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第 3 章 制度化

2. 制度化

2.1. 制度の構造

メルロ=ポンティの社会理論において欠けていたのは、例えば「サッカー」といった制度 の構造についての視点である。ところで、制度化とは「次元」の設定によって新たな「意味」

が主体に経験される領野が開かれるのであった。この点を手がかりとして、制度の構造を考

性』[…]を実現するような『次元』や『領野』が開けることから始まる。偶然の出来事 や自発的な行為がふと生起し、そのおかげで、あるダイナミックな実践の領野がとつぜん 開かれること、そして、この領野において、出来事や行為――つまりささいな仕草のやり とりや、規範からの逸脱や逆行が、予想外な『意味』へとおのずから結晶化し、それまで の制度では不可能と思われたことが可能になること、あるいは少なくともそれを分かち合 う他者が創設されること、それが制度化である。要するに制度は、特異な自発性と結びつ いた、根源的シンボリズムの場なのだ」(廣瀬 2014: 65–66)。

8 以下では、メルロ=ポンティの著作としては『制度化』講義(1954年–1955年)、『世界 の散文』(1951年)、「間接的言語と沈黙の声」(1952年)、「言語の現象学について」(1952 年)を中心に進めていく。先行研究については、廣瀬(2014)、亀井(2010)、Terzi

(2017)、Yahata(2012)、Bonan(2001)、Hirose(1994)などを参照した。

57 えてみたい。

まず、意味についてメルロ=ポンティがどのように考えているか見てみよう。メルロ=ポ ンティは、「間接的言語と沈黙の声」(1952 年)において、ソシュールの言語学から意味に 関する次のような理論を学んだと述べている。

われわれがソシュールから学んだのは、記号というものが、ひとつずつでは何ごとも意 味せず、それらはいずれも、或る意味を表現するというよりも、その記号自体と、他の 諸記号との間の、意味のへだたりを示しているということである。これら他の諸記号に ついても同様のことが言いうるわけだから、言語体系(langue)は、名辞を持たぬさま ざまな差異によってできているわけだ。もっと正確に言えば、言語における名辞とは、

各名辞間にあらわれる差異によってのみ生み出されるのである。(S: 63/58[Ⅰ])

ソシュールによれば、通俗的に考えられているように、意味と記号は一対一で対応している わけではないということである。すなわち、「木」や「犬」という記号はそれ自体で、「木」

や「犬」という意味を指示しているわけではないのだ。むしろ、記号そのものは、それ自体 では意味を持っておらず、他の記号との間の隔たりによって、諸記号の間の差異によっては じめて意味が生じるということである。したがって、メルロ=ポンティにとって、意味とは、

このような「弁別的(diacritique)意味」(S: 64/59[Ⅰ])なのである9

もっとも、メルロ=ポンティは、かかるソシュールの意味の理論を単純に受容したのでは なく、従来の自身の意味論に取り込んでいるのではないかと考えられる10。例えば、『世界の

9 Schmidt(1985)によれば、ソシュールの言語学の影響によって、『知覚の現象学』と比

べて語の意味の捉え方が変化したと考えられる。Schmidt(1985)は、『知覚の現象学』に おいて、言葉を身振りの一種として捉えていた(Schmidt 1985: 112–113)。このとき、「語 が意味を持つ」ということは、身振りが何らかの対象を指し示すということと同様であ る。例えば、誰かが私に何らかの対象を指し示すとき、彼が指差している世界の中の対象 をただちに理解するのであり、いかなる推論も「概念」や「心的イメージ」の媒介も必要 としない。これと類似した仕方で、語もまた「概念」や「心的イメージ」を介在させるこ となく世界の中の対象を指し示している。そうであれば、指と指差される対象とが一対一 で対応するように、語(シニフィアン)と意味されるもの(シニフィエ)との関係も一対 一で対応すると考えられる。

ところが、ソシュールの影響によって、記号は他の記号との差異によって意味を持つと 考えるようになることで、メルロ=ポンティは「個別の記号を直接的な概念や対象へ向け て身振りをするものと見なす」(Schmidt 1985: 131)ことを否定するようになる。もっと

