第 2 章 政治と歴史
1. 自由主義への批判
2.2. ゲシュタルトとしての歴史
『ヒューマニズムとテロル』は、モスクワ裁判が主題となる「テロル」と題された1部と
「ヒューマニズム的展望」と題された2部に分けられている。2部では、マルクス主義の歴 史哲学が導入され、1部とは異なる政治指導者の役割が導き出される。
以下では、(1)まず「戦争は起こった」と同様に、メルロ=ポンティは社会規範にかんす る理論から人間の共存には常に暴力が伴っていると考えており、そのうえでかかる状況を
8 実際に、メルロ=ポンティは『知覚の現象学』において幾何学の証明の事例を用いて表 現の説明を行っている(PP: 443–448/629–636)。これに関して、Hass(2008)は、『知覚の 現象学』の「コギト」章の数学的真理の説明においてはじめて表現という概念が明確化さ れたと主張しており(Hass 2008: 148)、メルロ=ポンティは幾何学の証明を以下の3つの 特徴を持つ表現行為として捉えているという。
(1)例えば三角形の図形を用いて証明を行うときのように、証明は最初の図形ですでに 与えられていたものを改めて言い直す演繹的なプロセスではなく、最初の図形を超えて新 たなものを生み出す創造的プロセスである(Hass 2008: 151)。
(2)証明は世界の中で身体化され、特定のパースペクティヴに拘束された主体を前提と しており、証明に必要とされる〈上下〉、〈左右〉、〈~の中〉、〈~の間〉といった意味は身 体経験に由来している(Hass 2008: 152)。
(3)証明は「論証的価値(demonstrative value)」、すなわち「必然性の力(force of
necessity)」を持つ(Hass 2008: 153–154)。証明が実行された後は、他の意識にも反復可能
であり、もはや証明されたものは、以前からずっと真理であったという必然性の回顧的感 情をもたらすのである。
9 金田(1996)は合理性について次のように述べている。「ある展望に基づく選択が結局は 歴史の流れに沿うものであった、つまり合理的なものであったと証明されるのは、それが 行動によって創られる歴史において現実のものとなるときでしかない。それは合理性を事 実性のうちに根づかせることであり、はじめは主観的なものでしかなかった価値を行動を つうじて事実へと転換することである。逆に、それに失敗した展望は合理的なものになり えなかったのであり、したがって誤謬であったことが結果的に、、、、
示されたのである」(金田 1996: 131)。
40
解決するためには「無階級社会」を創出する「革命的暴力」を選択する他ないと主張してい ることを確認する。(2)次に、メルロ=ポンティが「無階級社会」へ向かう歴史の意味=方 向(sens)を担保するためにマルクス主義の歴史哲学を援用し、「無階級社会」へと導く役割 を党や政治指導者に託していることを明らかにする。
(1) 革命的暴力
「戦争は起こった」においても述べられていたように、メルロ=ポンティは、人間が身体 的に実存していることによって、私の自由と他者の自由が浸食しあっていると考えていた。
我々の意識は、我々の捉え得るあらゆる対象に意味と価値を付与するものだが、それは 眩暈の自然状態の中にある。そして、この特権を争おうとする他の意識の犠牲において 自己を肯定することが、その永遠の誘惑である。しかし、意識はその身体なしには何事 もなし得ないし、他者の身体に対して働きかけることなしには他者に対して何事をも なし得ない。それは、自然を自分の身体の付属物とし、それを自分に同化(appropriant) させ、そこに自分の権力の道具をうちたてることによってしか、他者を隷属状態に帰せ しめることができないのだ。したがって、歴史は本質的に闘争――主人と奴隷の闘争、
階級闘争――である。そしてこのことは、人間の条件の必然性によるものであり、人間 が分かち難い形で意識でもあり身体でもある、すなわち無限でもあり有限でもあると いう根源的な逆説に対応するものだ。肉体化された諸意識(consciences incarnées)の体 系の中では、それぞれの意識は他の意識を客体に帰せしめることなしには、自己を肯定 することができない。(HT: 204/126)
ここからは、いくつかの重要なポイントを引き出すことができる10。メルロ=ポンティによ れば、私たちが純粋な意識ではなく、身体化された存在であり、お互いに身体を持っている 以上、私と他者との間には浸食があるということになる。しかも、私たちは身体を持つこと によって、自然に働きかけ、労働を介して人間的な環境を創り出しているのだ。このとき、
