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 幼稚園内における幼児の活動を分けると、幼児が主体になって行う自発活動と教師 が選んだ課題を中心に行う課題活動に分けてみることが出来る。「教師の指導計画に

よる課題活動」から表題に掲げた教師の援助のあり方について考えてみると、造形活 動のねらいを効果的にするためには、保育観、ねらい、教材解釈、教師の教授方法が 大きく左右しているといえる。

 保育観とは、教師が幼児に幼稚園での生活を通してどのように育って欲しいのかと いう願いである。クラスの担任をもつ時に教師は、このクラスを「こんなクラスにし たい」という願いをもつはずである。

 例えば、一人一人がやさしい心をもつクラスに育てたいと担任が願いをもったとす る。このやさしい心を担任が、友達と仲良くしたり、おもちゃを貸してあげたりする ことのやさしさと捉えるのか、花を見て「きれいだな」と感じたり、友達の様子がお かしいと感じたら、「大丈夫?」と声を掛けたりと、やさしい心を広く捉えた場合で は、教師の幼児を見る目も違ってくると同時に、かかわり方も違ってくるのである。

造形活動においても「やさしい心を育てたい」という教師の願いは同じである。教師 の保育観は、あらゆる場面においても反映されるものなのである。

 幼児が幼稚園に登園してくる途中に、花を見て「きれいだな」と感じ、それを摘ん で持ってきてくれた時、その子が花を見て「きれいだな」と感じた心を大切にするこ

とが、その子にとって意味ある経験になり、この経験がやがて造形活動に結びつく時 がくると考えるのである。幼児は園生活の中で、感動したり、驚いたり、悲しんだり する。やさしい心をもつということは、園生活の中で様々な経験を積んでいくことで 生まれる心であり、そのベースは教師が保育観を持ち続けるという大きな土台がある ことを忘れてはならない。

 ねらいとは、保育活動を行うにあたって教師が幼児に「こんなカを身につけさせた い」「こんなことを学ばせたい」という目標のことである。この目標は、普段の幼児 の姿から「この子たちは今、こんなことに興味を持っているのだな」そして、その遊 びでこんなことを「不思議だな」と感じたり、驚いたりしているのだなと捉え、であ るならば次は「こんなことを目標にして活動を組み立てよう」とすることである。

 例えば、幼児の姿を最近は身の回りの現象や嵐来事に敏感に反応するようになり、

感じる心が育ってきていると教節が捉えたとする。であれば、次の活動では日常での 経験を活かして様々なことを考えられる幼児になって欲しいと設定するのである。こ の時、教師が気をつけなければならないことは、ねらいはあくまでも幼児の普段の姿 を捉えることから始まるものであり、教師が幼児の実態を無視して設定するねらいは、

教師主導がすでにそこから始まっているといえる。

 教材解釈とは、この教材にはどんな遊び方(使い方)があり、どんな展開をしてい けるのか、そして、この教材に取り組むことによってどんなことに気付き、考え、学 ばせることができるか、このような要素をたくさん含んだものといえる。まず、教材 を決める時に一番大切なことは、その教材が幼児の生活に身近なものであるかどうか ということである。もし、教師が幼児の経験とは全くかけ離れたものを提示してしま うと、幼児の反応が返ってこなかったり、「やりたくない」という反応になってしま ったりする。

 この子たちはこの絵本がとても好きだから絵本を読んだ後に、絵を描かせたりする が、よく似た絵だったり、全く違う絵を描いていたりする。しかし、考えてみるとそ もそも幼児がこの絵本を好きだから描かせたいと思い、教材にもってきたことはその 教材を解釈したといえるのだろうか。この点についてデューイは、「未成熟者の現在 の経験のなかに含まれている意味の実現を助長するための教材の機能とは切り離し て、教材をただそれだけで何か価値あるものとして持ち出してくる傾向がある」39)

と述べている。

 教材とは、「幼児がその活動に興味をもって、能動的な活動ができるようになる役 割を果たしている」4ωのである。つまり、教材の中には幼児が取り組んでいく中で

自分がやっているものをもっと発展させたい、知りたいと思える要素が含まれている のかを幼児の普段の姿から考えていくことが教材解釈なのである。

 教師の教授方法は、「この教材を提示した時にはこの子はこう考えるな」と幼児の 先の姿を予想し、「こんな発問を投げかけてみよう」と、与える教材を幼児にいかに わかりやすくったえることができるかを探ることである。

 例えば、「運動会」を今日の保育活動の教材とした時、教:師は幼児に「今日は運動 会の絵を描くよ」と提示したとする。これは、教師が教材を幼児にストレートに与え てしまっている。教材をストレートに与えると、返ってくる幼児の反応は様々である。

教師としては、この教材を提示した時に「おもしろそう」「やってみたい」という反 応が返ってきて欲しいと期待するものである。そのためには、この「運動会」という 教材を幼児にわかりやすく提示することを考えなければならない。例えば、「運動会 って何する日かな?」と教材の提示の仕方を少し工夫することで、幼児からは様々な 答えが返ってくる。

・薪しい靴を履く日

・みんなでお重のお弁当を食べる日

・おじいちゃん、おばあちゃんに会える日

など、もちろん玉入れや綱引きをする巳と考える幼児もいるだろう。

 教師の教授方法とは、教材をいかに幼児にわかりやすく伝え、「やってみたい」と 思わせるような運び方を考えることである。

 この点に配慮していない造形活動では保育効果をあげることは期待できないといえ

る。

 一般的に課題活動では教師がこの単元で達成させたいねらいを幼児に伝えること

(導入)から始まるが、その抽出によってその後の造形活動の効果が大きく変容する

ことが多い。この点について現場の教師に聞いてみると、多くの場合、教師の発問、

指示によって幼児が誘発され、動く場合が多いという意見が大多数を占める。もし、

教師が活動を誘発する時、幼児に理解不可能な言葉、言い方であったとしたら、教師 のねらう活動目標の達成は出来ないという意見も多い。

 教師が幼児に伝えることは通常教師の設問(発問、指示)によるが、発問と指示は

「幼児に情報として示す機能」を有している。その意味するところは異なっていると 考えられる。即ち、発問と指示は次のように定義できる。

・発問一 幼児の考えるべき内容を示す

・指示一 幼児が考える形態を示す      何を経験したらいいのかを示す      どう経験したらいいのかを示す

 また、発問というのは一つには授業で取り扱う内容から規制されてくる。もう一つ には対象にする幼児の実態からも翻約を受ける(その生活経験、先行経験、既有知識、

探求や発見によって学ぶ学び方、前提となる基本的学習機能など)。

 この二つの規定因をからませながら、教師が活動目標を実現していくための具体的 な手だて、それが発問であるとするならば、発問とは教師の働きかけの仕組みであり、

教師の問いかけによって幼児がどのように動き、考え、表現するかの構想を含んでい るものといえる。

 言い換えると、発問という具体的な核が入らないと教師の期待する活動展開へとつ ながらないという見方が出来る。

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