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第 2 章 政治と歴史

3. 革命的思考とマルクス主義の問題点

3.2. 党と指導者

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革命的過程は、一旦「自然化」されるや、見ちがえるほど変り、プロレタリアの権力も、

一たび行動としての真理という行為に上るや自律化し、それはもはや自分自身の目に とってしか革命ではなくなる。(AD: 307–308/290)

これまで知られている革命がみな堕落したということは、偶然ではない。というのも、

革命は確立された政体(régime institué)としては、それがかつてあった運動としてあっ たところのものでは決してありえないからであり、また歴史的運動は、成功して制度に 到達したというまさにその故に、もはや自分自身ではありえないからであり、運動がみ ずからを形成しつつみずからを「裏切り」、みずからを「変形する」からである。革命 は運動としては真であるが、政体(régimes)としては偽なのである。(AD: 303/286) 実際には、どんな革命であっても、ひとたび体制として確立されれば、この体制は堕落して いくのであり、プロレタリア革命だけが例外ではないのである。プロレタリアートでさえも、

権力を握れば自律化し堕落していく。革命は運動として自らが形成したものを裏切り、ひと たび政体となれば掲げた理想は変質していく。プロレタリア革命が例外だと言う保証はど こにもないのである。

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いにしても、彼らを政治生活に近づけるという規約的計画を立てるということを、その 引きかえにするものなのである。誰が服従するのでもないこうした交渉関係は、集会で 演説者に聴衆の拍手に合わせて一緒に拍手することをもとめる古い慣習に象徴的にあ らわれている。それは演説者たちが個人として参加しているのではないからであり、彼 らと聴衆との関係のうちに、彼らのものではない一つの真理があらわれ、それに対して 演説者も拍手しうるし、拍手しなければならないのである。共産主義的意味での〈党〉

はこうしたコミュニケーションのことであり、〈党〉についてのこうした考え方は、マ ルクス主義から派生する帰結ではなく、中心なのである。(AD: 78–79/69)

党やその指導者とプロレタリアートは、歴史の意味=方向を読み取る指導者とそれに率い られるプロレタリアートといった一方的な関係ではない。むしろ、歴史の意味=方向とは、

党のなかでのコミュニケーションを通して創出されるのであり、指導する者と服従する者、

要求する者と要求される者といった関係ではなく、両者は共同実践を通して歴史を創り出 していくのだ。

ところが、このような党やその指導者とプロレタリアたちの関係を想定していたとして も、歴史の成熟点を設定し、プロレタリアートを普遍的階級として捉える限り、政治指導者 の役割がたちまち変質してしまうということは避けられないとメルロ=ポンティは言う12

〈党〉は、原理的に言えば、みずから自己を止揚する階級によって生気を与えられ、原 理的には、組織されたこの階級そのものであるというただそれだけの理由で正当化さ れているわけなのだが、その〈党〉も結局は、この階級そのものと同様に肯定的〔事実 的〕なものに帰着し、かくて否定性の歴史的代表者たちが否定性という名のもとにます ます自己を肯定することになってしまうのである。[…]こうして、弁証法の媒介的同 一化作用が、すべて実在的同一性に転化してしまうわけである。つまり、プロレタリア ートが革命であり、、

、〈党〉がプロレタリアートであり、、

、党幹部が〈党〉である、、

、という ことになってしまう。(AD: 133–134/122–123)

現実のプロレタリアートは否定性ではあり得ない。プロレタリアたちは現実の労働者であ り、彼らには自分たちの生活があり、自分たちの利害関心に囚われている存在である。だか らこそ、プロレタリアたちを率いている党が必要とされるのだが、党もまた現実の党であり、

その指導者も現実に生きている人間である。党や指導者は、プロレタリアートが否定性であ るということを理由に、「否定性の歴史的代表者」だということを理由に、自らの権力を正 当化し、自己を肯定している。そして、「党こそがプロレタリアートである」、そして「党の 幹部が党である」、やがては「党の最高指導者こそが党である」というようにプロレタリア ートの否定性という幻想をもとに自らを肯定するようになるのだ。

このようになると、党とプロレタリアートの間のコミュニケーションは変質してしまう。

12 Flynn(2007)が指摘するように、プロレタリアートこそが普遍的階級であるという

「メルロ=ポンティをマルクス主義に結びつけていた中心的観念」が、メルロ=ポンティ をマルクス主義から引き離す理由にもなったのである(Flynn 2007: 134)。

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実際に、メルロ=ポンティは「信仰と誠実」(1946年)という小論において、党におけるコ ミュニケーションについて次のように述べている。

党の内部には議論がなければならぬ、にもかかわらず規律は存在せねばならぬ。決定事 項が活動家の意志を表現していなければならず、活動家はたとえそれが自分の個人的 見解に反しているとしてもこれに拘束されていると思わねばならぬ。[…]党にたいし て共産党員が真実と信ずることを擁護した後にその意見が受け容れられないとするな ら、それは彼の提案する解決策が時期尚早であるか、歴史的に誤っているからなのだ、

現実態としての革命そのものである党と大衆がその解決策のなかにおのれの願望を認 めない以上は。[…]個人が自分自身の意見を棄てて党に信頼を寄せるとしたら、それ は党がその価値を証明して見せたからであり、党が歴史的使命の担い手だからであり、

党がプロレタリア階級を代表しているからである。(SNS: 218–219/262–263)

ここでも、党におけるコミュニケーションの重要性が説かれている一方で、歴史を読み取る ことのできる党だけが何が真理であるかを判定できるのであり、だからこそ党によって受 け容れられないものは間違っているとされている。つまり、プロレタリアートの否定性の名 のもとに、「現実態としての革命である党」が真理を体現しているということが自明視され てしまっているのである13

13 「信仰と誠実」についてのこの箇所の解釈は金田(1996: 171–172)の解釈を参照した。

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