2.4.1 数値実験
E(2)◦ は式(7)のようにポテンシャル的な出自を持つので、エネルギーの値を減らすように結び目を変形させる 数値実験に適しており、E◦(2) 及びその一般化を用いて結び目(及び絡み目)を美しい形に変形していくプログラ ムがいろいろな人達によって作られている。(お薦めは、Scharein ([S])による KnotPlot9である。)その結果の 一部はウェブ上公開されていて、筆者のホームページ[O]からリンクされている。
数値実験では、折れ線結び目の空間(有限次元になる)上にエネルギーを定義し、最初に入力した折れ線結び 目を、エネルギーを減らすように変形させていく。滑らかな結び目のエネルギーを定義したときと異なり、折れ線 結び目のエネルギーを定義するときには、繰り込みは必要ないので、エネルギーとして∑
i̸=j|vi−vj|a(だたし viは折れ線結び目の頂点)を任意のa∈Rに対して考えることができる。実際には結び目をある程度滑らか保つ ために、全二乗曲率(これは結び目が弾性体でできているときの弾性エネルギーと比例する)を加えたものをも ちいることもある。
図2.4.1で、Kusnerと Sullivanが数値実験で得たE◦(2)-最小元とその値を、小さい方から順に挙げる。立体的 に見える図がホームページ[Kus]で公開されている。
未解決問題 2.52 全空間の計量をS3のものにした実験は予想2.16の観点からも興味あるが、現時点ではないよ うである。
2.4.2 折れ線結び目のエネルギーの漸近挙動
次に、E(α)に対応する有限次元版を定義しよう。これはもちろんコンピュータによる数値実験で使われるもの であるし、また理論上でも勾配の計算など頂点の数を+∞に飛ばすと分かりやすいこともあるので有用である。
定義 2.53 二つの点電荷間のCoulombの反発力が二点間の距離の α+ 1乗(α≥1) に反比例するいう仮定の下 で、結び目h(S1)上に弧長で計って等間隔に n点取り、各点の上に電荷を 1n だけ載せたn 頂点折れ線結び目の
「r−α型修正静電エネルギー」の2倍をEˆn(α)(h)とする。すなわち、
Eˆn(α)(h) = 1 n2
∑
i̸=j
1
|h(ni)−h(nj)|α.
9現在は有料になってしまった。
図17: Kusner とSullivanが数値実験で得たE(2)◦ -最小元とその値
Eˆn(α)(h)は n→ ∞で発散する。この発散の漸近挙動を調べよう。E(α)(h)の二重積分を S1×S1 を n×n個に 等分して具体的に書き下すと、その主要項に対応するものがEˆ(α)(h)となるので、E(α)(h)の発散を打ち消す引 き算項に対応する部分のn→ ∞での漸近挙動を調べればよい。
C をオイラーの定数
C= lim
n→∞
( 1 +1
2 +· · ·+1
n−logn )
. とし、ζ(α)をリーマンのゼータ関数とする。
命題 2.54 Eˆn(α)(h)のn→ ∞ での漸近挙動はαが整数か否かに応じて次で与えられる。ここで∼は両辺の差が n→ ∞ で0 になることを意味する。
• α= 1 の場合は
Eˆn(1)(h)∼E(1)(h) + 2( logn
2 +C)
• 1< α <3 の場合は
Eˆn(α)(h)∼E(α)(h) + 2 (
ζ(α)nα−1− 2α−1 α−1
)
• α= 3 の場合は
Eˆn(3)(h)∼E(3)(h) + 2(
ζ(3)n2−2) +1
4 (∫
S1|h′′(x)|2dx) ( logn
2 +C)
• 3< α <4 の場合は
Eˆn(α)(h)∼E(α)(h) + 2 (
ζ(α)nα−1− 2α−1 α−1
) + α
12 (∫
S1|h′′(x)|2dx ) (
ζ(α−2)nα−3− 2α−3 α−3
)
• α= 4 の場合は
Eˆn(4)(h)∼E(4)(h) + 2 (
ζ(4)n3−8 3
) +1
3 (∫
S1|h′′(x)|2dx )
(ζ(2)n−2) +1
3 (∫
S1
(h′′(x), h(3)(x))dx) ( logn
2 +C) 以下同様。オイラーの定数はαが整数の場合のみ登場する。
特に
Eˆn(2)(h)∼E(2)(h) +π2 3 n−4 となる。
Eˆ(α)n (h)をnで展開すると、まずnのみの関数が現れ、次にhに依存する項が現れる。この中で一番強いのは、
(αの値の如何に拘わらず)全二乗曲率である。曲線の全二乗曲率は、Bernoulli-Euler理論により、弾性体の(ね じれではなく)たわみのエネルギーである。この意味で全二乗曲率汎関数の臨界点となる閉曲線は興味がある。
Langer and Singer showed
定理 2.55 ([La-Si1, La-Si2, La-Si3])
(1) Iff is a closed planar elastica thenf is equal to the circle or a figure eight which is unique up to similarity or a multiple cover of one of these two.
