第3章平成不況における金融政策の有効性
わけでなく、ただの定論の1つであると考えていたようである97。また、このトピックを扱っている研 究も、以前はそれほど活発ではなかった。
ところが、Krugman(1998c)と日本経済の長期の不況が、このトピックを蘇らせたのである。
Krugman(1998c)は日本経済が「流動性の罠」に陥ったと論じ、目録はインフレ・ターゲット政策 をとるべきであると主張した。彼は、均衡利子率がマイナスに陥っている、あるいは投資と貯蓄が マイナスの実質金利で均衡していると強く主張した。均衡利子率がマイナスになってしまえば、現 金の金利はゼロであるので、現金が資産として債券よりも選好されることになり、債券の需要は無く なってしまう(流動性の罠)。その後は、いくら貨幣を増発しても実体経済に影響を及ぼさない(貨幣 需要は飽和しており、貨幣需要の長期的関係は存在せず、誤差項も非定常になる)。その上で、
このような均衡から回復するためには、投資が増加しなくてはならない。投資は実質金利に反応 するため、彼は実質金利を低下するように物価上昇を促すインフレ・ターゲット政策の採用を提案 したのである。
日本経済における「流動性の罠」を扱った研究がいくつか存在する。McKinnon and Ohno
(1997)、P1ender(1997)、Wo1f(1998)、Hondroyiamis,Swamy,and Tav1as(2000)、藤 木裕・渡邊(2004)、宮尾(2006)、Nakashima and Saito(2006)がこれに当たる。これらの 研究の問題点は、日本経済に起きた長期不況の特徴を考慮に入れていないことである。その特 徴は、第1章と第2章で強調したように、負の感情が人々の間で蔓延したことである。特に1997 年秋から増大した金融不安は、おろそかにするべきではない。日本の不況の展開は、「ルーカス の批評(Lucas critique)」が当てはまる98。増大する金融不安は、不況以前の推定係数を変化さ せると考えられる。よって本章では、デフレ過程の中で増大する金融不安の役割に焦点をあてな がら、マネーサプライと実体経済との間に共和分で知られる長期均衡関係が存在することを示す。
加えて、「流動性の罠」の有無を統計的に示すことによって、目録がマネーサプライの役割を軽視 すべきではない、と結論付ける。金融不安に基づく予備的需要の推定を行う際、予備的需要が金 融不安要因に比例するとみなし、その比例定数を推定する。具体的には、「調整マネーサプライ」
97この点に関して、一つにはr極限的な場合」として認識しており、もう一つには仮にそのような状 況が生じた場合、財政支出の増大が有効であると考えていたようである。
98Lucas(1976)は、ケインズ経済学が主流だった頃の政策評価方法に対して批判をした。ケイ ンズ経済学が主流だった頃の手法では、経済主体の行動をモデル化した方程式で過去のデー タを用いて推定し、その推定結果をもって将来取るべき政策評価を行っていた。Lucas(1976)
は、「現在の政策変更は将来の政策に関する人々の期待に対して影響を与え、その結果、人々 の行動も変える可能性がある。つまり、過去のデータに基づいて推計された行動を不変なものと 仮定して政策評価を行うことはできない」と批判した。
=「マネーサプライ」一κx「金融不安要因」とし、[調整マネーサプライとGDP、金利]の間で多変 量誤差修正モデル(Vector Error CorrectionMode1、以下VECM)を構築し、共和分検定を行 いつつ、金融不安要因の係数であるκを推定する。
n.共和分検定(1)一事前検定
まず、日本においてマネーサプライと経済活動の間に長期均衡関係が存在するかどうかを明ら かにするために、形式的に共和分検定を行う。具体的には、3変数間[実質マネーサプライ、実質 GDPと金利変数1の関係を考察する99。金利変数は2種類用いる。1つは、代替資産利回りと自 己資産利回りの差である金利スプレッド(=10年もの国債の利回り一3ヶ月ものCDレート)、他方 は長期金利(10年もの国債の利回り)である。計測の際には、両金利の一方を選択して用いる。
マネーサプライに関しては、目録はM2+CDを重要な政策変数として考えていたため、M2+CD
が最適であると考える。
