書編集開始の時期

1946 年11月 5 日の「在米史料」 "REVISED PROGRAM FOR TEXTBOOK

PUBLICATION"(1)の冒頭には,

「委員会は,以下の1947年度用として計画された教科書の一覧の改訂版を提出した」

"The committee presented the following revised list of textbooks planned for 1947"

とある.ハ‑クネスは,文部省教科書局の有光の報告をもとに, 1947年度中に発行する予 定となった初等段階から上級中等段階までの教科書の一覧を,この「在米史料」に記録し ている.数学科に関しては,

Mathematics・・1volume each for grades 1,2,3,4,5,6,7,8,9 Mathematics Tables・ 1volume

Algebra‑ Calculus 1volume Geometry‑Anal,Geom‑I 1volume

とあり,

「数学(Mathematics)」が第1学年から第9学年用に1冊ずつ,

「数表(MatbematicsTables)」が1冊, 「代数・解析(Algebra・Calculus)」が1冊,

「幾何・解析幾何(Geometry・Anal,Geom) 」が1冊 発行されることとなった.

なお,ここで計画された「代数・解析」と「幾何・解析幾何」は,それぞれ,新制高等学校

用の数学教科書, 『数学解析編』, 『数学幾何編』に相当する.この時点では, 『解析編』

『幾何編』がそれぞれ2分冊になるとは考えられておらず,各1冊となっている.

次に, 9日後の1946年11月14日の「在米史料」 "Mathematics Textbooks"(2)の全訳を 示す.

初等と下級中等学校の数学の委員会は,算数の学年配置とその順序の表を提出した.和田は, 必修数学の2年間延長の問題を再び提起した.だが,彼が必修数学の9年間の教材を完成し終 えるまではその問題を議論することは不可能であり,完成後に,平均的な市民として必要な数学 の技能・分野がまだ十分にカバーされていない状態であるならば,その時初めて委員会で取り上 げることができるのだと署名官に言われた.

また,和田は,中学の数学で,計算尺を教材として扱うことについて,またもや議論を始めた が,これは数学の選択課程のひとつに組み入れるべきだとすでに忠告されていて,この点に関し ては何度も念を押された.

委員会は,相当長い間教科書の編集作業に専念していたので,学習指導要領のスケジュールが, 一定期間何も進められていなかった.そして,次の2‑3週間は学習指導要領の作成作業に最大 限の努力をするようにと言われた.学習指導要領が完了するまで,教科書の編集は現状のままに されることになった.

ここで第3段落に注目したい.

「委員会は,相当長い間教科書の編集作業に専念していたので,学習指導要領のスケ ジュールが,一定期間何も進められていなかった.」

"The committee had been devoting so much time to the compilation of the textbooks that they had neglectedcertain phases of the courses of study schedule"

と記述されている.

1946年9月4日の「在米史料」 "Progress report on mathematics compilation"(3)にあっ たように, 9月4日に,和田の委員会は,ハ‑クネスから「教科書編集」と「学習指導要領

作成」の両方の仕事(2つの仕事‥ "twotasks")を指示されていた(本論文p.82参照).と

ころが, 「相当長い間」,教科書編集のほうに作業の力点が置かれ, 「学習指導要領作成」は 滞っていたことが分かる.そしてこの日,和田はハ‑クネスに,

「次の2‑3週間は学習指導要領の作成作業に最大限の努力をするように」

"and they were requested to put the greater part of their efforts on the courses・of‑

study materials for the next two orthree weeks,"

と言われ,さらに,

「学習指導要領が完成するまで,教科書の編集は現状のままにされることになった」

"leaving the actual compilation of the textbooks until the course10f・study had been completed."

と記述されている.

11月5日に教科書の発行計画がまとめられたばかりであるにもかかわらず,皮肉なこと

に,和田らは, 10日も経たない11月14日に「教科書編集」を棚上げにし, 「学習指導要 領作成」 ‑と作業の力点を大きく移すことになったのである.

