ω
偶 作
﹂
同 国 岡 囚
・病追衰老到・
o o
‑ ‑
・愁盤調居衆0
・・
0
@
・此賊逃無慮
・・
o o
‑
‑観音年一廻・0
・・
@
脚韻は上
平 声 灰 韻 ︒綴
字は
﹁衆
・ 廻
﹂
‑161‑
岡国
・病は衰老を追ひて到る
.愁は調居に栓ひて来る
・此の賊逃るるに慮なし
・観音念ずること一廻
園
‑人聞が生きて行く上で逃れられないものの一
つに
﹁老
い﹂
があ
る
︒若き日の活力は老いと共に削り取られ︑これ
に追 いう ちを かけ るよ うに
﹁病
﹂が 私に 襲っ て来 た︒
‑又 ︑身体の衰えのみならず︑精神もこの太宰府の諦居生活とともに衰耗し︑愁いが深まるばかりである︒
・そ
して 今︑ 私に 迫っ てい るも のは
﹁死
﹂の 賊で ある
︒こ
の賊 は先 の﹁ 老
﹂﹁病﹂とともに絶対に逃れることは出来な
・今は︑専ら観音菩薩にすがって︑浄土往来の一道に向かうことを念ずるのみである︒
‑168‑
調
偶 作 投 影の 指 摘で きる 白 氏文 集 の 考 察
﹃白
氏文 集﹄ の中 に﹁ 怠斗 送春
﹂と いう 作品 が存 する
︒既にこの詩からの投影の指摘が金子彦二郎氏よりなされて
い る
︒(
注一 )以 下全 文を 挙げ てみ る
︒
品∞ 吋送 春
三月三十日 ︒春闘日復暮 ︒三月三十日 ︒春闘り日復た暮る ︒
偶慢問春風 ︒明朝謄不住 ︒
情慣して春風に問ふ
︒明朝恵に住まらざるべしと
︒
送春曲江上審答東西顧春を送る曲江の上
︒各巻として東西に顧る ︒
但見撲水花紛紛不知数但だ見る水を撲つ花
︒紛紛として数を知らず ︒
人生似行客雨足無停歩人生は行客に似たり
︒雨足停歩無し ︒
日日進前程前程幾多路日日前程を進む
︒前程幾多の路ぞ ︒
兵刀輿水火壷可違之法兵刀と水火と
︒壷く之を違けて去るベし
︒
咽制剖到刺刈開制川剖劇咽剖剖倒到刺引引割引
︒刈
闘湖 引引
劇矧
U
︒感時良矯巳濁侍池南樹時に感じて良に匹]めりとなし︑濁り池南の樹に侍る︒
今日送春心心如別親故今日春を送る心心は親故に別るるがごとし
︒
一169‑ (本
文は
﹃白 居日 朝集 委校
﹄朱 金城 箸に 拠る
︒)
(訓 読み は﹃ 繍国 諌漢 文大 成﹃ 白楽 天詩 集﹄ に拠 る
︒)
(傍 線筆 者)
白居易が元和十年(八
一五)四十四歳︑太子左賛善太夫の時︑長安︑曲江のほとりで
三月末日に過ぎ行く春を
惜しむ心情をうたった作品である
︒春
風に
﹁明 日は もう この 地に とど まっ てい ない だろ うな
﹂と 問い 掛け
︑花 がは ら はら と散 る様 を踏 まえ て︑
﹁人 生は 旅人 (行 人) と閉 じ︑ 少し も停 まる こと をし ない
﹂と
︑月 日の 流れ の無 情さ を嘆
く十 三
・四
句と
﹁兵 戦や 水火 の難 を避 ける 方法 もな いこ とは ない が﹂ と次 の十 五
・六
句で この 十三
・四 句と 対比 さ せて 人間 の老 いの 避け よ うの なき を際 立た せる
︒﹁ ただ 老い の到 来は 人間 には どう して も避 ける こと が出 来な いの であ る﹂ と表 現す る
︒だ
から 今の 私に 迫る
﹁老
﹂は いか んと もし 難く 一人 池南 の樹 に侍 って
︑今 年の 春と の別 れを 親 故の それ にす るよ うな 心情 で惜 しん でい るの だと 詠む
