第 9 章 2 次曲線と 2 次曲面 136
11.5 微分方程式の解法への Jordan 標準形の応用
線形代数学の応用への道案内として, t の函数 x1(t), x2(t), x3(t)に対する微分方程式
(11.5.1) d
dt
x1(t) x2(t) x3(t)
=
4 2 −1
−3 −1 2
−2 −2 4
x1(t) x2(t) x3(t)
を解法について, より進んだ数学の知識を仮定せずに,考へ方のみ述べてみる. ここで x(t) =
x1(t) x2(t) x3(t)
, A=
4 2 −1
−3 −1 2
−2 −2 4
と書いて, (11.5.1) を
d
dtx(t) =Ax(t)
と表す. 方針を簡単に書いておくので, 読者には細部を埋められたい. まづ, 1 つの函数に関す る変数分離型の微分方程式の解法と同様に
x(t) = exp(tA)x(0)
と求められる. 但しexp は行列の指数函数であつて極めて自然なものである. 一方, 11.3.1 で 示した様に
P =
" 1 1 0
−1 0 1 0 1 2
#
, J =
" 2 1 2
3
#
により
A =P J P−1
と書ける. このとき容易にexp(tA) =P−1exp(tJ)P であることがわかる. しかも Jordan標準 形 J については exp(tJ) の成分表示も容易にわかり,最終的に
x(t) = Pexp(tJ)P−1x(0) =P
" e2t te2t e2t
e3t
#
P−1x(0)
なる綺麗な解が得られるのである. 線形微分方程式の一般論から解は,初期値 x(0) を決めれば 一意的であることが知られてゐる3)から, これが (11.5.1)の一般解である.
注意11.5.2 一般に与へられた実正方行列 A を直交行列 P を見付けて, (あるいは次節で学
ぶ様に, 複素正方行列をunitary行列 P を見付けて)P−1AP が Jordan標準形にできるか,と いふ疑問が浮かぶであらう. しかし, これは一般には不可能である. ではどの様な標準形を考 へるとうまくいくのか. それは重要な問題である. 興味を持つた読者は, 例へば
D.E. Littlewood : “On unitary equivalence”, J. London Math. Soc. 28 (1953) 314-322 などを眺められたい.
3)例へば,三宅敏恒著: 「微分方程式のやさしい解き方」
この章では, C上の vector空間を扱ふ. そのために,まづは, Hermite内積1)と呼ばれる計量を 定義する. この内積によりR 上で内積空間を考察したのと同様な扱ひが可能になる.
12.1 Hermite 内積
定義12.1.1 複素数体 C 上の vector 空間 V の vectors u, v に対し, 複素数 (u,v) を対 応させる写像 ( , ) : V ×V →C が次の4 つの条件をすべて満たすとき, この写像を V の Hermite 内積と呼ぶ. 以下では u, v,u′,v′ は V の任意の vectors を表す.
H1 (u+u′,v) = (u,v) + (u′,v), H2 (cu,v) = c(u,v),
H3 (v,u) = (u,v)(ここで は複素共役を取ることを示す), H4 u6=0 ならば(u,u)>0.
問12.1.2 C 上の vector 空間の Hermite 内積 ( , ) について以下を示せ. 任意の u, v, u′, v′ ∈V, 任意のc∈C に対し
H5 (u,v+v′) = (u,v) + (u,v′),
H6 (u, cv) =c(u,v)(c はcの複素共役を表す), H7 (u,0) = (0,v) = 0.
定義 12.1.3 ( Hermite 空間 ) Hermite 内積が定義された C 上の vector 空間を
Hermite 空間と称する. 以後, 特に断らない限り, この講義で扱ふ Hermite 空間の
Her-mite 内積は (, ) で表すことにする. 例12.1.4 Cn 上の任意の vectors a=
"a1 ... an
# , b=
"b1 ... bn
#
に対して
(12.1.5) (a,b) =tab=a1b1+· · ·+anbn
と定義すると, これは Hermite 内積になり, Cn は Hermite 空間になる. この内積を Cn の
標準Hermite 内積と称する.
例12.1.6 12.1.4 の空間において(12.1.5) を
(a,b) =a1b1+ 2a2b2 +· · ·+nanbn
問12.1.7 Hermite 空間V において, v, v′ ∈V について (u,v) = (u,v′) が任意の u ∈V に対して成り立つとき,v =v′ であることを示せ.
定義12.1.8 ( Norm ) Hermite 空間 V と u∈V に対し kuk=p
(u,u) とおき, これをu の norm あるいは長さと呼ぶ.
命題12.1.9 Hermite 空間 V の norm について, 次の 3 つが成り立つ. 但し, u, v ∈ V, c∈Cは任意とする :
(1) kcuk=|c| kuk,
(2) |(u,v)| ≤ kuk kvk (Cauchy-Schwartz の不等式), (3) ku+vk ≤ kuk+kvk (三角不等式).
証明 (1) と (3) は 8.1.6 と同様に示される.
