(H23年6月~)
4) 新しい技術の進歩に「費用vs効果」
↑
限られた医療資源を有効に活用する
「医療資源が限られている場合に優先度を考ない」方法はあり得ない!
医療資源の配分にはきっと優先度を!
選択肢は既に 限られている!→
人の命は平等である。しかし、これからの医療提供について「資源は限られている」
ここにおける医療倫理、職業倫理は・・・?
医療の倫理を”従前とおなじように”とやかく言っても、
財政が破綻したのでは本(もと)も子(こ)もない!⇔ 将来に禍根を残さない!
←やれることは このくらい
だろう!
良い医学
理想的な医師
良い関係
医師
安寧 において
秋葉悦子:人工延命処置の差控え・中止(尊厳死)論議の意義と限界.甲斐克則編:終末期医療と医事法,信山社,2013,p.115
決定する者
指導原理 良い患者
プレモダニズム 医の倫理
モダニズム 生命倫理学
ポストモダニズ 組織倫理学
イタリア国立高等保健研究所 ペトリーニ 博士
「 」
医療の本質と社会のあり方など
私たちが提供している医療は、しばしばチーム医療と呼ばれる。そして、チーム医療が幾重 にも重なって複数の有機的なチーム医療が展開する。つまり病院の医療も、地域で展開する 多くの医療も「組織的な医療」である。加えて、よく「安全・安心な医療」というが、安全とは「飛行 機が何回飛んで何回落ちる。だからこのくらいは安全である」などの言い方から理解できるよう に、安全とはサイエンスの領域で、「だから飛行機には乗りたくない」または「でも乗る」は心の 問題である。安全と安心は、科学と感情の関係であり、これは説明と納得についても同じであ る。つまり、私たちの職場は、理と情とがシンクロして展開していて、そのような状況が組織的 な医療のなかで日々進行している。
医学・医療の進歩は既に医療者個々の容量を遥かに凌駕し、また益々増加する高齢患者は しばしば複数の医学的、社会的な課題を背負っている。これらのことから、多くの職種・医療者 によるチーム医療は今や必然である。職業倫理的なセンスで言うなら、まずはその患者の人と しての尊厳に鑑みて「その患者にとって最もよいと思われる医療を提供しよう」となり、現在得 られるベストの方法論として「だからチーム医療を行おう」となるに違いない。しかし、医療資源 には限りがあって、例えば東京では緊急性が高そうな
119番通報にはポンプ車
(赤い車
)も同時 に出動させている。これが日に
300件以上あって、救急車が出払っている状況からもポンプ車 の先着が功を奏する事例も多数知られている。そのような厳しい現状から、救急電話相談事
業
(#
7119)が開始されている。いずれは
119番通の内容から緊急性の判断によって救急車の
出動という資源の投入に「強弱をつける」方法も広めるべきかと思われる。これは「急ぐべきは 急ぎ、待つべきは待つ」社会規範であると言えよう。
科学と情動とがシンクロする組織的な医療の実践は、我々の臨床倫理とも軌を一にするが、
これらに加えて、「社会資源の公正な分配」ないし「社会のあり方」という「正義」からも医療を もう一度考えるべきかと思われる。
(
有賀徹:週間日本医事新報
2015年
1月
,炉辺閑話
)チーム医療と看護学・看護の役割について考える
昨年
4月から筆者は、昭和大学医学部附属看護専門学校の学校長を兼務していて、看護学
ドキュメント内
スマートエイジング普及研究会烏山在宅医療連携塾
(ページ 163-166)