前章では1990年代、すなわち協力者の臨床経験年数にすれば20年を区切りとし、ワー カーが育ってきた臨床の状況が変化してきたことについて記述した。これを踏まえ、本章 では現職のワーカーである協力者16名それぞれの語りを個別事例として分析し、ワーカー の自己生成プロセスの構造を明らかにする。具体的には、協力者が「重要である」と認識 して語られたエピソードを個別事例から抽出した。
しかしながら現職を対象とした第二次調査では、もっとも臨床経験の短い協力者であっ ても、8年の経験を有しているため、Bennerモデルの「初心者・新人」段階に該当する者 がいない。そこでこの段階の構造を分析するために、第一次調査で得られたテキストも用 いることとした。
以下に示す事例については、表3(25頁)にあるとおり、臨床経験の長さを10年単位で 区分し、20年以上の協力者については、40年以上、30~40年、20~30年に、臨床経験20 年未満の者は、10~20年、10年未満の順とし、①経歴、②語りや語り口の特徴、③Benner モデルにかかわるエピソードの3項目に分けて記述する。
第1節 臨床経験 20年以上のワーカーが語る重要な臨床体験 1.臨床経験 40年以上を有するワーカーの語り
1)A氏 ①経歴
60歳代の男性であるA氏は、福祉系大学卒業後、A地域の民間病院へ入職し、複数の医 療機関でワーカーとして勤務しながら、その後は社会福祉法人や NPO法人の代表となり、
A地域の精神保健福祉実践をけん引してきた。また、専門職団体の役員となったり政策提言 にかかわったりと、現在も対外的な活動へ積極的に関与している。
②語りや語り口の特徴
自分の長い臨床経験全体を振り返りA氏は、自分にとってインパクトのある利用者を、確 かに何人か思い出すことはできるが、それは「個人の問題」でしかないと言う。自身を「や っぱり焦点化するのは、個人だと言いながらも、その背景のことについての土台の部分を しっかりとやることのほうが、多くの人たちに役に立つはずだとの考え方がやはり強い人 間だ」とし、「〇〇さん、☓☓さんに関わることよりも、そこに共通してある土台の部分に ものを言いながら、改善しながら」という「ソーシャル」な部分にこだわりをもって、仕 事をしてきたとする。
③Bennerモデルにかかわるエピソード
第一次調査で A 氏は、一人前以降における臨床体験(エピソード 2)について詳細に語 った。今回は新たに「病院に在職した20年間ずっと続けてきた実践(エピソード1)」を 取り上げて、その詳細を次のように語った。
<エピソード1:初心者・新人段階>
毎朝必ず病棟へ行き、利用者に声をかける「顔回診」を行うなかで、利用者から鉄格子 越しに「おまえは何者なのだ」と問われ続ける体験が自分の原点であると言う。ワーカー は、利用者にとって「役立つ」こともできれば、「病棟に閉じ込めている」人間にもなる。
こうした二重構造を理解しながら、利用者が医療では対応できないことをワーカーに求め てくることに対してどう応えられるか。A氏はこれを考え続けたのだった。【7-8】
<エピソード2:一人前から中堅段階>
臨床7~8年目の出来事として第一次調査で語られた体験である。A氏らのワーカー集団 が住居を開設するにあたって、地域住民に対する説明会を開催するものの、住居の前を通 らなければならない住民は、「気持ち悪い」「娘が襲われる」「子どもが学校へ行けない」と いった偏見に満ちたことをまくしたて、話し合いは平行線のまま収拾がつかなくなる。
これに対して強い憤りを覚えたA氏は、「これ以上話し合っても無駄。あなたたちにも生 活権があるように、患者にもある。法治国家であり法に触れることであれば訴えていただ くこととして解決を図りたい。予定通り生活を開始する」と伝え、話し合いを打ち切った のだった。長い臨床経験の中で、これほど心揺さぶられた経験はなかったと振り返ってい る。【第一次調査の調査票より引用】
2)B氏 ①経歴
B氏は60歳代の男性。福祉系大学卒業後、A地域の民間病院へ入職。一貫してA地域の 精神保健福祉実践に携わり、退職後は、NPO法人の代表となる。A氏と同様、地域の精神 保健福祉実践をけん引してきたメンバーの一人である。長く医療機関に所属しながらも、