(2) The knot types of non-planar closed elasticae are (p, q)-torus knots withp >2q.
(3) The only stable closed elastica in R3 is the singly-covered circle.
T. Kawakubo ([Kawak1]) takes the twisting energy into consideration. He studies his functional on the space of framed knots, where the framing is not necessarily Z-valued. He obtained a local solution of its Euler-Lagrange equation and showed that the non-trivial knot types of critical points of his functional are again torus knots.
未解決問題 2.56 α≥3とする。結び目型[K]の中でEˆ(α)n を最小にするもののn→ ∞の(ある位相、例えばC0 -位相に関する)極限があればそれをK∞(α)とおく。このとき、次を示せ:
(1) K∞(α)は[K](ある位相に関する[K]の閉包)の中で全二乗曲率の最小を与える。したがってK∞(α)はαに依 存しない。
(2) K∞(α)は円周の多重巻きである。
レポート問題 2.57 半径1太さr(0< r <1) のトーラス上のtrefoil
τr(θ) := ((1 +rcos 3θ) cos 2θ,(1 +rcos 3θ) sin 2θ, rsin 3θ)
を長さ1になるように正規化したものをhrとおく。E(3)(hr)とhrの全二乗曲率をrの関数だと思って、数値実験 によりそのグラフを作れ。nに対し、Eˆ(3)n (hr)を最小にするrをr(n)とおく。r(n)のn→ ∞での挙動を調べよ。
3 メビウス幾何学からの視点
3.1 複素球面の無限小非調和比
C∪ {∞}の順序付られた4点z1, z2, z3, z4の非調和比は (z1, z2, z3, z4) := z1−z3
z1−z4
: z2−z3
z2−z4
で与えられる。これは、z1, z2, z3, z4を順に1,0,∞に写す一次分数変換のz1の像である。
• 一次分数変換は非調和比を変えない。従って、C∪ {∞}のメビウス変換は、向きを保つときに非調和比を変 えず、向きを逆にするとき、非調和比をその複素共役に写す。
• (z1, z2, z3, z4)∈R⇐⇒z1, z2, z3, z4 が同一円上または同一直線上
• 非調和比はC∪ {∞}の順序付られた4点の、向きを保つメビウス変換に関する本質的に唯一の不変量。
3.1.1 幾何学的な定義
複素平面上の4点w, w+ ∆w, z, z+ ∆z の非調和比は (w+ ∆w, z;w, z+ ∆z) = (w+ ∆w)−w
(w+ ∆w)−(z+ ∆z) : z−w
z−(z+ ∆z)∼ ∆w∆z (w−z)2. となる。そこで、
定義 3.1 C×C\ △上の二次微分形式ωcr を、(w, z)をC×Cの座標として、
ωcr= dw∧dz (w−z)2
で定める。このωcr はC=C∪ {∞} ∼=P1 として、対角成分△上に2位の極を持つP1×P1 の有理二次形式と も思える。これを複素球面の無限小非調和比と呼ぶことにする。
複素球面の無限小非調和比の実部と虚部はともに完全形式である:
d (
ℜe dw w−z
)
=d (
ℜe dz z−w
)
=−ℜeωcr, d (
ℑm dw w−z
)
=d (
ℑm dz z−w
)
=−ℑmωcr.
