第 6 章 まとめ
6.1 政策提言
容積移転制度は、容積移転ニーズが存在する地区において、建物高さ及び混雑の負の外部性 をコントロールしつつ導入すべきである。そのために、容積の移転元、移転先それぞれの容積移転 ニーズを確認するとともに、地域特性に合わせた建物高さによる負の外部性のコントロール手法を 導入することが重要である。また、混雑を一定程度コントロール可能な区域の設定方法も重要であ る。表 15 は以下で示す政策提言を目的に応じて整理したものである。詳細については各項目に おいて説明を加える。
表 15 政策提言項目一覧
目的 提言項目
容積移転制度の導入の効果が得られる区域
の適切な選定 容積移転の需要と供給を踏まえた地域選定及び運用 建物高さによる負の外部性のコントロール 建物高さによる負の外部性への対応の標準化 混雑による負の外部性のコントロール 駅圏を基本単位とした特例容積率適用地区の指定 取引費用の軽減 交通、安全、防火、衛生上の審査手続きの簡素化 容積移転制度を活用した応用手法による政策
目的の実現
駅施設の改良に応じた容積率上昇と容積移転の併用 都心居住推進のための用途別容積率指定と容積移転の併用
容積移転の需要と供給を踏まえた地域選定及び運用
容積移転制度の導入に当たっては、容積移転のニーズがあるかを把握した上で、導入エリアを 決定すべきである。その際には、容積の需要、供給がそれぞれ一定程度存在するエリアで導入す れば、容積移転の取引が多く成立し、社会厚生が改善されやすいことに留意すべきである。
また、歴史的建造物の保全等を目的として、移転元の制限を行うと、容積取引量が減少し、死荷 重が発生する。法令及び国の指針では移転元の制限は想定しておらず、移転元の制限は設ける べきでない。歴史的建造物の保全については、重要文化財の指定等、他の政策手段により実施 すべきである。
建物高さによる負の外部性への対応の標準化
建物高さによる負の外部性の分析の結果、東京都区部では高層建物を建築すると、10m 以内 の範囲に負の外部性を与えることが確認された。そのため、容積の移転先で高層建物を建築しよう とする場合は、隣接敷地との境界から
10m
セットバックさせるなど、周囲に十分空地を取った建築 計画にするよう規制を導入すれば、建物高さによる負の外部性が発生しにくくなる。一方で、そのような規制を導入すると、容積移転先となり得る敷地が大規模な敷地に限定される ため、容積の移転先の需要が減少することにも留意が必要である。負の外部性が生じにくいエリア
49では、敷地境界からのセットバック規制は最小限にとどめるべきである。なお、各区においても、
用途地域等の地域性の違いによって負の外部性の程度は異なると考えられるため、導入にあたっ ては負の外部性について分析することが望ましい。
都市計画法上、建物高さによる負の外部性を踏まえた規定としては、特例容積率適用地区の都 市計画において建物高さの制限を加えることのみが可能となっている。これに加えて、必要に応じ た敷地境界からのセットバック規定を導入することにより、特例容積率適用地区の指定において建 物高さによる負の外部性の対策を完結することが可能である。
本稿の分析をもとに示唆される、エリア区分ごとの導入地域の選定方針を、表 16 に示した。な お、実際の導入にあたっては、さらに詳細な地区別の検討をすべきことについては論を待たない。
また、インフラ負荷についての対策は、6.1.3から
6.1.5
までも踏まえて別途検討する必要がある。表 16 エリア区分ごとの容積移転制度導入地域の選定 エリア区分
(特に本稿で分析対象と した特別区)
都心部
(千代田区、中央区、港区)
中間部
( 台 東 区 、 墨 田 区 、 品 川 区、江東区等)
近郊
(大田区等)
建物高さによる周辺建物 への負の外部性
特に生じやすい 生じにくい 生じやすい
容積の需要 多い 多い地域が一部存在 少ない
容積の供給 多い地域が一部存在 多い 多い
導入地域の選定及び運 用方法についての考察
一定の容積供給が見込ま れる地域において、建物高 さによる負の外部性に十分 注意をして導入すると効果 が高い
容積需要が見込まれる地 域を中心に広く導入するこ とが望ましい。
まずは容積需要が見 込まれる駅前等に限 定して導入することが 考えられる
本稿においては、品川区や墨田区などの下町エリアにおいては、建物高さによる負の外部性が発生しにくいことを示した。
駅圏を基本単位とした特例容積率適用地区の指定
容積移転制度導入の際は、混雑の外部性の発生を防ぐため、道路、鉄道、上下水道等のインフ ラ負荷に与える影響を抑える必要がある。このうち、特に東京都心部においてインフラ負荷が過大 になりやすい鉄道の交通負荷に配慮した容積移転制度の運用方法を考える。なお、他のインフラ の負荷がボトルネックとなる場合は、それらのインフラ容量についても配慮する必要がある。