︒
このような白詩と道真の詩との内容まで踏み込んだ詩情の比較となると︑両者には大きな隔りがあることが自 明に なる
︒確
かに
﹁老 い﹂ とい うも のが
︑人 間に は避 けよ うの ない もの とい う表 現に は︑ 白詩 の表 現の 投影 を指 摘す るこ とも 可能 だが
︑道 真の 詩と 白詩 との 聞に は︑ その
﹁老 い﹂ を実 感す る切 実感
・切迫感が全く異なる ︒
換言する なら ば︑ 道真 の詩 には
﹁死
﹂を 目前 とし た﹁ 老い
﹂の 緊迫 感が 詩情 より 明ら かに 読み 取る こと が出 来る
︒白
詩に はそ れを 嘆き つ﹄ も﹁ 春を 送る
﹂心 情に 道真 の詩 には 見ら れな いあ る種 の余 裕が 窺え る
︒こ
こで は︑ 白詩 から の詩 語の 措 辞という観点よりもっと深い︑仏教思想に裏付けられた用字であろうと考えるのがより自然のように思える
︒
‑170‑
同国
② 035
偶作
﹂の 根底 に流 れる 詩情 の︑ 背景 にあ るも の この
作品 は︑ 絶筆 とい われ る
JE
調居 春雪
﹂の 直前 に置 かれ てい る
︒筆者の調査した写本
・刊
本の 中で
︑﹁ 金沢 市 玉川図書館大島文庫本﹂
・﹁太宰府天満宮所蔵本﹂︑調査刊本十九冊全てに︑題字下傍注として次の一文がある
こと に注 目し たい
︒
V﹁延喜三年奨亥二月
二十五亮
五十 九歳
﹂
こ の
一文
は︑ 本来 なら ば︑ 前述 した
﹃菅 家後 集﹄ 巻尾 の作 品﹁ 印目 立調 居春 雪﹂ の題 字の 注と して 付さ れる べき もの だ と考える
︒それが直前の作品
35
偶作
﹂に 付さ れて いる のは 何を 意味 して いる のか
︑以 下私 見を 述べ てみ る
︒
川口久雄氏は次のような所感を述べておられる
︒
道真の死を前にしての︑切迫した心境がうたわれている
︒こ
の詩 は延 喜
二年十二
月こ ろに 作ら れた もの であ ろう
︒後世の伝説によればそのころ都では︑池の水が尽く紅水となり︑氷は連日にわた
って
解け
︑潜 んで いた 何万という魚が泡をふいて死んで浮かびあがり︑神泉苑の水の色が︑紫の砲の色にな
ったと伝えられる
︒こ
う いう伝説をよびおこす契機の
一つ
は︑ この 後集 の持 情詩 の切 迫し たい ぶき の訴 える カに よる とこ ろが ある であ
ろ ・ フ
︒
一171‑
•
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( 七
三九
頁)
更に︑川口久雄氏は同書の補注として三句目の﹁此の賊逃るる慮なし﹂の箇所の説明で
﹃天 台止 観
一﹄
に﹁ 四山 合来
︑無 二 逃避処一 ﹂
とあ るに 拠る
︒四山とは老病死衰の四相を山にたとえ︑のがれる
ところがないという説﹂(岩波古典文学大系﹃菅家文革・管家後集﹄補注七
三九
頁)
と︑ 注目 すべ き指 摘を なさ れて いる
︒
ここ で︑
﹁四 山﹂ につ いて
﹃悌 教大 辞葉
﹄( 龍谷 大学 編纂 )よ り以 下に 説明 文を 引用 して みる
︒
︻四山
︼常
に生
・老
・病・
死の四苦に迫られ人身の無情なる相を四大山の下にありて逃ると﹂となきに喰へたる
も の
︒北本浬繋経巻二十九︻同南本巻二十七︼
