2.2.1 サボー=レデイ問題
サボーは命題1で述べた諸条件を満たすモデルを実際に構成した.その命題の条件5を 思い出してほしい.そこでは,ある特定の条件付相関の共通原因と,その相関が生じうる 測定設定とが,統計的に独立であるよう要請されていた.ただしその要請を満たしても,
次の要請を満たすとは限らない.(次の条件はあえて少々直感的に述べられている.あと で厳密に定式化する.)
サボー=レデイ条件
{CXY |X =A, A0;Y =B, B00} ∪ {(CXY)⊥ |X =A, A0;Y =B, B00} が生成するσ 完 備なブール束の任意の原子元Z は,二つの測定装置の設定と統計的に独立である.
サボー自身とレデイが正しく指摘するように,サボーが構成したモデルはサボー=レデ イ条件を満たさない([46]のch. 8,[39]のch. 6参照).これから,サボー=レデイ条件 の厳密な定式化,その意味と必要性,さらには定式化された条件を満たす共通原因モデル の存在,非存在について考察する.そのようなモデルが存在するのか否かは,サボーとレ デイが未解決問題と呼んだものである.次の三つの点に留意しつつ,この問題について考 察する.
1. 相関の遮蔽因子の一般化 ライヘンバッハを強く意識して,サボーはモデルを構成し た.よってそのモデルにおいて,条件付相関の遮蔽因子は,要素が2つの集合 {CXY,(CXY)⊥}であり,サボー=レデイ条件もその集合を用いて述べられてい
る.だが以下では,条件付相関 4xy(XY)の遮蔽因子{CiXY}i∈IXY は,より一般 に可算集合である(要するにインデックス集合IXY は可算集合)とする.
2. 測定装置は三つのパラレル設定をとりうる これまで,一方の粒子(粒子1)の装置が とりうる設定はaかa0,もう一方の粒子(粒子2)の装置がとりうる設定はbかb00 であるとして議論を進めてきた.これからはそれらの設定に,粒子1にはa00 を粒 子2にはb0 を加え,それらはθab = θa0b0 = θa00b00 = 0を満たすとする.要する に,対をなす2粒子にたいし,回転軸が平行(パラレル)なスピン成分を3つずつ 測定可能であるとする.
新たな測定設定を加えたので,古典確率空間(B, P)とその性質(28頁参照)につ いて少々手直しを要する.ただし,確率空間をどのように修正すればよいかは,明 らかだろう.今後は,その修正された確率空間を改めて(B, P)と呼ぶ.(B, P)の 性質についてだが,式の形式自体は28頁で述べたままでよい.(x, X)と(y, Y)が とりうる値の範囲を,
(x, X) = (a, A), (a0, A0), (a00, A00) (y, Y) = (b, B), (b0, B0) (b00, B00) のように変更する.
また,今後この章では,(B, P)において,次のことを仮定する.
• P(x)6= 0 (x =a, a0, a00)およびP(y)6= 0 (y=b, b0, b00).
• P(a) +P(a0) +P(a00) = 1およびP(b) +P(b0) +P(b00) = 1.
• P(xy) =P(x)·P(y) (x=a, a0, a00; y=b, b0, b00).
3番目の仮定について少し説明を加えたい.これによって,2粒子それぞれの測定 装置の設定は統計的に独立である,ということが仮定される.仮に統計的に独立で ないならば,その非独立性を用いて量子力学的相関を説明するモデルが構成される かもしれない.しかし,そのようなモデルに興味はないだろう*20.なぜなら,そ のようなモデルが存在しても,二つの装置の設定が独立である場合(ベルタイプの 不等式が実際に実験された状況)におけるモデルの存在・非存在についてなにも教 えてくれないからである.
3. サボー=レデイ条件の厳密な定式化 サボー=レデイ条件における「原子元Z は,二 つの測定装置の設定と統計的に独立である」という表現を次の2通りに解釈し,そ れぞれ満たす共通原因モデルの存在,非存在について考える.
*20ちなみに,サボーが実際に構成したモデルでは二つの装置の設定は統計的に独立である.
C-独立性I {CiXY(i∈IXY)|X =A, A0, A00; Y =B, B0, B00}によって生成され るσ完備なブール束C の任意の原子元Z について
P(Zxy) =P(Z)·P(xy) (x=a, a0, a00; y =b, b0, b00) である.