ボランティアの育成など、地域における実践活動にも積極的に関与し、地域のワーカー集 団から慕われる存在となっている。
②語りや語り口の特徴
B氏はこれまでの実践活動を振り返り、費やしてきた時間としては「圧倒的に現場だった」
と言う。インタビュー回数 4回、総時間が第二次調査の協力者うちで最長となる640分に 及んだその内容は、ほとんどが個別事例にまつわる語りとなった。聴き手が当時の臨床状 況をリアルに思い描くことができるような豊かな表現を用いた語りであると同時に、この 臨床体験の語りを通して、「やらないことを見つける」「意図しないこと、無駄なことの中 にも意味がある」といった、逆説的な表現でソーシャルワーク実践を言い表すことが特徴 的であった。
③Bennerモデルにかかわるエピソード
B氏の場合は、調査票に記載されている臨床体験は、第一次調査が4事例、今回新たに3 事例が加わり、さらにインタビューの中で新たに語られた体験もあった。ここでは、第一 次及び第二次調査で非常に多くの時間をさいて詳細に語られた<エピソード 3>を軸とし ながら、その他4つのエピソードを記述する。
<エピソード3:一人前手前の段階>
臨床経験3~4年目の出来事としてB氏が語ったのは私宅監置事例であった。本人を治療 に結びつけることが正義であると思って対応したのだが、入院当日に、家族からは「ウサ ギを罠にかけるような真似をして」となじられてしまう。さらに医者からも「ワーカーと して一体何をやってきたのだ。入院させるだけだったら、私が行った方が手っ取り早い」
と問われ、答えに窮してしまうのであった。本人と家族による歴史の重みを顧みずに、自 分の思いだけで支援を進めてしまった本体験は、B氏にとっては大きな挫折であり、今でも その意味を反芻する出来事であると言う。【30-33】
<エピソード4:一人前~中堅段階>
臨床経験15~20年目くらいの時期に、偶然、出会った出来事である。入職当初はB氏に
よる精神障害者に対する「かわいそう」との捉え方に利用者が反発し、お互いがぶつかり 合うような関係であったが、さまざまな活動を共にするなかで、「病気を敵にして一緒に闘 った同志」としての「俺たち、戦友だよね」という言葉をかけられた体験である。当時は ほんの一瞬であったかもしれないが、関係の垣根が取り払われたように感じがして嬉しか っただけだったが、時がたつにつれて「いい言葉だな」と思えるようになったとする。【90-91】
<エピソード5:一人前~中堅段階>
<エピソード4>と同様に、これも臨床経験15~20年たった頃の体験である。若い頃か らアルコール問題を抱えている利用者が、お酒をやめて数年間たったある日、突然、B氏に 向けて「あなたには私の命は救えない」との遺書を残し、生命を絶った出来事であった。
自死の体験は、ワーカーに傷を残す体験となりやすいものであるのだが、B氏はお酒をやめ たときには「人格的にすごく立派な人」だったと語るも、自死の結果については「後に残 らなかった」と言う。これは、B氏に人生は「あるべき」ではなく「何でもあり」なのだと いうことを教えてくれた体験だったとする。【101-102】
<エピソード6:中堅~達人段階>
本体験は、臨床経験30年を経た頃に、大学卒業後から勤務し続けてきた病院が、不採算 を理由に精神科病棟の廃止を決定したという出来事である。これは、病院を足場として地 域実践を展開してきた B 氏に対して大きなショックを与え、在院患者の転院業務に追われ ながら、自問自答をする日が続いた。患者の立場にたって、何かできることはないかと模 索する自分がいる一方で、患者の立場にたつなんて安っぽいヒロイズムじゃないのかと問 いかける自分も出現し、心の揺れは重く大きく、今でも思い出したくはない体験であると する。しかしその後、これまで自分が抱いてきたものは「PSWかくあるべき論幻想」にす ぎなかったのではないかと思うようになり、年々「自然体」の思考が強くなり、気は楽に なっていき、アンチ成果主義的な考え方が生起してきたのも、この頃であったと言う。
【49-50】
<エピソード7:中堅~達人の段階>
<エピソード6>と同様、これはB氏が30年以上の臨床経験を積んだ時期における「お