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第 2 章 先行研究の概観

2.2 情意要因について

2.2.5 情意要因に焦点を当てた方法論

元田(2005:160)は第二言語不安を軽減するために第二言語能力を向上させることが第 一に考えられるという。しかし、第二言語能力が向上してもやはり不安を感じてしまう場 合があるため、根本的、かつその後の個人の成長につながるような不安を軽減する必要が あると元田が指摘する。そこで、元田(2005:161)は第二言語不安を軽減するには「自己 受容」(Rosenbery(1965)によると、「自尊感情」は「自己受容」という言葉で表すことが できる)と「他者受容」が必要という観点を提示した。Horney(1950)は不安の高い人は、

理想化された自己像に心の重心を置いているため、それより劣った自分を否定し、失敗を 責める傾向が強いが、結局現実の自分から逃れられないために自己不一致に陥り、外界の 脅威に傷つきやすくなると述べている。さらに、Horney(1950)は「不安を軽減するために は、限界を有した自分自身を受け入れる覚悟をすることと苦しんでいる自分に何らかの共 感を持つ必要があるという。元田(2005)は、これらを「自己受容」という言葉によって 表す。第二言語使用場面において、うまく話せなかったり、失敗したとしても、自分を責 めず、自分を嫌悪したりしない、そのような困難な状態にある自分に共感することによっ て不安は軽減されると言うのである。

「自己受容」と同様に必要なものが「他者受容」であると元田(2005:161)は指摘する。

元田は Maslow(1954)の基本的欲求の一つである「所属と愛の欲求」において他者受容感 の必要性を示している。Horney(1950)は、不安を軽減し、潜在的可能性を発達させてゆ

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くためには、「私たち」という帰属感を持つことが必要であると述べている。Sullivan(1953) も、不安の根源として「重要な他者」との関係を何より重視している。元田(2005:162)

は以上の観点から第二言語場面において他者とどのように関わり、知覚するかということ が、不安軽減のもう一つの重要な観点になるという。

そして、「自己受容」や「他者受容」が行われるためには、安全で、自由で、脅威のない、

暖かく、くつろいだ雰囲気をつくる必要がある(May,1938;Horney,1950; Maskiw,1962)。

聴解不安の軽減に対して、Vogely(1998)は、教師側の理解可能なインプットや視覚教 材の利用、聴解の練習時間を増やすことなどを提案している。

教室外での聴解不安を軽減するためには、元田(2005:166)は自然な日本語の速さに慣 れ、教室外特有の語彙や表現の知識を増やすことを提案している。そのためには、技術的 な準備と学習者の心理的な準備が必要という。

間違いに対する不安に対して、Tsui(1996)は「多様な回答の受容」を提案している。ま た、Price(1991)や Young(1990)は、不安の高い学習者は完璧志向であることを指摘し、発 音や文法の正確さよりもコミュニケーションの伝達性を重視することを提案している。し かし、間違いを指摘しなければ、正しい目標言語の習得に支障をもたらすことがあるため、

「間違いを指摘せずに不安を軽減することよりも、間違いの訂正方法への配慮や間違いを 学習に必要なものとする価値観の形成、間違いの奨励、間違いをおかすことが苦痛になら ないような環境づくりが必要だ」と元田(2005:170)は指摘する。

2.2.5.2 動機づけ向上の観点

廣森(2006:113)は学習者の動機づけの発達を促す 3 つの心理的欲求があると述べてい る。3 つの心理的欲求を満たした学習活動は、学習に対する動機づけを高めることができる という。その 3 つの心理的欲求は自律性、有能性と関係性である。また、学習者の動機づ けを規定する要因として、有能感の認知に関しては早くからその重要性が指摘されてきた