C-独立性II {CiXY(i ∈ IXY) | X = A, A0, A00;Y = B, B0, B00}によって生成さ れるσ 完備なブール束C の任意の原子元Z について
P(Zx) =P(Z)·P(x) (x=a, a0, a00), P(Zy) =P(Z)·P(y) (y=b, b0, b00).
である.
「サボー=レデイ条件の厳密な定式化」について説明したい.2つのC-独立性はとも に,C の原子元が満たすよう要請された条件である.だが,C-独立性II を例に説明する と,C の原子元(に対応する事象)が粒子1,粒子2それぞれの装置の設定と統計的に独 立であることと,C の任意の元(に対応する事象)が粒子1,粒子2それぞれの装置の設 定と統計的に独立であることは,同等である.このことは,原子元の定義と加法性から直 ちに明らかである.よって,C-独立性I,IIを満たすことは,それぞれ,その条件で述べ られた等式をC の任意の元が満たすということと同じである.
C-独立性 I は II より強い条件である.実際,前者が成立すると仮定すると,例えば P(xZ)(ここで,Z はCの原子元)を次のように式変形できるが,そのことから後者が成 立することがわかる.
P(xZ) =P(xbZ) +P(xb0Z) +P(xb00Z)
={P(xb) +P(xb0) +P(xb00)}P(Z) [C-独立性Iより]
=P(x)P(Z).
実は,サボーとレデイが未解決問題を提示したとき,彼らが考えていたのはC-独立性 IIに該当する条件であった.そこで,次節における議論のようにC-独立性Iを課す場合,
彼らが提示した問題を考察するのに,彼らが考えていた条件より強い制約を課すことにな る.理由は二つ後の段落で述べるが,著者はC-独立性IIよりI のほうが適切な要請だと 考えている.
それにしても,なぜ,C-独立性を満たす必要があるのだろうか.以前も利用した次の図 を用いて説明しよう.時空領域R1 において粒子1のスピンa成分の測定が,R2 におい
t
R1 R2
R12
図5
て粒子2のスピンb 成分の測定が行われるとする.繰り返しになるが,R1 とR2 におい て生じる2つの事象に共通の原因というものが存在するならば,それは,R1 とR2 の過 去光円錐の共通部分R12において生じる事象であろう.すると,条件付相関4ab(AB)の 遮蔽因子{CiAB}i∈IAB に属するどれか一つの事象CkAB が,R1 とR2 の過去光円錐の共 通部分R12において生じることになる.だが,R12においてCkAB が生じたあとでも,測 定する物理量を変更できる.そこで,各粒子の測定設定と原子元にあたる事象が統計的に 独立であるという,C-独立性を要請するのである.
では,C-独立性IとIIの違いはなんだろうか.すでに述べたように,IはIIより強い.
そこで,IIは満たすがIは満たさないことがありうる.もっとも興味深い違いが生じるの は次の数学的事実が具体化する状況であろう.
事実 1. 粒子1と粒子2,それぞれにたいする測定装置の設定が統計的に独立であり(す なわちP(xy) =P(x)·P(y)),そのうえ,C-独立性II を満たす(P(xZ) =P(x)·P(Z)) とする.そのとき,C-独立性Iを満たさない(P(xyZ)6=P(xy)·P(Z))ならば,P(y | xZ)6=P(y |Z)である.
Proof. 測定装置の設定が統計的に独立であること,およびC-独立性IIを満たすことを仮
定して,対偶,すなわち「P(y |xZ) =P(y |Z)ならば,P(xyZ) =P(xy)·P(Z)であ る」ことを示す.
P(xyZ) =P(y |xZ)·P(xZ)
=P(y |Z)·P(xZ) [対偶における前件より]
=P(y |Z)·P(x)·P(Z) [C-独立性IIより]
=P(y)·P(x)·P(Z) [C-独立性IIより]
=P(xy)·P(Z) [装置の設定の統計的独立性より]
よって,題意が示された.
すでに述べたように,サボーとレデイが問題を提示したとき,考えていた条件は C-独 立性II に該当するものであった.彼らが提示した問題を彼らが与えたものより強い条件
(C-独立性I)のもとで考える場合,それ相当の根拠が必要だろう.事実1はその根拠を与 える.C の原子元のどれか一つに対応する事象が R12 において生じるとしよう.もしC -独立性IIは満たすがI を満たさない場合,その事象が生じた後に,粒子1の装置の設定 を変えると,粒子2の設定の確率に変化が生じることになってしまう.
