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新保の秋祭りにおける獅子舞 ―― 今後への「継承」(南谷綾香)

南谷 綾香 はじめに

私はかねてから、地域の行事や年中行事に関心があった。調査地が決まってから、氷見 の年中行事について調べたところ、氷見は獅子舞がとても盛んな地域であることを知った。

私の出身地である石川県羽咋郡にも獅子舞は存在するが、氷見の獅子舞とは囃子に使われ る楽器や天狗の舞などの様子が全く異なるようであった。さらに、私の住んでいる町の隣 町の獅子舞が氷見から伝わったものであると知って、ますます興味をひかれた。氷見では、

現在でも100以上の獅子舞が現存し、9月の秋祭りの時期には毎週のようにどこかで獅子が 舞っていることにも、魅力を感じた。私は獅子舞についての知識がほとんどなかったが、

獅子舞について調べていくうちに獅子舞がとても興味深いものであると感じるようになっ た。そこで獅子舞を調査の題材とすることに決め、地域の獅子舞がコミュニティにおいて どのような役割を持つものであるのか、そして獅子舞はこれまでどのように変化し継承さ れてきているのかを調査テーマとすることにした。今回は新保という地区を調査地として、

上記のテーマについて調査した。

1. 調査地概要

1-1. 新保

新保は氷見市中心部から車で国道415号線などを通って約20分の、石川県との県境近く に位置する地区である。現在新保は氷見市に編入されているが、1953 年(昭和 28年)ま では、論ろんでん・熊くまなし・谷屋た に や・中村の4つの地区とともに、1889年(明治22年)に編成され た熊無村に属していた。かつての生業は農業が中心で、現在も地区には田んぼが広がって おり、1991年(平成3年)からは集落営農が行われている。なお、新保の集落営農は氷見 市で最初に開始されたものである。

1933 年(昭和8年)には新保の戸数は45戸、人口は250 人であった。2013 年(平成 25年)12月の時点では、56戸、人口は204人(うち男性が88人、女性が116人)である。

新保の子どもたちは明和小学校に通っており、明和小学校は1963年(昭和38年)に論田 小学校と谷屋小学校が統合されて誕生した小学校である。

1-2. 神明社

新保の秋祭りで獅子舞が奉 の宮司をつとめているため、

があるごとに、祭事をとり行 迦具土ぐ つ ち神である。現在の場所 それまでは小字こ あ ざ後山というと いる)。新保にはかつて神明 いる。

写真1. 神明社

1-3. 新保の獅子舞

新保の獅子舞は、大正のお とされている。一時期途絶え

神明社

図1. 新保とその周辺の地図

奉納される神社は、神明社である。神明社の宮 新保に住んでいるわけではない。そのため、

行うために神明社に出向いてもらう。神明社の祭 所に鎮座されたのは1917年(大正6年)であると ところに鎮座されていた(この跡地は現在も社 明社とは別に火社があったが、明治の終わりに合

社 写真2. 獅子舞

おわりから昭和初期頃に、氷見市の十二町じゅうにちょうあた えていたが、1977年(昭和52年)に復活し、

宮司は複数の神社 祭りなどの行事 祭神は天照大神、

と言われており、

社地として残って 合祀ご う ししたとされて

舞道具

たりから伝わった 以後2013年(平

成25年)まで36年間続いて 戦後に合併して1組となった いたが、現在では、獅子舞を 新保地区の祭礼の日程は数 礼が行われていたそうである 週目の土曜日になっている。

とり行われたが、これは獅子 合わせてのことである。

1-4. 新保の獅子舞道具 次に、新保の獅子舞で使わ 写真4のカシラは約50年前 使われているカネであるが、

1(写真8、9)は3種類 後、右の採り物はそれ以外の 際に使用される。また、採り

写真3. 天狗の面

ている。かつて獅子組は2組あったが、青年団員 た。また、もともとは春祭りと秋祭りの年2回 をとり行うのは秋祭りのみである。

数回にわたり変化している。20年ほど前までは る。その後、9月の秋分の日の前日に変わり、現

2013年(平成25年)の祭礼は通常とは異な 子舞ミュージアムでその日に予定されていた実

われている道具について述べる。新保にはカシラ 前からあるという。太鼓(写真6)も二台ある。

年配の住民はこれを「ウラガネ」と呼んでい あり、写真8の左の長い採り物は「ヨソブリ」

の演目で使用され、写真9の採り物は「ニラミ り物の紙でできた房部分は毎年住民が手作りし

写真4. カシラ

員の減少のため、

回獅子舞を出して

は、9月19日に祭 現在では9月第4 なり、9月22日に 実演会(後述)に

ラが二頭あるが、

写真7は新保で いた。天狗の採り

という演目の最

」という演目の している。

写真5. 天

写真7. カ

写真9. 天狗の採り物

天狗のエボシ 写真6. 太鼓

カネ 写真8. 天狗の採

物 写真10. 提灯 鼓

採り物

2. 獅子舞と住民

2-1. 調査概要

新保での調査は、おもに2013年(平成25年)9月16日から9月22日の間に行った。9 月16日から20日にかけては、地区内の営農研修会館で獅子舞の練習を見学し、9月21日 には前日の準備と練習、9月22日には祭り当日の地区の様子と獅子舞ミュージアムでの実 演会を1日にわたり見学した。練習や祭礼当日の見学の際には、地区の住民や地区以外か ら祭礼を見に来ていた氷見市民からの聞き取り調査も行った。さらに、獅子舞文化におけ る観光の側面について知るために、市役所でも聞き取り調査を行った。

