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小括: 「王政復古」期における予算審議と財政統制の漸次的拡大

ドキュメント内 予算制度成立史研究 (ページ 82-85)

) のであるが,最初には 1665 年「議定費法」 ,続いて1667 年「人頭税法」及び「査

第 3 節 小括: 「王政復古」期における予算審議と財政統制の漸次的拡大

更されるべきでないこと」を決議した

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これらの決議によって基礎づけられた慣行によって,貴族院は,単に「国家の 支出あるいは収入を取扱う法案を先議する,あるいは修正する権能」からのみな らず, 「地方税 local and other rates の賦課により国民に対してある負担を創 出する,もしくはこの負担の管理ないし使用を取扱う[ 救貧法法案 Poor law billsのような]公法案 public billsを先議すること」からも排除され,このよ うな権能は「庶民院の特権」Commons' privilegesと見做されてくるのであ る

) 。

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)

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) 。

「貴族院」 )の下へ包摂=一元化された。

(3 )歳出入,予算審議面について

①「通常の」支出に対する議会統制として, ( 1689 年名誉革命後のシビル・リ ストの前史=出発点としていえば)1660 年の「王政復古」後の 9 月,仮議会が 国王チャールズ 2 世に対して,全治世の間, 「陛下への一定の毎年援助」のため

「年間£1,200,000」の収入を議決した。続くジェームズ2 世に対しても,1685 年の即位の際に,同一額が議決された。これが先例となる。

② 割当=支出統制の開始として,第2 次オランダ戦争のための「即金」の必

要性により,借入等の「担保」のため, 1665 年「議定費法」において, (1)賦課 される金銭を「担保」として, 「貸付割符」と「返済指図書」によって 6 %とい う低利子で資金を借入れ,返済順位を確定する「借入条項」を導入した。(2) 同 時に,このような借入等の「担保」のために,そのような法で賦課する金銭を,

賦課する目的に厳格に割り当てる「割当条項」を初めて導入した。こうして,議 会とりわけ庶民院による割当=支出統制が開始した。

③ 庶民院の財政的審議手続きとして 1641 年頃に, (本会議での法案審議に先

立ち)予備的な決議段階を扱うために「全院委員会」を導入し,それの(18 世 紀末に明白に区別されるようになる) 2 つの異なる機能を発展させはじめ,こう して「議定費委員会」と「財源委員会」を設置した。この 2 つの機能の分割がチ ャールズ 2 世の治世に明白になり,会期を通して継続的に存続した。その上で,

さらに 1668 年に, 「全院委員会」で財政負担の予備的審議をすることを「決議」

した。こうして予算審議の機構を構築し始めた。

(4 )国庫,決算審議面について

① 「基金」の開始として, 1665 年「議定費法」における「借入及び割当条項」

により,賦課される金銭が,財務府で他の金銭とは別個に記帳=保管されること になったため,従来のように単一資金を形成することを止め,以後,特定の収入 を特定の支出に割り当てることにより,種々の「基金」設定が開始された。

② 支出統制のため財務部局としての保蔵室(のちの大蔵省)の発展の重要な

1 歩として, 1667 年,「大蔵委員会」が設置された。

(5 )貴族院との関係について

貴族院との関係として,庶民院は 1671 年と 1678 年の「決議」とそれによって 基礎づけられた慣行により,貴族院を「国家の支出あるいは収入を取扱う法案を 先議する,あるいは修正する権能」から排除し,このような権能を「庶民院の特 権」と見做してくることになった。

このように, 「王政復古」期に予算審議と財政統制を漸次的に拡大した。

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