ここにある「学習指導要領」とは,小・中学校の「算数・数学科編」のことを指す.し

たがって, 1946年11月14日は,小・中学校の『学習指導要領算数科数学科編(試案)』 (1947 年5月15日発行)が成立に向かう1つの分岐点であったと言える.この事実は,約7ケ月

後の1947年6月4日が,高等学校の「学習指導要領数学科編」の作業中断の日となり(4), 未成立に向カナう分岐点となることと興味深く対比できる.

2.教科書発行者「中等学校教科書株式曾社」

1946年11月14日以降を示す前に, 10月9日付けの「在米史料」 "Regular weekly

conference"(5)を見てみる.ここに,上級中等学校(新制高等学校)の「教科書発行者」に ついて触れられた部分がある.該当部分(第3段落)のみ,和訳を掲げる.

3.文部省が9年間すべてにわたる教科書の原稿を作成することで合意に達した.上級中等学 校用には,必修課程用のものは文部省が発行する.ただし,理科を含める.理科のものは1冊だ けが必修である(6).他の教科については中等学校教科書株式会社が発行する予定とする.

原文は

〃Agreement was reached that Mombusho would produce text manuscripts for all texts thru (ママ) the ninth grade. For upper secondary years it would produce, those for required courses, including the sciences, of which one is required. Others will be produced by Secondary Schools Text Publishing Company."

である.ここで,文部省が義務教育9年分すべての教科書を発行することになり,新制高 等学校用の教科書は,必修科目のものは文部省発行,選択科目のものは教科書会社(中等 学校教科書株式会社)発行と決定した.新制高等学校数学科はすべての科目が「選択科目」

となったため,数学教科書は文部省発行ではなく,教科書会社に外注することになったの である.実際の新制中学校と新制高等学校の教科書の奥付を見ると,中学校用数学教科書 は「著作兼発行者」が「文部省」であるのに対して,高等学校用については「中等畢校教 科書株式合社」であることが確認できる. (次ページ参照.)

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新制中学校用教科書『中等数学第二学年用( 制高等学校教科書『数学解析編(Ⅰ)』の

の奥付.著作兼発行者は「文部省」である. 兼発行者は文部省ではなく,「中等学校教科書

骨社」となつている.

この決定は,新制高等学校の数学教科書の直接の編集作業が,文部省の委員の手から離 れたことを示している.したがって, 11月14日時点で,

「学習指導要領が完了するまで,教科書の編集は現状のままにされることになった」

とあったが,その後の2‑3週間,委員会が学習指導要領の編集に専念した間も,高等学校 の教科書編集は教科書会社によってなされていたと見なければならない.

1946年10月30日付けの「在米史料」 "ProgressReport"(7)から次の記述を取り上げる・

2.上級中等学校用の数学の選択科目教科書:検定教科書の編集の通常の手続きというのは, まず,文部省が必要とする本を出版会社に通知し,その後,会社は筆者を選び,筆者は望ましい 内容範囲に関して相談するために編集者と一緒に文部省に派遣される.しかし,誰も数学の編集 委員長である和田のもとに来ておらず,彼は,文部省から中等学校教科書株式会社‑,必要な数 学の教科書について何も話がいっていないのだと,個人的な見解を述べた.この間題は,教科書 局長の有光と近々話しをしなければならない.

教科書の編集が始まろうとしていた10月30日,文部省教科書局と教科書出版会社の間 の意思疎通が欠けていたというトラブルがあり,和田はそれを嘆いている.

この記述は,新制高等学校の数学教科書の著作権は,文部省外の中等学校教科書株式会 社にあるものの,教科書の内容選定に関しては,数学教科書の編集長である和田やその委 員から直接の指示がなされていたことを示している.新制高等学校の数学教科書は,中等 学校教科書株式会社発行の1種類だけであり,文部省の数学教科書編集委員会の編集方針 が厳格に表れていると見るのは必然で,この検定教科書が,新制高等学校数学科の教科内 容を定めたものとして重要な意味を持つことに変わりはない.

ドキュメント内 新制高等学校数学科の成立過程 (ページ 140-144)