第 4 章 我が国の企業年金制度に対する示唆
米国の大規模企業年金制度では資産の30%が事業主証券で埋められているとの 報告があり、年金基金が、事業主証券保有によって拡大するリスクは、計り知れ ない。ただ、事業主の事業の発展に従業員が一定の役割を果たすことによって多 くの利点が生まれるという考えがある。たとえば生産性の向上、優秀な労働力の つなぎ止め策、労使聞の意思の疎通に要する費用の削減、両者の信頼関係の構築、
共同決定の満足感などである。注1 しかし、「年金制度が、従業員の企業所有者的利 益獲得の正しい手段とは思えない。年金制度は、退職所得確保のために税の優遇 措置を受けているのであって、個人の経営に対する意見表明の場ではないはずで、
ある。事業主証券を保有すると投資リスクを増大するだけなので、退職所得保障 という本来の目的に、費用の点からも、反する。」との意見がある。回 きらに、事 業主証券の年金保有は、年金政策と従業員の所有権的利益にも反するという説も
ある。「多くの従業員は、自己の年金基金の投資判断をする時間と資質を欠いてお り、年金がどの程度その株式を保有しているかも気が付かないことがある。これ により二つの問題が生じる。
第一に、従業員が、退職の計画を練るとき、事業主証券の高リスクに対する評 価を間違う。第二に、多くのポートフォリオの中に事業主証券が隠きれることに よって、その配当等のリターンも暖昧にする。これにより、従業員の所有権的利 益に対するインセンティプも萎えさせる。なぜなら、従業員は、自社の実績を評 価する能力に秀でているわけではないからである。
従業員は、一般的に経営の能力と経験を持ち合わせていないため、その役割を 最もよく引き出すためには、特に高度な産業では企業の持分を彼に持たせること ではない。費用対効果を考えるなら、退職時の給付保障と、役割分担の伴うリス クの最適なバランスは、分散投資された年金制度と、利潤分配などの採用である。」
という複数の論者の説がある。剖
実定法的見地からすれば、 ERISAの慎重人原則があるとはいえ、確定拠出制度 には事業主証券の10%保有制限を排除しているため、一般的なリスク低減の要請
よりも、事業主証券取得制限の方が困難である。しかし、確定拠出制度における 事業主証券保有に関するルールがあっても、慎重原則が排除されることはないと の判例も出されている "‑4
「もし、極まれに、事業主証券を大量に保有しでもリスクをほとんど持たない企 業があると、その投資マネジャーが、たとえそれを保有しても真の慎重原則に反 しないという場合に限って、 10%基準を上回る事業主証券保有が、認められるこ とになろう
J
という限定を設ける説もある。同説は「立法者は、年金基金の投資に影響を与える政策を立案する場合、謙虚 きを忘れてはならない。証券取引規制の分野では、意図は良かったにもかかわら ず、意図しない悪影響がでた法理の歴史に満ちあふれでいるではないか」とも主 張している "‑5 多くの論者は、過剰規制が、機関投資家の積極性を損なうと主張 し、株主問調整費用削減のために、規制緩和を勧めている "‑6
しかし、法規制を緩和すれば、現在の株主の消極性を変えることができるか否 かについては、議論が分かれる "‑7 また、機関投資家としての年金投資を、イン デックスファンドのような受け身の投資に限定すればいいかというと、これに対 しでも、それは、長期間株式を保有する機関投資家としての「関係投資」理論を 否定するものだという批判がある。注8
年金基金が、その規模の大きさ故、合衆国の経済と政治に大きな力を持つよう になるとの予言が、すでにドラッガーによって託宣されているとおりであるが、
その政治的および企業統治に関する受動性に変化が見られないと指摘され、さら にその受動性は、法の定めによってさらに強められ、悪化の方向にあると理解さ れている。回一方、機関投資家の積極主義は、企業統治の現実的な一選択肢である
とする主張がある。注10
極めて危険な投資物を法律上禁ずることはあっても、原則として従業員に、年 金基金のリスク管理をさせるべきで、立法者が、退職時給付のためのリスク、リ ターンをバターナリスティックに定めるべきではない。従業員自らリスクに耐え るレベルを持つべきである。
米国でも、企業年金に税の優遇措置を講ずるのは、事業主と従業員にとってそ
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の報酬の形態に対する選択に、国が、中立ではなしさらに、 IRAと企業年金に 対する優遇措置の違いも、国の干渉の度合いに比例するとの指摘さえあるo注11
