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世  帯

ドキュメント内 『宗教研究』192号(41巻1輯) (ページ 47-50)

妻  長  女  A  長 

係  長  係  長  採  択  世  帯 

  

妻  係  長  採  択  世  帯 

  

妻  係  長  長  世  帯 

妻 

  

   母 

長  長 

  

世  帯  妻 

長長    

           

表 2  社寺的  宗 

教 

行事への参加  ( 回数 ) 

  1      2      3      4      5      6      

  

7   

へ兵し 

ハ 。  ( ハ Ⅰ  ( Ⅰ ハし  ・ へ Ⅰ ・Ⅰ  ( Ⅰ り乙  ( Ⅰ 00  ハ Ⅰ 廿 ・ l1 

  

  2  1  1  1  9      

     

  

  2  2   1   1  

主    

      1  1   2    

婿  2  

女  1  1   1       

女       

女        2  

主    

  

男    

嫁 

  

男    

女    

主             

Ⅰ    

   6   1       

   Ⅰ 

男    

女       

  

主       

        

女    

勇男 

        

女       

     

     

男 

  

                   

   Ⅰ 

主 勇男 

   生 

男    

(4g)   46 

持主と経営 主 が分離して い て ︑ 若 い 経営 主は農 作業に忙しいから︑老人が参詣の方を引き受け るといった気持が強  く ︑世帯主だから参詣するというようなもので ないことが察知される︒この推測は ︑ 若い世代が 世帯主になっている  E 家において︑専ら父が参詣していることで 裏 つ げられる︒庚申堂についても檀那寺と木隆寺の 場合とほ ば 同様なこ  とがいえるが︑後二者よりさらに分散度が高い のは︑開扉の ショヴ的 要素が老若男女を広汎に 引 ぎつけるからであろ  う ︒もっとも︑ A 世帯主と E 父の参加が抜ん山 て 多いのは︑右の者理由よりも︑庚申堂世話人で あるという事由が決 

定 的である︒ 

毘沙門天・大覚・野山・地蔵院詣でには家的制 約が 殆ど感ぜられない︒地蔵院詣では子どもの 遊 びと見られるのに  対して︑大覚・野山は六 0 歳前後の老人︑とく に 老女の︑信仰の名における行楽といえよ う 0 信仰の名に価するの  は ︑ A 妻における金光詣でくらいのことであろう ︒天理教本部詣では老人夫婦をひきつけたが︑ 毎年くり返される 旅  行 で忙なく︑たまたま組織された団体参拝であ ることが物語っているように︑物見遊山的な色彩 が 濃厚である︒ さ Ⅰ じよジ 雄 造出荒神は年頭その他のさいの手近な 参  拝 対象であるが︑初詣でのためにとくに人気の あるのは最上稲荷であっ 

糊て 

︑寺詣でをめったにしない若い経営もち︑ 正月休みのこととて妻子を つ れて参詣する例が 見られる︒彼らはさらに    

ぬ妙 

見など遠方の大社名刹へ︑気の合った者で 

  

誘い合わせて年越し詰りに出かけるのである︒ 

     

  %  分家したにすぎず︑ Q もやはり新しい分家︵  昭二 0 執堅 とで︑しかも昭和二十年に帰村するまで 長年常用勤労者︵巡査︶ 

肚 として大阪で勤めていたという生活歴が ︑︐ ﹂の種の宗教行事への参加を低からしめている 重 要 な要因であろうと思わ   震 れる︒そして︑家によって参加度に高低の 差があるということは︑参加が部落的強制を受け ず ︑各家の︑また各人の 

47  (47) 

(48)  48 

口 家族的宗教行事への参加 

最後に︑家族的宗教行事への参加を表 3 によっ て 考察することとしょう︒家族的宗教行事として は ︑ 盆 ・正月・ 両  彼岸および造出荒神秋祭のさいに︑社寺に対して ではなく︑神棚・仏壇・墓に対して各戸でなされ る 行事をとり出して  みた︒︵ 7 ︶日常的な行事を除けば︑右の四つの機会 に 最も重要な行事が実修されると考えられたから である︒そして︑ そ  れぞれについていくつかの重要で捉えやすい 儀 礼 を抜き出し︑これらへの参加に注目した︒それ が 表 3 の 表 頭に掲げ  られている︒これらのうち 盆 ・正月に現われる ﹁立花とり﹂という儀礼は︑クササキとこの地方 で 呼ばれる喬木の枝 

  を 裏山へ行って採ってくる伝統的作業であって ︑ もちろん神仏に供えるためのものである︒常緑 の木の枝をよりまし 

として祖霊を山から誘い帰る原義のものといえ よう︒ 表 中の 印は昭利三十二年度の記帳︑ム % ょびけ 印は三十三年  欲するところに委ねられている証左といえよ う ︒ 部落的強制がなく︑参加が各家各人の都合や好 みに任せられている 

といってよい状況は︑とりもなおさず参加者を 世帯主に集中せしめない基本的な要因でもある︒ 

全体として目立つのは︑老人の参加が著しいこ とであろう︒老人の参加には︑檀那寺への参詣の よ う に家族生活に  おける役割分担の意味の強 い ものもあれば︑ ょ り 個人的な︑信仰や娯楽のための参加もあって ︑ さまざまである︒ 老  人のほかに女子どもも年頭や縁日に近くの社寺 へ 詣で︑働き盛りの壮年経営 主 層は年頭に遠近の 大社名刹へ参拝する  とぃ ︑年齢層別の参拝対象の分化も現われて いる︒したがって︑親子孫の三世代家族では︑ 親 子の二世代家族より  も 頻繁で多様な参加が出現することになるので ある︒要するに︑老人を中心にさまざまな年齢層 者が参加し︑そし  て 年齢層別の対象分化もある程度観取することが できるということは︑経営主や若い世帯主に集 中する傾向の見られ  た 部落的宗教行事への参加と︑ 鮮 かな対照をなす 点である︒ 

農  村に 

おける宗教行動と  家族的地位 

表  3   家族的宗教行事 

へ   の 参加 

      

  

係長世 長 

Ⅱ叔世長長次次世長世長沢  世長 

①                

  

  OO 仏壇整理 

ムム OO A%O ムム① 00O 仏 送り 00 O O AOO ①①     

  

  

  

  盆 ・五菓 参 ①①①①②︵︵︵ lll の②②⑧の⑧③①①のの① @  ︵︵︵ @  

︵︵︵ 

m, ①③③③①②         OO OO 

仏供 

    OO   立花とり   

①   

  

    ム O  

ムムムムムム 

庄 ①      

① 00 

  ム  岸彼春 墓 

墓参 

掃除  墓 掃除 00 

  とんど ム ム ム 月神仏礼拝 ムムムムムム ム AO 

  八ム     正ダ 飾りひ 

立花とり   ム 

  

111@ 事 儀 

しへ 

城持妻女 主 嫡女男女男主嫡女女女主弟嫁 艮だ 次晴妻女長沢 帯妻男     

昭和 32 年・度の参加  ム および ( ) 昭和 33 年度の吾 加 

秋彼岸 村 

ドキュメント内 『宗教研究』192号(41巻1輯) (ページ 47-50)

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