6.2.1 一般化されたグリーソンの定理とその帰結
ヒルベルト空間上の射影作用素P(H)についてのグリーソンの定理は,フォン・ノイマ ン代数に属する射影作用素P(R)へと一般化された(文献[22]のChapter 5を参照).代 数的場の量子論では,ミンコフスキー空間R4 =R×R3におけるそれぞれの有界開集合 Oにフォン・ノイマン代数R(O) が結び付けられる.その領域上で測定可能な量がなす フォン・ノイマン代数である.一般化されたグリーソンの定理は,そのようなフォン・ノ イマン代数に属する射影すべての集合P(R(O))にたいしても適用可能である.
5章でP(H)上の有限加法的真理値付与を定義した.その概念を,改めて,P(R)上で 定義しよう.
*53ここで,R上の線形汎関数ρとは,Rから係数体(複素数)Cへの関数ρで,(i)任意のA, B∈ Rにつ いてρ(A+B) =ρ(A) +ρ(B)と(ii)任意のA∈ Rおよび任意のα∈Cについて,ρ(αA) =αρ(A) を満たすものである.
定義 15. 次の条件を満たす,P(R) から{0,1}への写像 µを有限加法的真理値付与と いう.
1. 単位作用素I について,µ(I) = 1である.
2. 直交する任意の射影P, Q∈ P(R)について,µ(P +Q) =µ(P) +µ(Q)である.
さて,北島 [30]は,一般化されたグリーソンの定理と代数的場の量子論におけるある 数学的事実(文献 [4]のCorollary 1.11.6)を用いて次の命題を示した(文献 [30]の定理 5.2とその次の段落を参照).
命題 6. ミンコフスキー空間 R4 = R ×R3 における任意の有界開集合 O について,
P(R(O))上の有限加法的真理値付与は存在しない.
有限次元ヒルベルト空間において,スペクトル規則とFUNC を満たす自己共役作用素 への値の付与は,P(H)上の有限加法的真理値付与と,1対1に対応するのだった.命題 6は,有界時空領域上で測定可能な物理量がなすフォン・ノイマン代数において,すべて の物理量に確定した値を付与できないことを意味すると解釈できる.
6.2.2 P(R)の文脈依存型ブール表現
4章で文脈依存型の確定値付与という考え方を説明した.本小節では,この考え方を,
数学的に厳密に定式化する.
文脈依存型の確定値付与という考え方には,二つのバージョンがあった.一つはファ ン・フラーセンによるもので,物理量は文脈ごとに真なる物理量へと分裂するのであっ た.もう一つはベルによるもので,物理量は分裂こそしないが,文脈ごとに異なる値をも つのであった.これから行う数学的定式化はどちらのバージョンを表現したものとしても 解釈できる.
定義 16. Rをフォン・ノイマン代数とする.Rの可換部分フォン・ノイマン代数からな るある族をRの文脈集合と呼び,その要素を文脈と呼ぶ.
4 章の議論では,文脈を自己共役作用素によって表した.一方,ここでは文脈を可換 フォン・ノイマン代数で表している.だが,事実5の直後で述べたように,自己共役作用 素X は可換フォン・ノイマン代数{X}00 を生成し,そのうえ,事実7で述べたように,
可換フォン・ノイマン代数にはそれを生成する自己共役作用素が存在するのだった.よっ て,本質的な違いはない.また,現時点では,Rの文脈集合としていかなる可換部分フォ ン・ノイマン代数をとるのかについては,なにも言及していないことに注意してほしい.
定義 17. F はフォン・ノイマン代数 R の文脈集合であるとする.次の条件を満たす (B,{rV}V∈F)を,∪V∈FP(V)の文脈集合F の下でのブール表現と呼ぶ.
1. Bはσ-完備なブール束である.
2. それぞれのV ∈ F について,写像rV : P(V) → B は単射であるσ-準同型写像で ある.
3. F に属する任意のフォン・ノイマン代数 V,W について,V ⊆ W ならば rV = rW ◦hVW である(ただし,ここで写像 hVW : P(V) → P(W) は, それぞれの P ∈ P(V)についてhVW(P)≡P と定義される包含写像である).
4. ∪V∈FrV(P(V)) は Bをσ- 生成する*54.
X とY は文脈V に属する自己共役作用素であり,そのうえX はY の関数である(す なわち,あるボレル関数 f が存在し X = f(Y) である)とする.さて,よく知られて いるようにX とY のスペクトル射影について次のことが成立する.任意のボレル集合 E ∈B(R)について,
PEX =PfY−1(E)
である.すると,明らかにrV(PEX) = rV(PfY−1(E)) となる.このことは,各文脈におい てFUNC が成立することを意味する.これは4章で述べた「文脈内のFUNC」に該当 する.