容積移転取引をより多く成立させる観点からは、特例容積率適用地区の指定単位は広ければ 広い方が良い。しかし、広いエリアに特例容積率適用地区を指定した場合は、賃料の高いエリアに 容積が集中することとなると考えられる。結果として、駅圏を超えた容積移転が生じると、利便性の 高く、賃料水準の高い駅(例:東京駅)の周辺に多くの容積が集中してしまい、そのような駅で想定 外のインフラ負荷が発生する。そのため、特例容積率適用地区の指定範囲は最寄り駅が同一の範 囲(駅圏)を基本とすることで、容積の移転元及び移転先を同一駅圏内に限定することが望ましい。
図 32 は、台東区の区域を最寄り駅に応じて分割し、駅圏を仮想的に作成したものである。なお、
複数駅が隣接している場合は、直線距離で
240m以内(徒歩3分以内)にある駅は、同一駅圏を構
成するものとしてまとめている。実際には、地形地物や、町丁目の境界等に基づいて指定すること となると考えられるが、少なくとも駅圏の考え方を基本として指定範囲を検討することが望ましい。図 32 台東区の区域を最寄り駅に応じて分割した場合
なお、駅圏をまたぐ形で特例容積率適用地区を指定する場合は、それぞれの駅の交通容量に 応じ、駅圏をまたぐ容積移転量の上限値を設定し、上限値に達した後は、インフラ容量が拡大され るまでは駅圏をまたぐ容積移転を制限することも考えられる。
駅施設の改良に応じた容積率上昇と容積移転の併用
都心部においては、駅の交通容量がボトルネックとなることが考えられるため、容積移転制度を 活用して駅の交通容量を拡大する方策を提案する。鉄道会社にとって、駅混雑の解消は運賃収 入の増加には直接つながらないため、鉄道会社は混雑解消のための多額の費用を負担した駅施 設の改良には慎重となりがちである。一部私鉄では駅周辺に不動産を幅広く所有し、駅整備にか かる費用負担に見合った地価・賃料上昇が見込める場合に積極的に取り組むこともあると考えられ るが、JRや東京メトロにおいては、多くの駅周辺の不動産を所有していないと考えられる。
一方で、駅の交通容量がボトルネックとなって指定容積率を上げられない状況から、駅施設の 上野
御徒町
浅草
浅草橋
整備により指定容積率が上昇した場合は、周辺の地価・賃料が上昇し、駅周辺の地権者に正の外 部性が生じることとなる。
そこで、図 33 に示すように、駅施設の改良によるインフラ容量の増加に合わせて、駅周辺の指 定容積率を上昇させた場合に、鉄道会社など、駅施設改良を行った者に上昇分の容積率を与え る仕組みを導入することを提案する。当該駅周辺に容積移転制度が導入されていれば、鉄道会社 は追加の容積率を得た場合に、デベロッパー等に容積率を移転し、対価を得ることができる。相当 の対価を得ることが見込める、賃料水準の高いエリアの駅がボトルネックになっている場合には、本 制度の導入により、駅施設の改良が進みやすくなるものと考えられる。
図 33 駅施設の改良主体への容積ボーナスのイメージ
都心居住推進のための用途別容積率指定と容積移転の併用
さらに、中央区、墨田区、台東区などに見られる住宅・オフィス・店舗の混在エリアにおいて、イン フラをより有効に活用しつつ都心居住を拡大する方策を考える。
オフィスと住宅では発生・集中交通量のピーク時間がずれる。具体的には、朝の通勤ラッシュ時 の混雑は、住宅からオフィスに向かう人々によるため、住宅の発生交通量のピークは早く、オフィス の集中交通量のピークは遅いということである。そのため、住商混在エリアの駅・道路へのインフラ 負荷を考えると、オフィス・店舗の床面積と住宅の床面積のバランスをとると、どちらか一方の用途 に偏った場合と比べて混雑が発生しにくくなると考えられる。
そのため、八田(2000)が提案するように、各敷地に用途別の指定容積率を設定するとともに、
用途別に容積移転を可能とすることを提案する。単に用途別に容積率を指定するのみだと、容積 率を有効活用するためにはどの敷地でも混在ビルを建てざるを得なくなる。特に敷地規模が小さ い場合には、管理の問題、設備の問題などがあり、混在ビルは非効率になる(図 34 右上)。一方 で、容積移転制度のみを導入すると、賃料水準が大きく異なる場合、賃料が相対的に高い用途が 多く新築されることとなり、混雑が発生しやすくなる(図 34 左下)。各敷地に用途別の指定容積率 を設定するとともに、用途別に容積移転を可能とすることにより、図 34右下のように、エリア内の用 途別の床面積をコントロールしつつ、建物ごとの用途混在による問題が発生しにくくなるため、イン フラ容量の有効活用が最も図られるものと考えられる。
デベロッパーは鉄道事業者から容積を買い取り、
従来の指定容積率より高いビル等を開発