仮に[実質マネーサプライ、実質GDP、金利変数1との間に長期均衡関係が存在するならば、
貨幣需要は実質GDPの増加あるいは金利水準の下落(債券価格の上昇)にしたがって増加する
と言うことができる。ここでは、[γm、、γ、、η]をそれぞれ、[実質マネーサプライ(対数値)、実質所 得(対数値)、金利変数]として、次のVECMを考える100。
ρ ρ ρ
△舳、一a、十α、万Cr、.、十Σ・二△・m、.、十Σわ二△γ、.、十Σ・二△η.、十ε ,、 (3.1)
=1 =l f=1
ρ ρ ρ
妙、一a、十α、万Cη.、十Σα二△㎜、.、十Σわ二△γ、.、十Σ・二△η.、十ε、ノ j=1 =1 j=1
(3.2)
ρ ρ ρ
△η一a、十α、万Cr、.、十Σα1△舳、.、十Σわ1△y、.、十Σ・1△㌃.、十ε、ノ (3.3)
=l f=1 =1
また亙C4.1は誤差修正項であり、次式のように示される。
99第1章の内容と重なるが、用いたデータが異なるので、再推定を行った。
100DF−GLS検定(DickeyFu11er向th Genera1izedLeastSquarestest)及ぴKPSS検定
(Kwiatkowski,Phi11ips,Schmidt and Shin test)の双方を行うことにより各変数のそれぞ れの単位根を調べた。後に定義する金融不安要因(Dr1)を除く全ての変数が、レベルでは 非定常であり、一回階差をとることにより定常となった。金融不安要因(Dγ1)を除く全ての変 数がス1)変数であることが確認できている。検定結果に関しては、要望に応じて示す。81
万C4二rm、十βyγ、十β、η十〇 (3.4)
共和分検定の結果は以下の通りである(表3−1参照)101.
1.1997年後半まで、[実質マネーサプライ、実質GDPと金利変数1の間で長期均衡関係が存
存した。
2.しかしながら1997年後半を越えてサンプル期間を拡大した場合、長期均衡関係は検出す ることができなかった。これは、金融不安が日本の金融システムに発生している時期と一致し ている。
表3−1実質マネーサプライの共和分検定
COintegmtiOn r(m2cd)=β*y+β。*1+c
P(tra㏄) P(max−eigenva1ue) β β。
1980q1−1997q2 n=0:P=0.0242* n=0:P=0.0753淋 1.586 一0.0274 n=1:=0.1295 n=1:=0.533
1980q1−1998q2 n=O:P=0.0178* n=0:P:O.066** 1.581 一0.024 n=1:=0.1056 n=1:=0.292
1980q1−1999q2 n:0:P=O.0872淋 n=0:P:0.254 1.588 一0.0363 n=1:=0.1519 n=I:二0.303
1980q1−2000q2 n:O:P=0.1338 n=0:P=0.3643 1.538 一0.083
n=1:=0.1655 n=1:=0.3729
1980q1−2001q2 n=0:P=0.1709 n=0:P=0−2459 1.466 一0.1413 n=1:=O.3573 n=1::0.4468
1980q1−2002q2 n=0:P=0.2238 n=0:P二0.2301 1.347 一0.233
n=1:=0.5137 n:1:=0.4444
1980q1−2003q2 n=0:P=0.1255 n=0:P=0.1132 1.458 一0.1432 n=1:二0.5051 n=1:=0.4716
(注)1.P(trace)は、hace Statisticに関するp値である。
P(max−eigenva1ue)は、Max−Eigenva1ue Statisticに関するp値である。
2.p値に対応して、舳(*)はそれぞれ有意水準5%(10%)を表したものである。
3.共和分の遅れ次数の決定に際し、n:1,n=2の場合においてもn=3に固定して いる。検定結果は、n=1,n=2の場合でもn=3と類似しており、また。1,c2の係数 も類似した傾向を持っている。
皿.金融不安要因の定量化一企業サイド
101統計ソフトはEViews5.1、数値解析ソフトはMATLABを用いた。
