第 1 章 EPC 契約案件に係る基本問題
第 5 節 工事契約における所有権とリスクの移転
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有権の所在や移転時期は、問題とならないのである」(田沢, 2000, 13頁)とされている。
リスク負担に関しては、損失の危険(risk of loss)が売主から買主へ移転する時期は、当 事者の意思解釈によって決定される(田沢, 2000, 60頁)とされ、物品の毀損滅失に関する リスク負担についても、所有権の所在はその決定の基準ではない。当事者の合意がある場合 には、合意されたときにリスクが移転する(田沢, 2000,13頁)とされ、リスク負担につい てもウィーン売買条約同様に、契約上の合意が重視されている。
24 ら数十パーセントが支払われる場合が多いと考える。
(2) 決済条件
決済条件については、FIDIC 契約約款に明確な規定はない。一般的には物品の代金支払 いと異なり、工事の施工先(施工先国)の通貨で直接施工国において請負者の銀行口座への 送金により支払われるケースから、発注者が開設した信用状を介して支払われるケース、あ るいは送金によって支払われるケースと、個々の契約により取り決めがなされる。
(3) 引渡条件
引渡に関して発注者は「工事完成期限」に定める事項等を含め、工事が契約に従って完成 した場合、あるいは工事の引渡し証明書が発行済みとされる場合には、工事の引渡を受けな ければならないとされる。一方、当該工事の請負者は「工事が完成し、引渡し準備ができる と判断する 14 日前以降に、引渡証明書の発行をエンジニア(発注者の代表者)に通知をも って申請することができ」(FIDIC, 1999, 訳書 31 頁)とされる。この引渡証明書の申請
(Provisional Acceptance Certificateの申請等)前には、完成試験が無事終了していなけ ればならない。発注者と請負者が、工事契約における物理的な「成果の確実性」を評価・確 認することがベースとなっている。
工事契約の履行プロセスは直線的な推移をするものではない。工事完成までの各段階に、
多くの工事上の重要なイベントが存在している。企業はその重要なイベントを履行し、それ を随時顧客に確認を求めながら、工事を遂行することになる。序論で述べたように代表的な 建設会社、プラントメーカーでの収益認識基準を参照した場合、年度末までの進捗部分につ いて成果の確実性が認められる工事については、工事進行基準をベースに収益計上がされ ている。しかしFIDIC契約約款の引渡し条件を厳密に適用した場合、最終的にすべての工 事が完成した時に収益を認識する、工事完成基準が適用されることになる。履行する工事の 重要なプロセスの完成、工事上の重要なイベントが徐々に完了しているという考え方に基 づかないと、工事進行基準の適用が容認されないという問題が存在すると考える。
(4) FIDIC契約約款でのリスク負担
請負者と発注者のリスクと責任の概要は以下の通りである(FIDIC, 1999, 訳書49頁) 。 先ず請負者のリスクと責任は、発注者側の(に起因する)契約上の過失、故意による行為お
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よび契約違反に起因するものでない限り、請負者側の設計、工事の実施と完成、並びに欠陥 の修復に由来する、一切のクレーム、損害、損失および費用に対し発注者側に被害が及ばな いようにすると規定される。具体的な損害、損失とは、契約納期保証、性能保証(瑕疵担保 責任)、工事対象物の損害が対象となる。
次に発注者側のリスクと責任は、発注者側の(起因する)過失、故意による行為、契約違 反に起因するクレーム、損害、損失および費用は補償し、請負者側に被害が及ばないように する。特に、FIDIC 契約約款においては、下記の表のように外的な要因に起因するリスク は、発注者負担とされている(古屋, 2011, 10頁)。
図表1-3 外的な要因に起因するリスク
リスク FIDIC契約約款でのリスク負担
物価変動 請負者あるいは発注者負担
自然災害 発注者負担
現場の状況 同上
施工国での法令等の変更 同上
(出所:古屋(2011, 10頁)を基に筆者作成)
2 リスクの最適な負担
FIDIC 契約約款における工事上のリスクが発注者と請負者に、各々の責任に起因するも
のは、それぞれが補償すると規定されていることを述べた。そこで、次に工事契約のリスク について検討することにする。
物品のリスクの分担については、本章の第1節においてウィーン売買契約では、(1)売主 と買主に合意がある場合は、合意内容に従う、(2)売主と買主に合意がない場合は、次の3時 点に区別される。①最初の運送人に物品が引渡された時点、②特定の場所で運送人に物品が 引渡された時点、③特定の仕向地で買主に物品が引渡された時点で、それぞれリスク負担が 移転することが示されている。また本節第1項においてFIDIC契約約款では工事上のリス クは、発注者と請負者に各々の責任に起因するものは、それぞれが補償することが規定され ていることを述べた。
物品の売買契約で、リスク負担の基礎となる考え方とされているのは先ず、それぞれの契
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約で合意した内容に従うというものであり、次に契約の当事者の何れが危険を負担した方 が合理的かで危険負担を決定するという考え方である。特に国際間の物品の売買契約では、
物品には貨物海上保険が付保されるで、売主と買主のどちらが保険会社に求償するのが実 務的に見て合理的か、によって危険負担することも考えられる。他方、工事契約でのリスク に対する負担の問題とは「リスクにより発生した損失をどちらの契約当事者に帰属させる べきか」という問題である。これに対する先行研究は、契約法におけるリスク負担は、もし、
そのリスク事象が発生することを事前に予見できていた場合、契約者当事者が、どのように その費用を分担するだろうかを問う問題に帰着することを下記のように明らかにし、ここ からリスク負担の原則が導かれるとされる(大本・小林・若松,2000,210頁)。
(1) 契約当事者の内、「どちらの主体がそのリスクを防ぐ、あるいは減らすのにより適し
た立場にいるか」を問うべきであり、
(2) そのリスクを防ぐことができなければ、「どちらの当事者がそのリスクから身を守る
のに適した立場にいるか」を問うべきである。
一方の主体者がリスクを軽減する能力をもつ場合、その主体者にリスクによる損害を帰 属させることにより、効率的なリスク回避努力がなされることが期待できる、という論理が 適用されていることが窺える。一般的には法制度を経済学の手法を用いて分析される分野 における「契約履行上のリスク分散、あるいは危険負担の原則が適用されていると思われる。
つまり、誰が優れた危険の負担者であるかがテーマとなり、当事者の内いずれがより安価に 保険をかけることができるか」(中村, 2002, 126 頁)によってリスクの負担者が決定される とされている。
リスクの最適な考え方は、物品の売買契約でも工事契約においても、誰が最も廉価にリス クを負担できるか、誰がそのリスクを最も管理しやすいかにある。単に発注者が請負者にリ スクを移転するのでは効果的なリスク分担ではない、という合理的な考え方が基本的に発 注者と請負者側双方に承認されていると筆者は考える。ただし第6節のFIDIC契約約款に おける引渡し条件、第3節のインコタームズにおけるリスクの移転で述べたように、リスク の移転を一定の時点に固定し、それを収益認識の時点にそのまま適用しようとすると、物品 の販売契約と工事契約の間では、個別に収益認識条件を適用せざるをえない。さらに、物品 の販売契約、工事契約の枠内においても、収益認識の時点は統一されないという問題が存在
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していると考える。リスク負担をもって売主と買主の責任の分岐点とするという考え方が あっても、収益認識の条件には直接結びついていないのである。