上述の条件3で仮定したように,二つの文脈間に包含関係V ⊆ W があるとする.引き 続き自己共役作用素X とY は関数的関係X =f(Y)にあるのだが,今回はX はV に , Y はW に属するとする(もちろん,文脈間の包含関係からX ∈ W でもある).さて,3 番目の条件が成立すると,任意のボレル集合E ∈B(R)について,
rV(PEX) =rW(PEX) =rW(PfY−1(E))
でなければならない.この条件によって,ブール表現から,自明で興味のもてないモデル が排除される.例えば,フォン・ノイマン代数Rに属するすべての自己共役作用素X そ れぞれについて,X 自身を含む最小の可換部分フォン・ノイマン代数{X}00 を考えよう.
証明は省くが,そのように構成された可換部分代数すべてからなる集合を文脈集合とす る,条件3以外のすべての条件をみたすモデルは存在する.そのような数学的には自明で あるものの面白みに欠けるモデルは,3番目の条件によって排除される.
*54Bは∪V∈FrV(P(V))を含む最小のσ-完備なブール束であるということ.
モンチンスキー( [32]のTheorem 4.4)は,ヒルベルト空間H上のすべての射影作用 素からなる集合P(H)は極大オブザーバブルすべてからなる集合を文脈集合としてその 下でブール表現可能であることを証明した*55.さて,モンチンスキーと同じ方法で,次 の命題を示すことができる.
命題 7. (モンチンスキーの定理と証明に基づく容易な一般化)
F は,フォン・ノイマン代数 Rの極大可換フォン・ノイマン部分代数すべてからなる族 であるとする.そのとき,∪V∈FP(V)の文脈集合F の下でのブール表現が存在する.
証明の概略をみる前に,それに必要な概念,ブール束の自由σ-積(free σ-product)を導 入しよう.{Bt}t∈T はσ-完備なブール束からなる族であるとする.次の条件を満たすと き,(B,{ft}t∈T)を{Bt}t∈T の自由σ-積(free σ-product)という(以下の定義は文献[15]
のp. 318による.).
1. Bはσ-完備なブール束である.
2. それぞれのt ∈ T について,写像 ft : Bt → Bは,単射である σ-準同型写像で ある.
3. 任意の(C,{gt}t∈T) (ここで,C はσ-完備なブール束,gt :Bt → C はσ-準同型写 像)について,各t ∈T についてgt =g◦ft となるσ-準同型写像g :B → C が一 意存在する.
σ-完備なブール束からなる任意の族について,その自由σ-積は同型なものを除くと一意 存在することが知られている(証明については文献 [42]のSection 38を参照).
さて,命題7は次のようにして示すことができる.そこで仮定しているように,文脈集 合F は,フォン・ノイマン代数Rの極大可換フォン・ノイマン部分代数すべてからなる 族であるとする.前段落の議論より,σ-完備なブール束の族 {P(V)}V∈F の自由 σ-積が 存在する.実は,その自由σ-積自体が,∪V∈FP(V)の文脈集合F の下でのブール表現と なっている.まず,ブール表現の四つの条件のなかで,条件1と2を満たすことは自明 である.条件3を満たすことも,明らかである.なぜなら,異なる極大可換フォン・ノイ マン代数の間に包含関係が成立することは,その極大性の定義に反するからである.最後 に,条件4であるが,自由σ-積の3番目の条件は∪t∈Tft(Bt)がBをσ-生成するという ことと同値である(証明については,文献 [15]のp. 319を参照).よって,条件4も満
*55正確には,極大オブザーバブルごとに文脈を考える必要はない.同一のスペクトル射影をもつ極大オブ ザーバブルからなる集合ごとに文脈を考えれば十分である(2.1.6節の脚注10参照).
たされる.
フォン・ノイマン代数 Rに属するすべての自己共役作用素について文脈依存型の確定 値付与を考える場合,Rに属するどの自己共役作用素にも,それが属する文脈が少なくと も一つは存在しなければならない.Rに属するどの自己共役作用素にも,それが属する 極大可換フォンノイマン部分代数が存在する.よって,文脈集合として,R の極大可換 フォン・ノイマン部分代数すべてからなる族をとると,Rに属するすべての自己共役作用 素に値を付与できる.ただし,もしそのようにとった文脈集合から極大可換フォン・ノイ マン部分代数が一つでも欠けると,どの文脈にも属さない自己共役作用素(当該の極大可 換フォン・ノイマン部分代数を生成する自己共役作用素)が存在することになる.要する に,Rの極大可換フォン・ノイマン部分代数すべてからなる族を文脈集合とするのは,R に属するすべての自己共役作用素に値を付与するうえで,必要最小限の文脈集合のとり方 なのである.以下では,文脈集合のこのとり方を採用して議論を進める.