以上のことは,C-独立性II だけでなくI も満たすべきと考える強い根拠を与える.し
かし次の2.2.2節において,いくつかの適切な条件のもとではC-独立性Iを満たす共通原
因モデルが存在しない,ということが数学的に示される.もし共通原因アプローチを続け るならば,なんらかの条件をなくすか,弱める必要がある.そこで,2.2.3節では,C-独 立性IIを満たす共通原因モデルの存在可能性について考察する.C-独立性Iを除き2.2.2 節と同一条件のもとで,C-独立性IIを満たす共通原因モデルが存在しない,ということが 数学的に示される.
2.2.2 C-独立性Iを満たす共通原因モデルは存在するか?
本節では,次の問題に数学的議論により否定的解答を与える.(また,下の問題で古典 確率空間(B, P)と述べるとき,その確率空間における性質(28頁参照)と,その確率空 間における仮定(34頁参照)が成立していることを含意する.)
問題 1. 1重項状態にある粒子対について,各測定装置が,パラレル設定(θab =θa0b0 = θa00b00 = 0)をなす三つのスピン成分(a, a0, a00; b, b0, b00 の三つのパラレル設定)を測定 可能であるとする.そのとき,古典確率空間(B, P)を,次の三つの要請を満たす遮蔽因 子を含む古典確率空間( ˜B,P˜)へと拡張できるのか?
共通原因 {CiXY}i∈IXY は条件付相関4xy(XY)の遮蔽因子である.
非局所的文脈-独立性 P(X |xy CiXY) =P(X |x CiXY) P(Y |xy CiXY) =P(Y |y CiXY)
C-独立性I {CiXY(i ∈ IXY) | X = A, A0, A00; Y = B, B0, B00}によって生成される σ 完備なブール束C の任意の原子元Z について
P(Zxy) =P(Z)·P(xy) (x=a, a0, a00; y=b, b0, b00) である.
前章においても(すなわち,共通の共通原因アプローチにおいても),「共通原因」,「非 局所的‐文脈独立性」という条件の呼び名を用いた.同じ名で呼ばれる二つの条件は,「共 通の共通原因」アプローチと「共通原因」アプローチという一点を除くと,根本となる考 え方に違いはない.そこで,対応する条件を同一の名前で呼ぶ.
さて,一般に次のことが成立する.二つの事象 E1 とE2 の間に完全(反)相関があ るとしよう.すなわち,P(E2 | E1) = P(E2⊥ | E1⊥) = 1 である(反相関の場合は,
P(E2 |E1) =P(E2⊥ |E1⊥) = 0であり,よってP(E2⊥ |E1) =P(E2 |E1⊥) = 1である)
としよう.そのとき,よく知られているように,その相関の遮蔽因子{Ci}i∈I が存在する ならば,任意のi∈I について,P(E1 |Ci)とP(E2 |Ci)の値は必ず0か1となる(例 えば,文献[48]の4.3節参照).
いま,粒子対にたいし,三つパラレルなスピン成分を測定できる状況について考察して いた.すると,もし粒子対が「1重項状態」にあるならば,同一スピン成分の測定結果は 完全反相関の関係にあることになる.すると,次の事実が成立することは当然のことで ある.
事実 2. 1重項スピン状態にある粒子対にたいし同一スピン成分を測定する(すなわち,
粒子1についてはSx を,粒子2 についてはSy を測定し,ただしθxy = 0 である)と し,その条件付相関 4xy(XY) の遮蔽因子{CiXY}i∈IXY が存在する(すなわち,共通 原因が成立する)とする.さらに,非局所的文脈‐独立性が成立するとする.そのとき,
P(CiXY)6= 0である任意のi ∈IXY について,
P(X |xCiXY) =0 かつ P(Y |yCiXY) = 1 あるいは
P(X |xCiXY) =1 かつ P(Y |yCiXY) = 0
となる.そのうえ,
CX ≡ ∨i∈IX CiXY (ここで,IX ≡ {i∈IXY | P(X |xCiXY) = 1 }), CY ≡ ∨i∈IY CiXY (ここで,IY ≡ {i∈IXY | P(Y |yCiXY) = 1 }).
と定義すると,P(CXCY) = 0 かつP((CX)⊥(CY)⊥) = 0となる.
Proof. P(CiXY)6= 0である任意の i ∈IXY について,次の等式が成立する*21.
*21細かい点になるが,本文でこれからみる式変形2番目の等号で条件付確率の定義可能性について疑問をも