も、Schmidt(1985)は、個別の記号とそれによって意味されるものが一対一で対応するこ

とが放棄されただけであり、語が身振りと同じように世界を指し示すというアイデア自体 が放棄されたとは考えない。記号は直接的に指し示すのではなく、他の記号との差異によ って、記号の弁別的働きを通して、世界を指し示すようになるのである(Schmidt 1985:

131)。

10 コレージュ・ド・フランスでの最初の講義『感覚的世界と表現の世界』(1953 年)で は、メルロ=ポンティは、知覚の意味を「ある水準に対する隔たり(écart)」(MSME: 50)

として定義している。「隔たり」という概念からも分かるように、この意味の捉え方に は、ソシュールの言語学の影響がある。メルロ=ポンティは『感覚的世界と表現の世界』

の「弁別的知覚」と題された研究ノートで次のように述べている。「ある容貌

58 散文』においては次のように述べられている。

図と地、規範(norme)と逸脱(dévitation)、上と下が存在するやいなや、言いかえれば 世界の或る諸要素が、それに従って今後残りの一切を測り、それとの関係で残りの一切 を指示しうるような〈次元〉としての価値をもつに至るやいなや、スタイルが(したが ってまた意味significationが)存在する。(PM: 85–86/87)

ここからは、「次元(dimension)」が開かれることによって、「スタイル(style)」や「意味」

が生み出されると考えられていることが分かる。筆者は、この 2 つの概念は第1 章で述べ た『知覚の現象学』における知覚の規範性についての議論を引き継いだものであると考えて いる。『知覚の現象学』においては、知覚における複数のパースペクティヴの共存は、規範 となる特権的な知覚に基づく知覚対象のスタイルと私のスタイル(身体的技能)との関係に よって成り立っていた。すなわち、知覚においては、メルロ=ポンティが次元と呼ぶものは 規範となるこの特権的な知覚のことであり、これが次元となることで、対象のスタイルと私 のスタイル(身体的技能)の対応が実現していたのである11

(phisionomie)、ある表情(expresssion)を知覚することは、常に弁別的な諸記号を使用す

ることである。それは、身体によって表現的身振りを実現することと同様である。ここで は、各記号は自らを他の記号から区別するという以外の価値は持たず、差異は観察者に対 して現れるか、あるいは語る主体によって使用される。その差異というのは、この差異が 生じている諸項によって規定されず、反対に諸項を規定している」(MSME: 203–204)。 ここでは、それ自体では意味を持たない記号が他の記号から区別されることによって意味 を持つようになるというモデルに基づいて知覚を捉えようとしていることがうかがえる。

このとき、意味とは諸記号の間の差異ということになるのであるから、意味を知覚すると いうことは、「諸項なしの様々な差異、ある水準に対する様々な隔たり」(MSME: 203)を 知覚しているということになる。

11 本論文では、「スタイル」という概念は『知覚の現象学』においても用いられており、

その点には変化はないが、それがソシュールの言語学の影響を受けることで社会規範に関 する理論と社会変動論の統合を可能にしたと考える。

注5でも述べたように、メルロ=ポンティの制度化論にはソシュールの言語学の影響が あることは確かであるが、Landes(2013)の解釈に従えば、メルロ=ポンティの表現論

(言語論)の構造には根本的な変化があったとは考えられない。そして、第1章で見たよ うにメルロ=ポンティの社会変動論はこの表現論に基づいて構築されていたのだから、メ ルロ=ポンティの制度化論の構築を単純にソシュールの言語学によるメルロ=ポンティの 表現論(言語論)の変化として説明できないということになるだろう。

しかしながら、注9でも見たように意味の捉え方の変化という点に着目すると、そこに は大きな変化があるように思われる。例えば、Barbaras(1991, 1993)は、『知覚の現象 学』では、「概念的意味」の起源に「情緒的意味」があることを示して、言語も身振りの 一種であることを明らかにしようとしていた。しかしながら、このような区別を用いたと ころで、「概念的意味」が「知覚世界」と区別された「理念性の領野」にあると想定して いるので、どのようにして「概念的意味」が導き出されるのかを説明できていないのであ る。そこで、Barbaras(1991, 1993)は、メルロ=ポンティは言語の意味が「理念性の領 野」にあるいかなる不透明さもない普遍的な本質ではなく、歴史性を持つことを示して、

記号と意味、事実と本質、物質と精神といった区別そのものを乗り越えようとしている、

と考えるのである。