終 駕 な ら ん 此地信終駕 縦使魂思幌
腕を恩ふとも 其如骨葬燕
命 分 骨 は はきの
誼
E
糾f燕ぞ 纏
Z
に箆ごに 葬
簿
Z
交 らに は る
質
2
る るさ を を
ん 知 其
r
る 昔日工
せ
ん
分知交糾纏
命誼質箆等 紋意千
言裏
何 意 人 を か 紋 一三ぶ に 千 憐 言
べっ
む の き ち裏 何人 一可憐
総括]
以上ニ
O O
句を刊矧毎︑﹁二十段﹂に分けながら構成を考察して来た
︒
ここで総括をしてみる
︒この﹁紋意一百韻﹂
‑32
は︑五言二
百句からなる排律という定型で構成され︑しかも︑全篇に
E
り下平声﹁先﹂韻による
一韻到底が貫かれて いる
︒
又︑全篇︑奇数句と偶数句とが対をなすという徹底した構成の統
一美
が実践されていることにまず注目すべき である ︒
そうした中で︑句内容についても同様に︑道真の意識的な構築がなされていると考えた
︒
( 注 4 )
については既に先学によりさまざまな考え方が提起されて来ている
︒ 一
方︑この句構成 筆者が全篇をあえて﹁均ごに﹁十句毎﹂に区分することを提起した大きな根拠は︑八
O
句﹁琴聾未改絃﹂の句の あとに︑﹁己上十旬︑傷習俗不可移﹂の分注が見られる(一部の写本や刊本金本)点である︒傍線を引いたようにこ れを︑十句を
一まとまりのものとして構築していることを示唆する道真自身による分注と考えたからである
︒
詩全篇 に敷延して考察すると︑十句毎に
二
十段に区切ることで見事に︑構成の統
一がはかられていることが︑先の具体的詩
句の例示で実証できたと思う ︒
つまり︑この構成一つをとっても徹底的にその統一性にこだわる道真の性向とも換言できるものを指摘できるよう
に 岡
山 う
︒道真の美意識がそこから垣間見られるのである ︒
そして︑この作品の構成を考える時︑見逃してはならないのは︑﹁季節の推移﹂を基軸としていることである ︒
﹁ 春 ﹂
から﹁初夏﹂﹁梅雨﹂﹁盛夏﹂(﹁残暑﹂)﹁初秋﹂﹁仲秋﹂という京から太宰の地に我が身を移しながら︑その我が身の
周辺の事を季節の推移に触発されながら詠っているという一貫した詠作姿勢を押さえておく必要がある ︒一見︑道真
の心情が︑あるいは志向するものが︑その時々によって大きく変わっていく様が︑そこに詠作上の一貫性を欠く詠み
ぶりの証左とも考えられるが︑これを﹁季節の推移﹂を基軸として︑とらえ直すとその季節感が読者に共有されてい
れば道真の心情の変化が無理なく読み手に伝わることが理解できるのである︒
‑33‑
[出典の分析(そのこ
S
表層部分の投影考察ら]この章では︑﹁紋意
一百
韻﹂
( 訂 2)
の注釈を複数回に分けて公にして来たものを︑﹁出山
内の考察﹂に絞り論を進める︒
ここでは﹁紋意一
百韻
﹂
の詩句に道真自身が中国古典籍からの引用を明言しているもの︑あるいは︑それを明確に
指摘できるものに特定して主なものを以下に例示した ︒
V①二句自潤
A m 在
劃珂
﹂
の
劃珂﹂に込めら判ている中国
この﹁皇天﹂については︑既に﹃書経﹄﹃楚辞﹄等に用例が見えることは言及した ︒そして更には﹁宋玉﹂
の﹁九
鰐五首﹂からの投影を通して考察すべきものではないかと考える ︒この作者である宋玉が屈原に仮託して︑楚の懐王
を想う心情を︑道真に移すと︑左遷の宣命を出した醍醐天皇︑
それを阻止しようとした宇多法王を想うそれと酷似し ていることに気付く ︒
不本意な太宰府左遷︑無実の心情を伝える術のない絶望的状況にあったであろう道真に︑この