(White,1959)。さらに、Deci(1975)によると、内発的動機づけの本質は「有能感」と「自 己決定感」にあるという。元田(2005:178)は有能感と自己決定感を高めることによって 内発的動機づけも高まると述べている。有能感を高める方法、つまり有能性の欲求を満た す方法としては、自己の第二言語能力を客観的に把握し、その個人にとって興味や意義の ある目標を立て、目標の修正を行っていくことを提案しているが、目標をどれだけ達成で きたかではなく、その目標を目指してどれだけ行動したかを肯定的に評価するように心が けることを注意している。もう一つの方法は、教師による肯定的な評価であるという。た だし、教師は肯定的評価を行う際には、統制的意図を持たずに純粋な気持ちで接する必要 があると指摘する。また、学習者の第二言語の正確さや流暢さなどだけではなく、第二言 語能力以外の多様な側面、例えば、声、笑顔、問題を発見する能力などを肯定的な評価を 行う必要があるという。さらに、教師が学習者一人ひとりに対する価値観を広げ、肯定的 に見るという態度は大切であると元田は主張している。これらの方法を通して、学習者の

32 有能性の欲求を満たすことができる。

一方、自己決定感を高める方法、つまり自律性の欲求を満たす方法として、元田(2006:

179)では、教師は授業の中で多くの学習者が選択できる教材や機会を用意することを提案 している。これにより学習者は責任を持って自分の行動を自分で決めることができ、自己 決定感を増すことができると述べている。廣森(2005:114)も学習者の意思で主体的に学 習に取り組む機会を提供することが重要だと主張している。

関係性の欲求を満たす観点については、関係性の欲求の充足は動機づけの喚起に必要不 可欠だという(廣森,2005:114)。Dӧrnyei(2001)は、協力的な雰囲気は、学習者の自尊感 情や自信に対して、正の作用をもたらすことを指摘している。廣森(2005:114)は他者と の相互作用の機会を数多く与える、グループ活動を積極的に取り入れる、共通した目標を 設定し、学習者集団の連帯感を生み出す活動の必要性を強調している。

内発的動機を高めるもう一つの方法として、感動体験を重視することを元田(2006:179)

が提案している。感動とは、意外なものや発見したことに対する驚きや喜びの感情である。

作品や学習活動を通して、新たな言語規則の発見、目標言語の文化的特徴の観察および自 文化との比較によって、認知・情意・相互作用を統合させた感動体験ができると述べてい る。

2.2.5.3 自信・自尊感情向上の観点

第二言語での自尊感情には、学習者の第二言語能力に対する自信が大きく関与している という(元田,2006:171)。第二言語能力に対する自信を高めるためには、第二言語能力を 向上させるのが一つの方法であるが、一部の学習者は自分たちの能力を肯定的に判断して いないことを Foss&Reitzel(1988)は指摘している。第二言語での自尊感情と自信を高める ためには、第二言語のスキルや能力を重視する以上に、学習者自身の第二言語能力に対す る受け取り方を重視する必要があるという。McCoy(1979)が心理学での認知療法(Cognitive Therapy)の手法を第二言語学習に導入することを提案している。認知療法は、否定的な方 向へ歪んだ認知を修正し、現実的・客観的に評価する方法である。教師がするべきなのは、

学習者自身の能力を客観的に把握できるようにサポートすることと元田(2006:172)は主 張している。さらに、他者との比較に対する意識をできるだけ緩和し、学習内容への興味 や自分の能力の進歩に視点を移すことを提案している。

他者との比較を緩和する方法として、①順位づけをせず、評価は学習の確認ということ を学習者に認識させる、②多様な学習課題を学習者が興味に応じて選択できるような工夫 をする、③グループでの活動で他者との関係づくりを通して、仲間意識を作る、の 3 つで ある。

つまり、不安軽減と同様に、「自己受容」と「他者受容」を深める指導法が重要である。

以上、第二言語不安、動機づけ、自信・自尊感情に焦点を当てた方法論を概観した。上 述の方法論に基づいて、「演劇的手法は「自己受容」と「他者受容」を深める指導法として、

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第二言語不安を軽減し、動機づけ、自信・自尊感情を高めることができる。それによって、

日本語によるコミュニケーション能力の向上に効果がある」という仮説を立てる。次は、

演劇的手法と言語教育の関係について説明する。