農 村に
おける宗教行動と 家族的地位
表 3 家族的宗教行事
へ の 参加
係長世 長
Ⅱ叔世長長次次世長世長沢 世長
① Q
OO 仏壇整理
ムム OO A%O ムム① 00O 仏 送り 00 O O AOO ①①
盆 ・五菓 参 ①①①①②︵︵︵ lll の②②⑧の⑧③①①のの① @ ︵︵︵ @
︵︵︵
m, ①③③③①② O OO OO仏供
OO 立花とり O①
ム O
ムムムムムム
庄 0 ①0 ① 00
ム 岸彼春 墓
墓参
掃除 墓 掃除 00とんど ム ム ム 月神仏礼拝 ムムムムムム ム AO
八ム O 0 正ダ 飾りひ
立花とり ム
111@ 事 儀
しへ
城持妻女 主 嫡女男女男主嫡女女女主弟嫁 艮だ 次晴妻女長沢 帯妻男昭和 32 年・度の参加 ム および ( ) 昭和 33 年度の吾 加
秋彼岸 村
度 のそれであり︑ 盆 行事のうち墓参と看経に付 せられた数字は回数を示す︒ まず︑さまざまな地位の家族 員 が家族的宗教 行 事 に関与している︒この点では前掲の社寺的宗教
る ︒つまり︑自律的︵ あ いめいばらばら㏄ 三 0 コ ︒ 日方︶であるよりほ︑同時的︵家族 員が 揃って 轄 コ cr の︵︶ c ︶であること が ︑記帳された時間の符合から察せられるものが 多いのである︒その意味でも︑家族的宗教行事 の 語が妥当すると ぃ えよう ︒ 次に︑墓参が最もポピュラーな家族的宗教行事 であることが判明する︒とくに盆には家族 鼻 で墓 参しない者はほと んどない︒しかも︑盆の三日間に一人で二度も一 二度も参っている︒ 家 全体として︑三日間毎日 誰 かが墓参するように していることも推測される︒墓参についで多く の 参加があるのは︑盆の最終日に行なわれる 仏送 りであって︑一家 総 突い 出で鯖の池からその排水路に沿 うて仏 送りをす るさまが察せられる︒その 仏 送りが Q.T.K
に 見られない︒
Q と T ほ 新しい分家でそれ自身の仏がないためであり︑ K の場合はたまたまその年に近親が二人も入院 し ︑夫婦ともに付き 添いに出かけて︑仕送りどころでなかったため である︒ 第三に︑老人がこれらの家族的宗教行事におい て 主導的な役割を演じていることが注目される 墓 掃除・立花と り︐メ 飾り・仏供・神棚掃除等︑何れも老人に よって担当されることが多い︒また︑他の家族 員 も 参加する看経にお いて︑導師的役割を果すのは老人であると考え ろ れる︒他方︑参加の乏しいのは経営主や若い世 常主である︒彼らは 米と蘭 草を中心とする生産活動や部落の共同の 仕事に専念し︑先祖祭などは老親に委任してある といった形になって いる︒そこで︑老人は女子ども︑ことに孫に手 伝わせながら︑先祖祭を中心とする家族内的な 宗 数 行事を担当してい
(50) 50
構 主な行為者の家族的地位に相違が生ずるのは き然である︒この観察結果を三つの 範 碍を通じ て 概観すれば︑部落的 宗 柑 数行事では経営 主 と若い世帯主の参加が卓越 し ︑それ以外では老人の参加が卓越する代りに 前者らの参加は逆に乏し 貴 いといえよう 0 ここに老若二世代の間に存 する関心領域の分割ないし分担が露頭を示してい る ︒このような領域分割
51 (51)
家族的地位
三結
詰 ︐以上において宗教行動を三つの 範 時に分かち︑ それぞれについて主な行為者がどのような家族的 地位のものである か ︑あるいは十何年かたって老人が死ぬと︑二夫 隔世帯は一夫婦世帯に転換し︑老人が担当して きた宗教儀礼の 5 ち︑
墓 掃除・立花とり・仏壇整理などは放棄される か 簡略化され︑他方︑墓参・ 仏 送り・ メ 飾りつげ などは必要欠くべ か う ざるものとして若い世代によって継承されて いく︒かくて︑世帯主は家族的宗教行事により 多 くまたより深く関与 し 始める︒しかし老人が健在であった時と比べ るなら︑参加の家族総量は低下せざるをえない︒ このことを︑記帳 農