宋玉の﹁九鰭五首﹂は︑どれほど心の支えになったか想像に難くない︑まさしく道真自身の今の心情の代弁ともなっ
ているこの作品を
﹁ 皇 天 ﹂
という共通の詩語を使って︑この道真の詩を読むものに想起させるという構造になってい
る所を見逃してはなるまい ︒
O
﹃世 説新 語﹄
﹁齢 的免
﹂の
一文 ︒
‑34‑
V E
十六句目館﹂の事│
O
﹃文選﹄ ﹁ 萄都賦﹂の﹁碧出蓑弘之血︑鳥生杜字之瞬﹂の注の
一文
④
v
十
E
句目
侍築巌遁﹂の句に込めらについて
O
﹃史記﹄巻三・ ﹁般本紀﹂第三の一文O
﹃孟子﹄巻第十二﹁告子章句下﹂の一文v
⑤ 六句目湖上扇﹂の句に込めら
につ いて
O
﹃史記﹄巻一二九﹁貸殖列侍第六十九﹂の一文O
﹃蒙 求﹄
﹁
沼議泥湖﹂の一文
V⑥
E
七句目
事について
O
﹃ 史記﹄﹁ 屈原
・買生列伝二十四﹂にある︑文帝に仕えていた買誼が長沙王の太侍に左遷させられた故事を響か
せている
︒
そしてこれに続く
﹃史 記﹄ の次 の 一文および︑後述の﹃文選﹄の一文が︑この五十七句の詩語の措辞となっている ︒ 買生長沙王太侍三年︑有鵠飛入貰生舎︑止子坐隅 ︒楚人命
‑35一 鵠臼服 ︒買生既以諦居長沙 ︒長沙卑湿︑自以為寿不得長︑傷悼之 ︒乃矯賦以自廃 ︒ この 故事 は︑
﹃漢 書列 伝 十八
﹄及び
﹃蒙 求﹄
﹁買 誼思 鵬﹂にも載せる ︒又︑右に引用した一文は﹃文選﹄の﹁鵬鳥 賦一首
弁序﹂(頁誼作)にも載る
︒
V⑦五十/句目湘J
剖綱相﹂の
事について
O
﹃史記﹄﹁屈原・買生列伝二十四﹂にある︑失意のうちに泊(ベき)羅(ら)の川に入水自殺した屈原の故事を 響かせている ︒そしてこれに続く﹃史記
﹄の 一文 が︑ この五十八句の詩語の措辞となっていると思われる ︒
句 自 魚
O
﹃蒙 求﹄
﹁活
再生塵﹂にある︑清貧質素な人の話を踏まえる ︒
句 自 痩 同
賦鶴﹂の句に凶めら
てい る
﹂についての
実
O
﹃文 選﹄ 司馬
相如﹁長門賦一首﹂の中の﹁白鶴搬以哀競令孤雌跨於枯楊﹂の二句の用例 ︒
O
﹃慈文類集﹄﹁巻九十︑鳥部上︑鶴﹂の項の一文 ︒
O
﹃白氏
文集
﹄
﹁ま
g
代書詩一百韻寄微之﹂にある﹁劃醐擢風閥(割倒風闘を催き)﹂と︑江州刺史に左遷さ せられた元積を案じている句内容 ︒‑36‑
︒﹃ 荘子
﹄﹁ 秋水
﹂の
一文 ︒
O
元積﹁酬楽天東南行一 百
韻﹂にある﹁鮪鷺鳥方求侶︑醐瑚己酬鮒﹂(傍線筆者)の句内容︒
⑪
v
荘受﹂について
O
﹃史 記﹄
﹁老 子
・韓非列伝第=ごの一文 ︒
V⑫ ﹂
! G
七句目綱初について
O
求﹃ 蒙
﹄﹁ 鴻街 帰里
﹂の
一文 ︒
V⑬
α /
斗句目仲宣について
O
文選﹄
﹁登
楼賦
一首﹂の内容を踏まえる ︒
﹂ コ ニ
‑ E
句風桝 劃艇
﹂
コ ヨ ハ 句
減﹂に投影さ
ている出
道真が太宰の諦居で初めて味わった梅雨・酷暑に悩まされながら︑どれほど涼気の漂う秋の到来を心待ちにしたか︑
想像に難くない ︒
その
一方で︑秋は万物の凋落を象徴する時候でもある ︒
それ は
﹃楚辞﹄を始めとして古くから中国
の文人たちが︑多く詠んできたことでもある ︒
筆者は︑道真のこの
一 三
六句の﹁寒吟抱撲蝉﹂に﹃
文選
﹄所収の潜安仁の﹁秋興賦井序﹂中の﹁蝉喧喧而寒吟今﹂
の句の投影があることを既に言及したが︑改めて︑この﹁秋興賦﹂全文を吟味してみると︑道真がこの賦の主題・詩