また、従業員の目には、本来後払い報酬であるはずの企業年金も、非契約的な社 会保障に類するほどの、賃金報酬の減額をもたらす貯蓄の強制と映っているとの 指摘がある。本来なら現金報酬は、自ら自由に使用できる性質を持ったものであ るのに対し、その私的自治権を奪う可能性があるとも云える。このままでは、私 的年金が、社会保障の公共性と一線を画すべきことを否定しかねない。
そして企業年金制度から脱退する自由が実質的にない以上、内部での発言権が 認められてしかるべきであることは、 30年も前から指摘されている。注12 米国年 金の信認義務者に関する法のうち、信託法は、年金基金管理者を受託者に位置づ け、その立場を強固にすることによって、年金所有者たる加入者の立場を、受動 的投資者に変えている。たとえば、信託の判例では、受託者が、唯一信認義務者 であり、多数の人が、一致して受託者として行動することは希である。しかし、
人数が少ないことは、株主と違って加入者または受益者が、それを監視すること が容易でいあるという利点もある。すなわち、株主が経営者の行動を問題にすると
きに障碍となっている決定機閣の多重性の問題は回避できるであろう。
これに対し我が国では、加入者が、年金の受益者であるとの理解は、会社と、
年金受託機関との年金契約における第三者のためにする契約であるとされてお り、受給権を持つものが、単なる第三者としての立場しか持たないと理解されて いるのが普通で、あることは、英米法上の信託の理念が如何に理解されていないか の証左でもある。そのことよりも重要なのは、第三者のためにする契約であるが 故に、加入者の権利が制約きれてしまう点であろう。そして米国に似て権限の多 重性が我が国において責任の所在を不明、暖昧にする原因にもなっていることは、
破綻した厚生年金基金に関係する訴訟でも明らかである。
米国ても、 ERISAでは、信託に関する判例法と異なり、決定機関の多重性をも たらした。制度を支配し管理運営する権限を有する「指名信認義務者」の指図に 従う受託者という立場が、生まれ、投資に関して責任を持つ「投資マネジャー」
を、さらに採用可能とした。
そして、拠出事業主が、指名信認義務者を選任する権限を有する。加入者と受
益者が指名信認義務者選任権限を持たないことは、株主の法律上の立場以下であ る。
ERISAの信託法からの遊離は、年金受託者の仕事から投資機能を奪うような、
年金資金に対する支配権を、受益者から奪ってしまったことにある。投資マネ ジャーを置くことによって基金運用の諸機能、資産取得、管理、処分の権限を委 譲してしまったことである。きらに、制度によっては、ポートフォリオマネジャー などの投資専門家を雇うことがあり、ますます受益者の知らぬところで、基金が 運用きれることとなる。およそ、専門家が管理運用するのは、基金のリスクを回 避しリターンを増やすためにある点では、必要性が認められるが、それがない専 門家を置く必要はないはずで ある。
制度資産に保有する株式の議決権その他の支配権についても、基本的には加入 者の受動的性格は、否定しがたい。確定給付制度にあっては、加入者受益者でな く、受託者、指名信認義務者が、取締役選任決議から、大きな組織変更である、
吸収合併、営業譲渡などに議決権を行使する。信認義務者には、加入者の利益だ けを考えて (forthe exclusive benefit of plan participants)行使する義務があ るが、個々の議案について加入者に相談することまで要求きれていない。敵対的 な企業買収が起こると、加入者の議決権行使ができないことが、大きな問題とな る。標的会社も年金に対しては中立で支配争奪戦を戦うべきである。したがって バターナリスティックな ERISAの内容が問題であるなら404(c)制度の今後の役 割に期待したい。そして我が国立法および法解釈上も、何らかの対応をERISAお よびそのレギュレイションを参考にして考えなければならない状況にある。近年 のコーポレイトガパナンス論争に関連することではあるが、投資物の最大化を実 現させるために、年金加入者が、議決権を行使するという意味では、同権利は重 要である。それ故、近年の機関投資家保有株式の実質株主にとって議決権は重要 ではないとする説には賛成できない汗131議決権は、株主の会社参加の目的たる経 済的利得の確保のためにその存在意義を有するものである。……自益権たる利益 配当請求権を中心とする収益権能は、支配権能たる株主の議決権行使による会社 経営者の任免等によって……意味をもってくるのであ戸14るという理は、年金加 入者たる株主に於いても変わりがないはずで、ある。その際、上述Sec.2550. 401c