注 3.2 後で見るように、無限小非調和比の実部はC×C\ △ ∼=S2×S2\ △ の完全形式に拡張するが、虚部は R2×R2\ △上では完全形式だが、S2×S2\ △上では閉形式だが完全形式にはならない。このことはℑmωcrを
C= {(
z,−1
¯ z
)
∈C×C\∆ : z∈C }
, で積分すると−2πという零でない値になることから分かる。
命題 3.3 この有理二次微分形式ωcr はC=C∪ {∞} の向きを保つメビウス変換T、つまり一次分数変換T(z) = (az+b)/(cz+d)(a, b, c, d∈C,ad−bc̸= 0) の対角作用
T×T :C×C∋(w, z)7→(T w, T z)∈C×C で不変。T が向きを逆にするときは、ωcr はその複素共役にうつされる。
w=u+iv, z=x+iyとして実座標を用いると、無限小非調和比の実部と虚部は次で与えられる:
ℜeωcr={(u−x)2−(v−y)2}(du∧dx−dv∧dy)
{(u−x)2+ (v−y)2}2 + 2(u−x)(v−y)(du∧dy+dv∧dx) {(u−x)2+ (v−y)2}2
=d (
−(u−x)du+ (v−y)dv (u−x)2+ (v−y)2
) ,
ℑmωcr=−2(u−x)(v−y)(du∧dx−dv∧dy)
{(u−x)2+ (v−y)2}2 +{(u−x)2−(v−y)2}(du∧dy+dv∧dx) {(u−x)2+ (v−y)2}2
=d (
−(u−x)dv−(v−y)du (u−x)2+ (v−y)2
) .
3.1.2 複素球面の無限小非調和比の双曲空間を用いた解釈
積分幾何学でのBanchoff-Pohl [BP]の結果のM¨obius幾何版(H3の測地線上にとった動標構から得られる1-form )
It will be sometimes useful to consider Cas the ideal boundary of Poincar´e half-space model of hyperbolic space. The reason behind is that hyperbolic motions induce M¨obius transformations on the boundary. Given (w, z)∈C×C\∆ we can consider the oriented geodesicℓwzwith ideal endpointsw, zat−∞,+∞respectively.
Let us choose (locally) for each pair (z, w) a pointo∈ℓwz⊂H3 and an oriented orthonormal framee1, e2, e3∈ ToH3 with respect to the hyperbolic metric ⟨ , ⟩. Then the differential 1-forms ωi = ⟨do, ei⟩ are (locally) defined inC×C\∆. Similarly, we have the connection formsωij=⟨∇ei, ej⟩where∇denotes the riemannian connection of H3. It turns out that dω1 is independent of the choice of the point o and hence of the frame.
Indeed, ifo′= expo(f·e1) is a second choice, one getsω′1=ω1+df. Similarly,dω23is independent of the choice of the frame (cf. [So, Prop.5]). Hence, dω1, dω23 are well-defined global forms on C×C\∆, invariant under orientation preserving M¨obius transformations. The structure equations of hyperbolic space yield
dω1=ω12∧ω2+ω13∧ω3, dω23=ω2∧ω3−ω12∧ω13.
Let us takeo= (u+x2 ,v+y2 , r)∈ℓwz, wherer=|z−w|/2 andw=u+iv, z=x+iyas before; i.e. omaximizes the third coordinate inℓwz. After a horizontal dispalcement we can assumev=y = 0 and−u=x=r. Then we can choose the framee1= (r,0,0), e2= (0, r,0), e3= (0,0, r)∈ToH3. Then,
ω2= 1
2r(dy+dv), ω3= 1
2r(dx−du), ω12= 1
2r(dy−dv), ω13= 1
2r(dx+du).
Therefore,
dω1= 2ℜeωcr, dω23= 2ℑmωcr.
3.1.3 無限小非調和比の低次元版
CをS2の曲線、{P, Q}をC上にない2点とする。
定義 3.4 Lのx∈Cにおける無限小非調和比Ω = ΩL(x)を、P, Q, x, x+dxの非調和比 ΩL(x) = P−Q
P−(x+dx) : x−Q
x−(x+dx) ∼ (P−Q)dx (P−x)(Q−x)
で定める。ただし、P, Q, x, x+dxはS2からC∪ {∞}への立体射影により複素数とみなす。
定理 3.5 Tを、S2からC∪ {∞}への立体射影で、Qを ∞にうつすものとする。P ,e x,˜ Ce を P, x,C のT によ る像とすると、無限小非調和比ΩL は、複素解析でおなじみの微分形式である、 dz
z−Pe
(z∈Ce)
の引き戻しに等 しい:
(T∗)−1ΩL= d˜x
˜ x−Pe.
系 3.6 Cを単純閉曲線とする。ΩLの実部ℜeΩLのC上の積分は0になる。ΩLの虚部ℑmΩLのC上の積分は、
Ceの点Peに関する回転数n(C,e P)(これはe “link”L={P, Q} ∪Cの絡み数と考えられる)の2πi倍と等しい:
∫
C
ΩL=
∫
CℑmΩL=
∫
Ce
d˜x
˜
x−Pe = 2πi·n(C,e Pe).