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個人的自己と専門的自己の確立・浸透:

ドキュメント内 著者 福田 俊子 (ページ 99-116)

「小さな節目」によって再構築される専門的自己

本章では、前章でその臨床体験で取り上げたI氏、K氏、それにD氏を加えた協力者 が「大きな節目」を経験し、「初心者・新人」段階から「一人前」段階へと移行するな かで新たに体験する「小さな節目」を記述する。ここでD氏を加えたのは、「小さな節 目」となる臨床体験が「問われ」「教わる」という構造があることを説明する上で、そ れを最も明確に語っているからである。

第1節 「ふりまわされる」体験から「巻き込まれる」体験へ

【エピソード40(61頁):I氏の語り】

第一次調査では、利用者、家族、施設、それぞれが異なる意向を調整できずに「ふり まわされる」結果となったエピソードを取り上げたI 氏は、第二次調査において、この 体験について改めて尋ねると、I氏は「いや、恥ずかしい。何だ、これ、と思いました」

と言い、全体が見えていなかったために、ごちゃごちゃした関係にふりまわされて、そ こに「本人を何とかしてあげたい」という自分の感情が入ってしまったことが問題だっ たとした上で、次のように語った。【376】

私の問題ではないと捉える

I 今、似たような事例があって、(中略)今だったら、それぞれの所でできることを提案して、施設だ

ったら施設の中で環境を変えるとか、その人に対する支援を少し変えてみるとか、今できることをやっ てもらう。役場は役場で、もし帰ってきたときのための受け入れ態勢づくりを考えておくということを それぞれに提案して、「できない」って言うかもしれないですが、「じゃあ、困りましたね」っていう感 じで。

(中略)

I そうですね。で、やっていくうちに、お互いの妥協点を探っていけるんじゃないかなと。今は、お 互いに押しつけ合っているというか。前みたいに、役場の立場に寄りすぎると、「早く出される」と責 められている感じになって、焦って、また巻き込まれてしまうので、どちらにも立たずにいこうかなと。

― なるほど、どっちも立たずに。

I はい。私の問題ではない、というふうに捉えようかなと。【377】

三者の意向を一度に調整するのではなく、「妥協点」を探り、三者の「どちらにも立た ず」に、自分を含めたお互いが「今できること」をする。これが、現在の I 氏が考える ワーカーとしての支援である。そして、こうした「ふりまわされない」実践は、調整に 困難が生じることを「私の問題」として捉えなくなることが前提になっている。

第一次調査から 6年たち、I 氏の職場環境は、制度改革による事業の拡大に伴い、一 緒に働く職員が入れ替わるなど、大きな変動があった。現在、I 氏は管理的な業務も担 う立場となり、個別支援という直接支援から、機関調整などといった間接支援へと、主 たる業務が移行した。第二次調査において、この間で印象に残っていることは何かと問

うと、I氏は次のように語った。

少し腰が据わった

うーん、そうですね。具体的ではないんですけど、とにかく人前に出るのが苦手だったので、人前に 出てしゃべるとか、人とつながりを積極的に持っていくタイプではなくて、この仕事に移ってから上司 に「自分から関係をつくっていくことも大事なんだよ」ということを教えてもらって、やってきてはい たんですが、やはり何かあると前に出てくれていたので。そういう役割の人がいなくなって、自分が出 ることになって、うーん、そうですね。人前に出るのが少し慣れたというか。(中略)そこはだいぶ、

変わりましたね。(中略)最初、「しゃべる人に緊張が移るわ」と言われるぐらい緊張してたんですけど、

今も変わらないと言えば変わらないんですが、少し腰が据わったというか、何ていうんですかね。【376】

研修を企画・運営し、実際に人前に立って司会・進行していかなればならないことは、

I 氏にとって「苦手な」仕事であった。しかし、頼りにしていた上司がいなくなること で、自分一人でやらなければならない状況へと追い込まれながらも、仕事を続けていく ことで、徐々にワーカーとしての自信をつけていった様子が語られている。

こうした「職場環境の変化に巻き込まれる」という「小さな節目」となる体験を経て、

第二次調査では、ワーカーとしての自分の個性を「細く、長く、(事業や職場の仕事配 分等の)土台作りをすることだ」と表現し、その語りには大きな変化が見られた。

I 氏自身が上司に「育てられる」という受動的な立場から、部下を「育てる」という 能動的な立場へと変化する中で、複数のモデルとなるワーカーと自己を比較しつつ、自 分の個性を生かした仕事のスタイルを確立してきたことなどが、詳細に語られたのであ る。