‑37‑
情を強く意識し︑投影させたものとなっていることに気
付く
︒
V⑮ ー一七/句目
溝
i
問先填﹂の満室﹂についての考察
O
﹃春
秋左
氏侍
﹄﹁
昭公
十
三年﹂の一文 ︒
O
﹃孟
子
﹄
﹁勝
文公
下﹂
の 一文 ︒
島ゅんらゆんてん
O
また
一七八句目﹁潜整﹂および五十四句目﹁泡遭﹂の
二語
の用 例と して
︑
﹃文選﹄に左思(左大沖)の﹁詠史
う ず ま 色
ゅうてん詩八首﹂の七首自に︑﹁憂在填淵劉/英雄有制選(憂ひは溝墾に︑填るに在りしなり/英雄も屯遣する有り)﹂の句
が見え︑この道真の詩への投影が窺える ︒
V⑮
↓
u u
割﹂
につ
いて
の考
智︑
O
この
一旬は﹃文選﹄巻第十六志下﹁閑居賦一首﹂︑賢臣であったが時運を得なかった潜岳の﹁賦﹂を踏まえてい
る ︒この賦の最後に︑﹁退求己而自省︑信用薄而才劣 ︒奉周任之格‑ZR敢陳カ而就列 ︒幾細身之不保 ︒尚袋擬於明
哲 ︒仰衆妙而絶息︑終優遊以養拙﹂の一文が載る︒一七九句にはこうした詩情が投影されている ︒
⑫ V
' 初
出旦
劇団
﹂に
つい
ての
考司
︑
O
この一句は︑張衡(張平子)の﹁帰国賦
一首﹂を踏まえている ︒
そしてこの賦の最後に︑﹁有縦心於物外︑安知栄辱之所知﹂の一文が載る ︒一八
O
句にも︑こうした詩情が投影されて いる
︒
‑38‑
⑮ V
/ 句
目
秀﹂についての場創
O
この句には次の故事の投影がある ︒﹃文
選
﹄
﹁運
命論
一首︑李粛遠﹂
の次
の 一文 ︒
﹁劃
ポ秀
一 一 品 川 林
一 ︑風必催レ之︑堆出
一 一 於岸
町 ︑流必潟レ 之︑行高ニ 於
人
二
衆必
非レ
之
︒﹂
(傍
線筆
者)
︒
O
﹃白氏文集﹄da
g代書詩一百韻︑寄微之﹂の﹁
︑蘭芳遇鍍萎﹂(傍線筆者)
の句
︒
V⑮
﹂
句目/二劃膏煎﹂についての弔慰︑
O
﹃荘子﹄﹁内篇人間世第四﹂に次の一文を載せる
︒
﹁山木自冠也︑閣刈副刺也︒
﹂(傍線筆者)
︒
@ V
E句
1
﹂ ハ 句 目
O
﹃晋
書﹄
巻
三十四﹁羊枯侍﹂および﹃蒙求﹄﹁臼羊枯識環﹂の故事を踏まえる ︒
以上︑出典の明らかなものを主に例示してみた ︒
本稿
︑
一章で既に論じたところであるが︑この作品が太宰の地に
突如左遷され全てから隔絶された﹁天涯孤独﹂の中で詠作されたものであるだけに︑
その中に詠み込まれている道真 の心の支えとなるものは︑周りには見出せず︑道真の脳裏の中に素養として生き続けている中国古典籍の中の不遇の 中で命を落としていった古人たちの事蹟しか存在しなかったものと恩われる
︒こうした古典籍の典故を一つ一つひも
‑39‑
解く中で︑道真の太宰の地での心象風景が鮮明に浮きぼりにされてくる
︒
まさしく道真による︑漢籍の素養のあるも
のが読めば︑必ず伝わるメッセージである ︒筆者はこれを﹁表層部分の投影箇所﹂
と便宜的に呼称する
︒それは又は
からずも︑道真自身の漢籍への造詣の深さと摂取の傾向を改めて読み手に強く印象付けるものになっている
︒
換言すれば︑道真の漢詩文につとに投影関係が指摘されて来た白居易の﹃白氏文集﹄を始めとする唐代の漢詩文か
らの投影は︑この﹁絞意一
百韻﹂の詩句の﹁表層部分﹂においてはなりをひそめ︑先に例示したように大半が﹁四書
五経
﹂﹁
正史
﹂
﹃文選﹄等の典故に拠っていることを大きな特徴とする
︒これは道真自身の漢籍受容の根底に﹁儒家﹂
としての持持があることを認識すれば納得出来ることである
︒