〔イシコフソ連漁業相の日本訪問にかんする共同コミュニケ〕
l.
イシコフ
・ソ連漁業相は,日本政府の招待により,
1966年
6月19日 から29 日まで,日本を公式訪問した。同相は東京,札幌,根室,京都など
を訪問,佐藤首相と会見したのをはじめ,椎名外相,坂同農相,赤城前農
相と一連の会談を行なった。1.
会談を通じ, H ソ両国が共通の関心を有する漁業にかんする問題に
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シベリア開発( 6
・
7月〉ついて有益な意見交換が行なわれ,双方は漁業の分野で協力関係、が近年著 しく拡大かっ多面的なものとなり,日ソ関係強化に寄与していることを認 めた。
1. 会談にさいし,北方諸島周辺水域における操業問題,海難救助協定 の運用改帯, 1956年の北西太平洋漁業条約の今後の運用,漁業および水産ー 物加了.の分野での学術および技術協力の発展その他の問題が取り上げられ
た。
1. 日本側は北方諸島周辺水域全般における日本人漁船員による操業に ついての問題を提起,これにたいしソ連側は日本側の希望にそ
ν
、,貝殻島 地医の日木漁船による操業水域を拡大するための計爾を最も近し、将来,具 体的に検討する用意があるむね述べた。1. 双方は,海上で遭難した人の救助のための協力にかんする[!ソ問の 協定の活
f T ・
の事項の改替にかんし,近し、将来検討し,具体的借憶をとおことに合意した。
1. 双方は,漁業条約がさけ ・ます漁業の秩序の維持に貢献しており,
その効力を存続させることが合目的的であることに意見の一致をみ,同問 題にかんし近い将来話し合うことを合意した。
1. 双方は,今次会談で取り上げられた問題のうち,合意をみなかった ものについては,今後ひきつづきその解決のため協議を行なうべきことを 合意した。
1. 日ソ問の漁業分野における学術および−技術協力にっし、て,双方は協 定案に合意,仮調印した0
1. 双方は日ソ間の善隣関係強化のため,漁業の分野における協力を今 後とも促進する用意ある旨を表明した。
1966年G月初日
ゲロムイコ外相訪日
ソ連のグロムイコ外相は, 7月24日午後7時5分,ソ連政府特別機で羽田 着,来日した。同外相のほかにリージャ夫人およびスダリコフ外務省極東部 長,ザミャチン同新聞部長,オヨ三ジ三ヨフ同様東部日本課長−ら
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人が随行一(136)ー ‑408ー
シベリア開発(6
・
7月)してきた。空港には椎名外相,中川駐ソ大使,下回外務事務次官ら日本側関 係者のほか,ピノグラードフ駐日ソ連大使らが出迎えた。
グ外相はあくる25日午前9時半すぎ,外務省に椎名外相を訪問し,来日の 挨拶を述べるとともに,第1回外相会談にはいった。この会談には,ソ連側 からグロムイコ外相のほかにピノグラードフ駐日大使,スダリコフ外務省板 東部長その他,日本側からは椎名外相のほかに中川駐ソ大使,下回外務事務 次官,牛場外務審議官,北原欧亜局長その他が山席し,午後零H
寺
5分に終了した。
会談の内容は椎名外相の歓迎の挨拶のあと,①北方諸島周辺水域での操業 とりきめ,②日ソ関係のあるべき姿,③シベリア開発を合む日ソ経済関係,
とくに第 2次シベリア調査問ができるだけ早く訪問できるように促進してほ しいとの要請,④領土問題一ーーのIJ慎に日本側の見解を述べ,これに対し,グ
flムイコ外相も見解を述べたという。しかし,グ外相は領土問題に関しては 具体的内脊に入るととを避け臼解決ずみ です全せようとする態度た示し
た。
25日夜は,ホテル・ニューオータニで椎名外相主催の歓迎夕食会が開かれ
たが,その席で椎名外相が ベトナムにおける一切の戦争行為をやめるた め,日ソが影響力を行使すること の必要を述べたのに対し,グロムイコ外 相は米国のベトナム政策を激しく非難し, 米国はベトナムから出ていくべ
きである と述べ,対照的な見解の違いを示した。
第2回日ソ外相会談は26日午後3時から外務省でおこなわれた。この日の 会談内容は,①ベトナム問題での見解は平行線,②核拡散,−核軍縮問題では 原則的に合意,③安全操業問題では,ソ連母船の日本寄港要求がくり返されh
交渉継続という線で一応合意ーーなどであった。
27 fiは午前10時35分から約1時間半にわたって首相官邸で佐藤首相!!との会 談がおこなわれた。との佐藤・グロムイコ会談では,①
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ソ阿問外相の定期 協議を行なうことで合意,②北)j水域の安全操業につν
、ては,今後も両i
詞の 外交/レートで話し台いをすすめる,③ソ連漁船の日本省−港については今後両 国政府で検討する,④現在年間4億5000万ドノレにのぼっている日ソ貿易をさらに滑進する…・叩などで,怠見が…致し允が, 肢も重要な北方領土問題で、はグ