「マネーサプライと経済活動間の関係が、なぜ不安定になったのか」という理由については、第 1章および第2章で考察したように、1997年から1998年かけて大手金融機関の破綻後に急速 に拡大した金融不安と関係があると考えられる。金融不安の発生により、企業は近い将来の銀行 の貸し渋りに備えて流動性資産を多く持とうとし、家計も多くの現金や預金を保有しようとする。こ のような企業と家計の予備的需要の高まりは、貨幣需要が著しく急増する可能性がある。
そこで、1997年秋からの「貨幣の予備的需要」の増加を説明するために、新たな変数を構築す る必要がある。新たな変数は、金融不安による心理的変化を捉えなければならない。観測不可能 な変数を捉えるために、目銀が年4回発表している短観の資金繰り判断DIを用いた。企業の資 金繰りは、銀行からの借入金利に強く影響を受けている険利が上昇(下落)すると資金繰りが逼 迫する(緩む)]ことから、企業の資金繰り判断DIの変化(∠〃、=〃、一〃、.、)を銀行貸出金利 の変化(△〃e、)で回帰させ、その誤差項(ε、)の分散が資金繰りに関する不確実性を示している とする102。分散のモデルに関しては、分散不均一性および非対称性を考慮したEGARCHモデ ルを用いる[Ne1son(1991)1。(ゲ)は誤差項(ε、)の条件付分散として得られた金融不安要因で ある。推定式と係数の推定値を以下に示す。
㎜∫、=・。十・一△〃・、十・。△〃・、.1+ε、
=0・0446−0・0037△καC・、一0.0236△〃・、.1+ε、
(O・18) (一9・37) (一2・26)
(3.5)
102木村・藤田(1999)は、GJRモデルを用いて金融不安要因を以下のように推定している。
、=・。十・ImC・、十・。・〃・、.1+ε、
ゲ=ω十β乃二、十αε二、十7ε二1D二1,ω>O; β,α,7≧0
町はダ1一変数叫一 gllll
しかしながら、彼らの結果には、問題がある。〃e、の単位根を調べたところ非定常性を示し、
一方ル刎e、は定常と判定された。つまり、資金繰り判断〃、を非定常変数である〃e、で同帰 したことになる。加えて、係数βの非負制約が満たされていない。更に、抽出された条件付き 分散のグラフが、経済事象を適切に捉えているとは言えない(例えば、1987年から1990年の バブル期において、比較的大きな値を取っている)。そこで本章では、変化率モデルとして
(ω4=〃、一〃、.1)を定常変数ル e、で回帰し、金融不安要因を推定・抽出した。条件付 分散のモデルに関しては、ボラティリティ(ゲ)を対数値化して被説明変数することにより係数 の非負制約を取り除いたEGARCHモデルを用いた。
83
1。、(ん戸)=、十βI。。(伽十、]十γ土 久.1 乃、.1
=。。。。。十。。。。。1。舳十α。。。。」α1。。土 (。。)
乃、.1 ゐ、.1
(1.21) (4.26) (1.08) (一1.59)
()内はZ値。
図3−1金融不安要因
25
2書…1・職鰍燃1一・… 1…1…
嘩秘。H) 劃
1き
篶・
ll ・ バlIl−1・ド・・…I
11心衛∵ぺ∵
舳
1雪調 膿§5 膿9書 1燃 2鰯 2書⑫5図3−1は、抽出した条件付分散(ゲ)の波形である103。図を見ると、1992年から1994年の最初 の高まりがみられる(最初の金融不安)。当時、バブル崩壊後の株価と地価の急速な下落、不良 債権の増加によって、小規模の信用金庫と協同組合が破綻していた。1995年後判こは、日本経 済は微弱ながら回復基調を示し始めた。当時、実質GDPは増加し始め、公的な推計では、不良 債権は減少していた。大蔵省は、1995年6月に「金融システムの機能回復について」と題する基 本方針を公表している。その報告の中で、95年3月時点の預金取扱金融機関の不良債権額が 約40兆円(預金取取扱金融機関の総貸出総額の約4%)にのぼることを明らかにし、不良債権問 題に対し厳しい姿勢で取り組むことを見せたのであった。
103EGARCHモデルは推定上、t期に発生したショック(ε、)は、翌朝になって始めて、不確実 性(分散)の増加として影響を及ぼす。これは、t期にいくら大きいショックが加わっても、当期中 に不確実性を観測することはできないというモデル上の問題である。しかし、実際の企業や家 計はt期に大きなショックが起きれば、その期から不確実性を感じるようになる。このため、条件 付分散の図はt期の値として、坊、をプロットしている。