永 のなかの一夫婦世帯と二夫婦世帯との比較 か ら 推測することができるのである︒
家族的宗教行事の担当者は女性であるといわれ てきた︒ T などはこの通説を裏書ぎするケースで あろうが︑全体と して女性がとくに重要な役割を占めているとは 断 じ がたい︒それでも仏供の調製と献進は女性の 役割のように見える ので︑もし神仏に対する平常の奉仕がほぼ仏供 に 限定されているものなら︑やはり女性は重要な 役割を果していると い わ ほ げればならないであろう︒ただ︑われわ れの資料は数分以内ですむさような日常的行動を 記録しえないので︑
この通説を積極的に支持する手がかりに乏しいの である︒
婦 世帯が多くなっていることが︑世俗化の 一推 進 要因であることも︑われわれの資料から推知で きるのである︒
女性の参加はとくに著しいとはいえない︒老人 の 参加が全体として卓越していることと︑女性の 平均余命が男性の それより長いことを前提として推論する限り︑ 1 にその例を見る ょ 5 に老女の参加が抜ん出る ︐ ﹂とを一般論として 承 誌 することができる︒しかし︑それ以上に女性 の 参加が一般に著しいとは判定しがたいのである ︒もし宗教行事の日 にとられるハレの食物の調製をもってこの行事 へ の 参加とみるなら︑女性の参加は当然のことな がら一段と大きい 比 重を占めることになる︒もと︑ハレの日の食物 の 調製も一つの宗教行動であった︒けれども︑ そ れを宗教行動に含め ることは今日では広義に過ぎるので︑神仏への 供物の調製のみ︑ただし日常的なそれをも含めて ︑宗教行動とみた︒
しかるに日常的な供物調製は記帳されないため︑ そのことによる過少評価を警戒しつつも︑女性 の 参加がとくに著し
いといえないと結論せざるをえな い のである︒
本稿での考察は︑農家の生活時間記帳を基本 資 料 としているので︑宗教行動を宗教的年中行事 へ の 参加という慣行 面 に限定することになった︒このように宗教 行 動を儀礼遂行と規定するにせ よ ︑記帳からえた 知 見 をもっと日常的な 宗教行動にかんする知見で補正しなければなら ない︒いいかえれば︑記帳のような長期的 準 観察 の 要所要所に面接 と 直接観察を有機的に結びっげなければならない︒ 本稿は能 う 限りその努力を積み重ねるところに 成立した︒ただ︑ 部 落の生産構造や社会構成にかんする独立の節を たてることを割愛し︑必要に応じて言及するに 止 めているのは︑専ら
紙幅の制約を慮ったがためである︒ 老人はまた︑家族内での宗教的しつけの主な 担 老者である︒そこで老人のいない一夫婦世帯では ︑宗教行動が少な くなるばかりか︑幼い世代に対する宗教的しつ けも行なわれがたくなっている︒今日︑都市では 別居独立による一夫︵
によって ︑ 若い世代の営農方法に対する老いた 世代からの過度の干渉が回避されるのであろう︒
52
農村における 宗
︵ 4 ︶﹁月並 カソキ ﹂は真宗部落における﹁ オョリ講 ﹂ に 酷似している︒﹁ オョり講 ﹂の具体例は︑森岡㍉ 真 宗教団と﹁ 家 ﹂ 制
度 L ︵ 創 支社︑昭三七Ⅰ一二一 07 一 三一頁を参照せよ
︵ 5 ︶岡田 謙 ・神谷慶治共編コ日本農業機械化の分析 し ︑ 創 支社︑昭三五︒
︵ 6 ︶森岡﹁ブドウ 作 農村における老人と信仰﹂日日本 老年医学会雑誌 ヒ 一巻別冊︵昭三九Ⅹ 一 三六 @ 一 二
啓一﹁出羽三山信仰と老年層﹂ コ 人類科学 L 一一︵昭三 四 Ⅰ五一 Z 五九頁︒
数 行動と家族的地位
付表 1 経営階級別
帯
一帯
て 008
624
2
フ " "‑