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シベリア開発(6・7月〉
ロムイコ外相は 従来の方針をャま変える考えはない とはっきり拒否した という。正午すぎから首相官邸で歓迎昼食会がひらかれたが,その席での挨 拶で,グロムイコ外相は ソ連国民は佐藤首相のソ連公式訪問を待っている
と述べた。
この日の佐藤・グロムイコ会談での最大の成果は「外相級の定期協議」を きめたことで,これは,日本にとっても共産圏の国との定期会合をもつこと は全く初めてのことであるとともに,ソ連にとっても自由圏の国との定期協 議はこれが初めてであり,その意義は大きいものがあると考えられる。
27日夜,外務省筋は25日の第1回外相会談の折,ソ連側が「ソ連が打ち上 げた人工衛星を中継基地として,日ソ問で電波による相互通信の道をひらく ような技術協力協定を結びたい」と提案した旨を明らかにした。これについ ては警戒する向きと歓迎する向きの両論があったが,慎重に検討した結果,
拒否の方針が闘まり, 28日,外務省から発表された。正式の回答はグロムイ コ外相帰国後,外交ノレートを通じておこなわれる予定であるという。拒否に
ふみきった主な原因は,①39年8月発行の「世界商業通信衛星組織に関する
暫定制度を設立する協定
J
にわが国はすで、に加盟しており,共産閣をのぞく 47ヵ国も加盟していること,②ソ連はこの組織が米国の主導権のもとにおこなわれて
ν
、るととを聖子戒し,共産閤諸問問で独自の衛星通信網を組織すべく すでに実験をはじめている,③もし,日本が,ソ連の衛星通信網に入れば,米ソ宇宙競争のまきぞえをくうおそれがあること,④現在,実験がおこなわ れている米国のシンコム衛星による送 ・受信設備はほとんど日本の技術によ ってリードされていることから,慎重な配慮、が必要であるーーなどの点があ げられている。しかし,平和目的のテレビ中継なら,検討に値するのではな いかという説も相当有力であるという。
一方,公的な会合以外でのグ外相夫妻は, 25日,川崎市の東芝TV工場を 訪れ,カラーテレビの組立て作業などを見学した。また, 26日,午前9時半 すぎ東京都庁を訪問して東知事に挨拶したほか市内各所を見物した。ついで 同じく26日午後零時半から丸の内の東京会館で財界人と懇談した。そして27
日夕刻新幹線で京都につき, 28日は京都,大阪の各所を視察した。
29日,帰京したグロムイコ外相夫妻は午後,皇居を訪問し,両陛下に謁見
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シベリア開発(6
・
7月〉した。そして,午後
4時半から外務省で
「日ソ領事条約
jに調印した。
かくして全日程を終了したグロムイコ外相とその一行は30日午前 9時特別 機で、羽田発帰国の途についたが,外務省はこの日「グロムイコ
・ソ連外相の 訪 H に| 探しての日ソ共同コミ
斗ニケjを発表した
uその内容は次の通りであ
る 。
1.
グロムイコ外相は,東京,
京都および大阪を訪問した。 |司外相は,
日本国に滞在中,夫人とともに,天皇陛下および皇后陛下から謁見を賜
った。同外相は,また佐藤首相と会見し,会談した。
1.
グロムイコ外相は,椎名外相と 2固にわたり会談した。友好と相互 理解の精神のもとに行なわれたこれらの会談において, 日ソ両国間の諸問 題および両国が共通の関心を有する重要国際問題について有益な意見の交
換が行なわれた。
1.
これらの会談を通じて,双方は,
1956年の日ソ共同宣言の精神にし たがい,互恵平等と内政不干渉の原則に基づき,あらゆる分野における関 係を今後ますます発展させてし、くことが可能であるとの一致した見解に到 着した。また,双方は,このような日ソ両国間の友好善隣関係の増進が,
アジアにおける平和と安全の維持,ひいては世界の平和に貢献するところ が大であることを認めた。
1.
交渉の結果,
1966年
7月29日,東京において,日ソ領事条約の署名 が行なわれた。双方は,この条約が日ソ両国間のあらゆる分野における交 流を容易ならしめ,日ソ関係をさらに緊密化することに役立つことを期待 し,相互に領事館を設置するための交渉を速やかに開始することに合意し た。双方は,日ソ関係をさら
に恒久的に安定した基礎におくために,平和条約を締結する必要があることを認め,これに関連し,それぞれの見地を 表明した。
1.
双方は,漁業の分野において協力関係が着実に発展しつつあること を満足をもって認め,両国が世界の有数な漁業国として,今後とも協力す る用意があることを表明した。双方は,この分野に関する若干の問題につ き,相互の利益を考慮して,近い将来に,話し合いを継続することに合意
した。
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