2-2. 獅子舞に携わる人びと 男性(青年団および壮年会)

現在の新保の獅子舞は、地区内の青年団と壮年会が協力し、継承している。青年団の人 数が少ないため、主体となっているのは壮年会である。いずれも地区の男性によって構成 されており、青年団は20代まで、青年団のOBにあたる壮年団は30代から50代までで、

現在の全体の人数は20名から30名である。青年団は、おもに天狗や獅子のカシラやカヤ の中などの「まわし方」を担っている。壮年会は、青年団と同様に獅子のカシラやカヤの 中に入るほか、練習の指導や当日の衣装の着付けなど、裏方の仕事も担っている。昔は「地 区の獅子舞は青年団のみで担っていた」ものだという。しかし、少子化や、進学や就職の ために若者が地区の外に出るようになったため、獅子舞の担い手はぐっと少なくなってし まった。壮年会が獅子舞の継続のためにこれほどまで協力する必要があるのは、そのため である。また、壮年会を引退して老人会に入っている住民も、囃子方として太鼓やカネの 演奏に加わるなどして積極的に協力しており、今では祭りには欠かせない存在となってい る。

女性

獅子舞は本来、男性のみのものとされており、女性の参加は認められていなかった。し かし近年では女性が獅子舞に参加している地域も少なからずみられ、新保もそういった地 域のひとつである。新保では囃子方の笛の演奏を、小学校の中学年ごろから中学生までの 女子が担っている。2013年(平成25年)の秋祭りには中学生3人、小学生4人の計7人 の女の子が参加していた。

青年団や壮年会に所属している男性の妻やその家族、婦人会に所属している女性は、獅子 舞には直接かかわることはないが、裏方として、料理や飲み物などの準備をする役割を担 っている。出される料理は特に決まってはいないそうだが、今年は注文したオードブルや

弁当に、手作りの温かいうどんや豚汁などが準備されていた。

2-3. 獅子舞の練習

新保では、獅子舞の練習は祭り当日から数えて約2週間から10日前に始まる。練習は、

神明社に隣接している新保営農研修会館で行う。営農研修会館は、新保における公民館で あり、地区で何らかの集まりがある際に住民が利用している施設である(写真11)。日中は 多くの住民が仕事などで忙しく、地区の外へ出たり家を空けているため、練習は夜に行わ れる。19時30分頃に壮年会の会長が営農研修会館の鍵を開け、部屋の明かりと外の照明を つける。その後20時頃になると地区の住民が集まりはじめ、練習が開始される。練習は基 本的には営農研修会館の屋外で行われている。

練習の準備は、先に研修館に到着した住民からはじめることになっている。獅子舞道具 一式は営農研修会館に保管されており、練習に使用する獅子のカシラやカヤ、天狗の道具、

カネや太鼓を外に出す。その後、集まった住民が太鼓をたたきだす。太鼓の音は地区の住 民へ練習のはじまりを告げる役割があり、太鼓の音が鳴り出すと多くの住民が営農研修会 館に集まりだす。

練習はある程度の人数がそろった時点で、集まった住民のみで開始される。まず、獅子 と天狗が各演目の動きを確認するために踊り、それに合わせて、カネや太鼓、笛が加わる、

といった具合で進む。経験者にとっての練習とは、天狗や獅子の動き、また、太鼓やカネ、

笛のはやし方と動きの合わせ方を確認する場であることはもちろんのこと、「新しく獅子舞 に参加する人や分からない人に対して教える場」でもあるという。今年、新保の獅子舞は 獅子舞ミュージアムでの実演会への出演を予定していたので、実演会で舞う演目の獅子や 天狗の動きの確認も丹念に行っていた。

練習は地区の子どもも参加しているため、21時頃にいったん切り上げる。21時になると 練習に参加した子どもたちに飲み物をくばり、すぐに子どもたちは帰宅する。その後大人 たちは営農研修会館の中へ入り、飲み物やおつまみを出して、祭りなどについて話し合い をかねて一休みする。また、練習中や練習後には祭りに使用する道具や角行灯などの準備 も行われていた。解散の時間は特に決まってはいないが、次の日に仕事がある住民が多い ため、24時を過ぎるまでにはだいだいの住民が帰宅する。秋祭りと実演会の前日は、21時 を過ぎても動きの確認をしていた。