私たちは「人間や世界とのある型(type)の関係によって、またある活動、他者や自然のあ る扱い方などによって規定された、状況づけられた存在(êtres situés)」(HT: 212/132)であ る。すなわち、私たちは身体的な存在の仕方を持つことによって、特定の社会集団へと帰属 するようになるのである。そして、前節でも述べたように、人間は社会集団に帰属すること で、その一員として行動するように動機づけられる。そして、異なる集団の間には利害が対 立し、そこに闘争が生じてしまうのである。
もっとも、メルロ=ポンティは、『ヒューマニズムとテロル』においても、このような状 況は、道徳や倫理に訴えかけることによっては解決不可能であると述べている。
10 金田(1996)はこの引用箇所から、(1)純粋意識ではなく身体化された人間たちの間の 闘争が「他者の身体へと向けられる具体的〈暴力〉」となること、(2)身体化された人間 は社会的存在である限り、闘争は二つの純粋意識の間の個人的関係ではなく「二つの集団 の間の社会的関係」になること、(3)闘争は承認へと向かうが支配する集団と服従する集 団という形で「一方的〈承認〉へと到達する」こと、という3つのポイントを引き出して いる(金田 1996: 104–105)。
41
歴史は闘争だということが真実であり、合理主義はそれ自身ある階級のイデオロギー であるとすれば、カントのいわゆる《善意(bonne volonté)》、すなわち混乱の上方にあ る普遍的倫理(morale universelle)に呼びかけることによって、いま直ちに人間たちを 和解させ得る見込みは全く存在しないのだ。(HT: 205–206/127)
このように、メルロ=ポンティによれば、人間の共存においては暴力が不可避であり、それ を道徳や倫理に訴えかけることで解決することはできないのである。そして、メルロ=ポン ティが、自由主義陣営を批判するのはまさにかかる点においてだ。
共産主義はしばしば、虚偽とか術策に真理の尊敬を、暴力に法の尊敬を、プロパガンダ に良心の尊敬を、そして政治的現実主義に自由主義的価値を、それぞれ対置しながら論 じられる。それに対して、共産主義者たちはこう答える。民主主義的体制のなかにおい ては、自由主義の原理の覆いの下に、術策や暴力やプロパガンダや無軌道な現実主義が、
外交政策や植民地政策、あるいは社会政策の実質をなしているのだ。そして、法や自由 の尊敬は、アメリカではストライキの政治的弾圧を正当化するために役立ち、今日にお いてもインドシナやパレスチナにおける軍事的弾圧や中東におけるアメリカ帝国主義 を正当化するのに役立っている。また、イギリスの精神的、物質的文明は、植民地の搾 取を前提としている。原理の純粋性は、暴力を容認するばかりではなく、むしろそれを 要求するのだ。したがって、ここには自由主義のまやかしがあるわけだ。人生の中、あ るいは歴史の中で考えられた場合、自由主義的観念というものは、暴力と相まって一体 系を形成するものだ。(HT: 39–40/1)
暴力的な体制であるとして共産主義を批判する自由主義者たちは、自由主義の体制が一方 では人権や自由といった理想的な原理を唱えながら、外交政策や植民地政策では酷い暴力 を振るっていることを直視しようとしない。それどころか、自由主義では人権や自由といっ た理想の名のもとに暴力が隠蔽されており、「自由主義のまやかし」が存在している。この ような体制に比べれば、暴力が不可避であることを認める共産主義の方がよりましだとメ ルロ=ポンティは言うのである。
もっとも、人間たちの共存には暴力が不可避であるとするならば、はじめから「人間の共 存は、挫折にさらされているように見える」(HT: 214/134)だろう。ところが、メルロ=ポ ンティは、暴力を次のように区別することで、このような懸念を払しょくしようとする。
我々は、無垢と暴力の間で選択しなければならないのではなくて、異なった種類の暴力 の間で選択しなければならないのだ。暴力は、我々が肉体を持った存在である限り、
我々の宿命(lot)なのだ。誘惑なくしては、つまり結局のところ軽蔑なくしては、説得 もない。暴力は、あらゆる体制(régimes)に共通の出発点である。生活も議論も政治的 選択も、この土台の上にしか存在しない。重要なもの、そして議論の対象とすべきもの、
それは暴力ではない。それはその意味=方向(sens)やその未来なのだ。未来に向かっ て現在を跨ぎ越え(enjamber)他者に向かって自己を跨ぎ越えるのが、人間の行動の法