には 波斯 匿王 に対 する 説法 を述 べ﹁ 大王
︑親 信の 人あ り︑
四方より来りて各々是言をなさん ︒
大玉︑四大山あり︑四方より来りて人民を害せんとすと︑王若し 聞かぱ何の計をか設くべき︑王言く︑世尊設し此れ来らば逃避する慮なからんと(中略)我説く︑剛山 とは即ち是れ衆生の生
・老・ 病・ 死常 に来 りて 人に 切る なり
﹂と 云 へ り
・摩
詞止 観( 曾本 )巻 一ノ 四に はこ の浬 繋躍 の説 に依 りて
﹁
三界は無常なり
︒ 一 笹偏に苦しむ
︒剛叫創
U
刺引 凶組 組制 引例 制リ
﹂と し︑ 輔
行に之を稗して山来ると言ふは非輸を以て喰となす ︒
四山は四大なり
︒困
対凶 出川 剖川 伺川 刻刻 引﹂ と
せり
︒(
中 略
) 増
一阿含経巻十八には同じく波斯匿王に劃する説法として四大恐怖襲ひ来りて此身を
害せんとするに当り之を避くる由なきことを明せり
︒即
ち一 に老 壊︑ 少壮 を敗 して 顔色 なか らし め︑ ゴ叫刷劃叶制淵剖劇刺し︑寸同刑劃叶制樹剖劇刷
U
叶副同 制制 州制 刷出 矧伺 叫矧 判叶 削困 対凶 倒捌 川町 制り 岡謝 引ぺ 料引 科︑ 力の 能
く伏する所に非ず︑猶ほ四方に四大山あり四方より来りて衆生を座する
に力の能く却くる所に非ざるが知しとせり
︒
一172ー (﹃
悌教 大辞 業﹄ 第
三巻
一一 一一
一01
二 二
= 頁 )( 傍線 筆者 )
この 説明 によ れば
︑人 とし て避 ける こと の出 来な いも のが
﹁生
・老・病・
死﹂ の四 苦で ある
︒こ
れを
JZ
偶作
﹂の 詩句 に充 てて みる と︑ 一句 目の
﹁病 は衰 老を 追い て到 る﹂ の句 意が
︑四 苦の
﹁老
・病
﹂を 踏ま えて いる と考 えら れる
︒と
す
れ ば
︑
三句目の両州矧剖引引劇制
U
﹂の句 意に は叫 剖
q
刑叫 が踏 まえ られ てい るこ とが 判明 する
︒つ
まり
︑こ
の 詩の背景には︑先の仏教の思想が色濃く反映されていることが明らかになる
︒
この こと を念 頭に 置き
︑﹁ 回目
ω偶
作﹂ を再 吟味 して みる と︑ 筆者 が前 稿( 注
二)
で論 じた 以下 のよ うな 推測 が可 能 になるように思う
︒
三句目で﹁此の賊逃るる慮なし﹂と自分の死期の迫
った
こと を悟 って いる 道真 には
︑四 句目 で﹁ 観音 念ず るこ と
一廻﹂と浄土往来をひたすら︑庶幾う自分を描き筆を置く
︒そ
こに は仏 の道 でし か生 かさ れな い︑ 救済 の道 が残 されていない今日の自分の姿に対する諦念が色濃く反映されている
︒﹁1
太宰府諦居一.
期 ﹂ ﹁
2 .太宰府諦居二
期﹂に見られる作品群とは全く異質の詩風の作品とな
って
いる
︒ここにはこの期の作品の特質を見事に凝縮したも
のを 見る 思い がす る
︒割割削斗副例制コ引刈捌剖利廿け引﹃剖劉倒銅制倒副剖州附
U
出制 司寸 倒閣 制桐 明凶 制川 州剖 樹測 リ廿 け引
︒
‑173‑
( 注
一)﹃平安時代文学と白氏文集│道真の文学研究篇二
冊│
﹄ ( 注
一 一
)拙 稿﹁
﹃菅 家後 集﹄ 編纂 事情 の
一考察│巻尾の詩﹁諦居春
雪
﹂の 解釈 を通 して
│﹂
金子彦二郎著
OO( 四 頁) (﹃
菅原 道真 論集
﹄和 漢比 較文 学
会
勉 誠出版)