第2節「ふりまわされる」体験から「問われ」て「教えてもらう」体験へ

【エピソード44(63頁):K氏の語り】

1.第一次調査の「ふりまわされる」体験の振り返り

4年前の第一次調査では、入職1年目に、2度にわたって一人の利用者に「ふりまわ される」体験を語ったK氏に対し、筆者は第二次調査で、改めて本エピソードをどのよ うに捉えているかを尋ねてみると、「若かった」とK氏は一言つぶやき、次のように語 った。

「すごい」と「すっごい」:語りながら変化する語り口

― どの辺に若さを?

K いや、なんか、やっぱり、こう、こういうところで悩んでたんだなっていうのは思いましたね。

― ああ、やっぱりね。

K なんか、こんな、あっ、こういうことで自分、悩んでいたんだと思ってたり。今だったら全然悩ま ないようなところとかですごい考えてたりとか、っていうのはすごい感じましたね、はい。

― 今だったら悩まないけれど、こう、何、その当時だからこその悩みってどのあたりですかね、前の

事例で言うと。

K 事例で言うと、いや、なんか、前のほうがきっとすっごい……、あの、今が真剣に考えてないわけ じゃないけど、すっごい真剣に考えているなっていうのは、なんか、思う。自分が何とかしなきゃいけ ないと思っていたんだろうなというのは感じて。きっと今だったら誰かに愚痴ったり、誰かに相談した りとか、なんか、もう、適度に距離感を保とうと思うことに必死になるかもしれないんですけど、あの ときは、もう自分が何とかしなきゃと思い込んでて、きっと、それで自分を潰していたんだろうなと。

― なんか、なんでしたっけ、なんか、それこそ、「寝ても覚めてもあの事例のことが頭にある」って いうようなことをね、とおっしゃっていましたもんね。

K はい、はい、はい。

― そうか、そうか、なんか、それだけ、こう、1つのことに、何て言うかな、エネルギーをものすご い注いでたっていう感じなんですかね。

K はい、そうですね、はい。逆に言うと、それだけしかやることがそこまでなかったから、それにき っと集中できたんだろうなというのも。【461】

利用者の変化をなるべくキャッチできるよう、ワーカーは専門職としてのアンテナを 常に立てているものであるが、多忙な臨床において、そのアンテナを自己の変化に向け ることはなかなか難しい。したがって、このような調査の場で、改めて臨床体験を振り 返ることで、自己の変容に関心を向けることが可能になることもある。しかしK氏の場 合は、この4年間における自己の変容を、何となくではあるが感じ取っていたのであろ う。だからこそ、前もって予想、判断していたことと一致していることを意味する「や っぱり」との表現を用いて、第一次調査の振り返りを語りはじめているのである。

そして、「すごい」という言葉が、語りの途中から「すっごい」とさらに強調される表 現へと変化しながら、4年前から現在にいたる自己変容が語られている10。この言葉は、

インタビュー全体でK氏がよく使う表現であり、特定の体験や出来事などを「対比」し て語る時に用いられている。

ここで最初に使われている「すごい」は、利用者関係の「悩みどころ」が現在と4年 前では異なっていることが示されている。そこで、筆者はK氏に対し「その当時だから こその悩みってどのあたりですかね」と、「悩みどころ」をさらに具体的に語るよう促す と、K 氏は「すごい」を「すっごい」という表現に変えながら、実は自分にとって重要 なのは、悩みにまつわる具体的な内容としての「悩みどころ」ではなく、「真剣に」悩ん だという「悩みに対する向き合い方」を表現しようとしている。しかし、こう表現する 直前に、「今が真剣に考えていないわけじゃない」と前置きしていることから、「真剣に」

という言葉がある種の不適切さを含んだ表現であることをK氏は分かっているがゆえに、

別の表現を探す。そうして見つかった表現が、「自分でなんとかしなきゃいけないと思い 込んでいたこと」であった。

K氏は体験を振り返るなかで、意味づけに確信が持てない場合、「なんか」という表現 から語りはじめ、少しずつ意味づけが明確になっていくと、「なんか」を「きっと」とい

10 ここで使用されている「すごい」が村上(松葉ら2014:59-64)が言うところの「モチーフ」であ り「もう」「なんか」「きっと」という表現が「ノイズ」となる。

ドキュメント内 著者 福田 俊子 (ページ 99-116)