(2) を示す. u=0 ならば, 正しい. u 6=0 とする. 簡単な計算で
−(u,v)u+kuk2v2 =kuk2 kuk2kvk2− |(u,v)|2 がわかる. 左辺が正または0 であり kuk 6= 0 であるから, 所望の不等式を得る.
以下 V は Hermite 内積 ( , ) が与へられた Hermite 空間とする. もちろん V は C 上
の vector 空間とし, R 上のvector 空間としての構造は考へない. また Cn については, その
Hermite 内積として標準Hermite 内積のみを扱ふ.
定義12.1.10 (1) u,v ∈V について (u,v) = 0 であることを u⊥v
と記し, u と v は直交するといふ.
(2) W1 と W2 をV の部分空間とせよ. もし, 任意のw1 ∈W1 と任意のw2 ∈W2 に関し て(w1,w2) = 0 であるならば, W1 と W2 は直交するといひ,
W1 ⊥W2 と記す.
(3) W が V の部分空間のとき, 10.4.3 と同様に,
W⊥ ={u ∈V 任意の v ∈W について(u,v) = 0} と定義し, これをW の直交補空間と称する. もちろんW ⊥W⊥ である.
命題12.1.11 u1,· · ·, un∈V (uk 6=0, 1≤k≤n)が 2 つづつ互ひに直交すれば, これら は C 上 1 次独立である.
証明 いま
a1u1+· · ·anun =0 であるとせよ. この両辺と uj との内積を取れば
cjkujk2 = 0 を得るが, uj 6=0 より kujk2 6= 0 ゆゑ, cj = 0 となる.
定義12.1.12 (1) V の基 {u1, · · · , un} が
(ui,uj) =δij (1≤i, j ≤n) を満すとき, これらは正規直交基であるといはれる.
(2) Hermite 空間 Cn の基本 vectors からなる基 {e1, · · · , en} は標準 Hermite 内積に 関して正規直交基である. これをCn の標準基といふ.
内積空間の場合の 8.2.3 と同様にして,次のことが成り立つ.
命題12.1.13 ( Gram-Schmidtの直交化) n次元Hermite空間V の1組の基を {v1, · · ·, vn} とする. このときV の正規直交基 {u1, · · · , un} で, 任意の 1≤r ≤n について
hu1, · · · ,uriC=hv1, · · · , vriC
となるものが存在する. 特に有限次元 Hermite空間は正規直交基を持つ.
証明 証明は内積空間の場合と全く同様であるが, 以下に記す. まづ u1 = ∥v1
1∥v1
とおくと, ku1k= 1 である. よつてr = 1 について主張は正しい. 次に (n ≥2のとき) v′2 =v2−(v2,u1)u1, u2 = ∥v1′
2∥v′2 とおくと (u1,u2) = 0, ku2k= 1 であり,
hu1,u2iC=hu1,v2iC=hv1,v2iC
であるので, r= 2 でも正しい. 一般にu1,· · ·, ur (1≤r < n)が求まつたとき v′r+1 =vr+1−
Xr i=1
(vr+1,ui)ui, ur+1 = ∥v′1
r+1∥ v′r+1 とおく. (v′r+1,ui) = 0, (1≤i≤r) だから,(ur+1,ui) = 0 であり,
hu1,· · · ,ur,ur+1iC=hu1,· · · ,ur,vr+1iC =hv1,· · · ,vr,vr+1iC
ゆゑur+1 が求められた. この様にして主張が正しい事がわかる.
演 習 問 題 12.1
以下の問題において 12.1.19 以外では Cn における Hermite 内積は, 12.1.4 で述べた標準 Hermite 内積とする.
12.1.14 次のvectors の norm を求めよ. (1)
h2−3i 1−2i
i ∈C2 (2)
" 3−i 1−2i 3i
#
∈C3
12.1.15 次のvectors の組の内積を求めよ.
(1)
h2−3i 1−2i i
,
h−1 +i 2−i
i∈C2 (2)
" 3−i 1−2i 3i
# ,
" 2−i 1−i 1 +i
#
∈C3
12.1.16 次のvectors は直交することを示せ: u=
" 2 +i 3 +i 1−2i
# ,v =
" −4−5i 1 + 2i 2−3i
#
∈C3.
12.1.17 C2 において, 一般に,u= hx1
x2 i
, v = hy1
y2
i に対し
(u,v) =x1y1+ 2x2y2 と定めれば, これは C2 の Hermite内積を与へることを示せ. 12.1.18 次のvectors が C3 の正規直交基であることを確認せよ :
u1 = 1 28
" −14 + 6i
−2−20i
−2 + 12i
#
, u2 = 1 28
" −14−4i
−15 + 11i
−15−i
#
, u3 = 1 28
" 18 + 4i
−3−5i
−19 + 7i
# .
12.1.19 C に係数を持つn 次以下の xの多項式全体 C[x]をC 上のvector 空間とみなとき, (f, g) =
Z 1
−1
f(x)g(x)dx (f, g∈C[x] ) は, この空間において Hermite 内積を与へることを示せ.