自己が自己に呼びかける「小さな節目」となる臨床体験
本章では、第6章第2節において「大きな節目」の体験を記述した、達人段階にある 臨床経験40年以上を有するA氏及びM氏のその後の臨床体験を取り上げる。「一人前」
段階以降から積み重ねられてきた「小さな節目」となる体験を通して、「個人的自己と専 門的自己」という区別はなくなり、両者が「一体化」する「中堅」から「達人」段階へ と移行する過程及び「小さな節目」について記述する。
第1節 専門的自己の内に宿る「見せかけの自分」に自ら問いかける
:A氏の語り 保護室の鉄格子越しに、利用者から「お前は何者だ」と問われる臨床体験を、自分の
「原点」であると語ったA氏は、この問いに応答することによって、専門的自己を形成 しながら、自らの実践を展開し、病棟から地域へと実践の場を拡張していった。
ところがこうした実践が可能になればなるほど「専門的自己のあり方」に疑問をもつ ようになったと、次のように語った。
問いに応えることによって生じる権威性に対するゆらぎ
- (病棟の社会化の実践において)患者さんの側に立つというのが、基本的なスタンスですか。
A うん、基本ですね。いい気分にもなれるというのもあったかもしれないですよね(笑)。
- (笑)。
A いいことをやってるんだ、というのはありますよね。
- それはそうですね。
A なおかつ、あなたのためにっていうね。これはちょっともう引っかかるんだよね、自分の中で。立 場性でそういう権威を使って、望んでいることを、物を与えるかのように与えてという、これが嫌な 部分があるんだよね、自分の中でね。
- その時も、そういうふうに感じていらしたんですか。
A うん、うん。「そういうふうに思われないか?」とかさ。そういうのってあるんだよね。どうやっ
たら本当の気持ちがね、悪いことをやっているわけではないので、だけどそういうふうに感じてしま う自分というのはあるんですよね。
- へぇ。難しいな。
A 物で釣っているのでないかとか、本人が望んでいることを与えることによって、与える側になって るんじゃないかとか、それは対等性がやはりゆらいでくるんじゃないかとか、こういうのは考えます よね。
- その当時、それは誰かにそういう話はされるんですか。
A いや、あまりしたことないですね。
- ワーカー仲間とか、お医者さんとか?
A ああ、勉強会ではそういう話はかなりしてるかもしれない。勉強会の一番いいのは、自分を語ると いうことを大事にしてたんですよね。でも、全部が全部言いませんがね、人間ですから。どうやって 言っていいんだかな、わかんないな。【8-9】
「権威性をいかに排除するか」は、入職当初より、A 氏の実践活動における重要なテ ーマとなっている。それにもかかわらず、最初に入職した病院においてA氏は「期待さ れて、必要以上に自分も背伸びをして白衣を着ていたこともある【19】」と率直に語り、
白衣を脱ぐ運動などに影響を受けることによって、「見せかけの自分」を問うようになっ たと言う。
病棟の社会化は、利用者との対等な関係を築き、利用者の声を「きかせてもらう」こ とからはじまった実践であったはずなのに、成功事例が積み重なっていくにつれて、ワ ーカーとしての「見せかけの自分」による実践が、利用者の声を「実現してあげる」と いうものへと変質し、援助関係が主客関係となってしまう危険性が生じる。A 氏はこれ を恐れるようになり、だからこそ「謙虚さ」が大事になるのだと、第一次調査で語るの だった。
ある時から「謙虚」にならないといけないと繰り返し自問自答する
個人的な段階の問題なんでしょう、きっと。(中略)自分が決めたことができないことによって非難さ れることがあるかどうかはわからないけど、できないことを自分の中でちゃんと整理することができな くなるのではないかという不安は、非常に強くあります。それはきっと、見栄っぱりなんですね。よく ありたいということが強くあるからでしょう。
そういうことから、あるときから謙虚にならないといけないと繰り返し自問自答するようなものとし て出てきているのは事実ですね。(中略)それなりの立場で話をするということになると、やはり自分は 謙虚であるかどうかということが非常に気になっていて、それがおごりになっているとすれば、やはり それは本来の自分の価値以上に見せびらかしている部分でしかないと。これだけは嫌な生き方だと自己 否定することがあります。【福田2012:67】
成功事例を積み重ねるほどに顕在化してきたのが自己に対する「不安」であった。そ して、この不安を軽減するために「謙虚になること」が自分に要請されるのであるが、
その時期は明示されることはなく、「あるときから」と表現される。なぜなら、A氏の「小 さな節目」には具体的な体験が伴っていないからである。
また、A 氏が冒頭で「個人的な段階の問題なんでしょう」と前置きしながら語りはじ めていることからもわかるように、「謙虚になること」は専門的自己としてだけでなく、
個人的自己を含む「人として」の生き方であり、もはやここには個人的自己と専門的自 己の区別はなくなっている。(図6)
第2節 技能習得によって見失われていた
「ワーカーとしてのあり方」が問われる:M氏の語り 看護助手として入職したM氏は、その直後に自らの「病院へ行けなくなる」という「大 きな節目」を体験した後、はじめて自分で展開したケースワーク実践について、以下の ように語った。
1.病棟を社会化する実践への取り組み
社会的入院に対する疑問
(前略)昔で言う精神分裂病の患者さんで、非常に愛嬌がよくて周りからは「何々ちゃん」と呼ばれて いた。朝起きると「おはよう」って病棟の前でコンコンってたたく。コンコンってたたくと看護師さん は詰め所を通してその人を外に出してあげる、閉鎖病棟にいたんだけど。で、彼は、毎朝の日課として ごみのバケツを持って、片方には水の入った吸い殻のバケツを持って、外に行って、それを洗って、ま た水をためて戻ってくる。そういう役割を持っていたんですね。(中略)だけど、そういう人を入院さ せておく意味があるのかと思ったんです。(中略)それで家族を呼んで、「なぜこうしているの?」とい う話をしたら、(中略)こういう時代なのでこの子はうちに連れてきても近所からいい目で見られない し、かといってどこにも行くところがないから、ここに入れているんだと。
(中略)病棟のルールでも朝のご飯でも、わからないことがあれば何でも彼に聞けばいい。(中略)み んな教えてくれるんです。(中略)だけど、その人が社会性を持っていることを誰も評価してくれなか った。(中略)私は、彼が持っている能力、いろいろな社会性があり、病気といっても病状はそんなに あるわけではなく、むしろ知的障害の施設でお世話をしてもらったほうがいいんじゃないかと思って
(中略)主治医と相談して彼を閉じ込めておくのはおかしいと(笑)、若かったですね。それで「どこ かを探してもいいか」と、「じゃあ、やってごらん」と。(後略)【571】
退院支援によって、病人でない世界で生きていくことが可能になる
(前略)施設に入ってしばらくするときょうだいが私のところに挨拶に来て、「今、こういう形で入っ て落ち着いています」と、「通院は外来へ来ているので時々顔は見るよ」という話をしたら「よかった」
と言うんです。今までは近所の人に「病院に入院している」と言ってきたけど、精神科ではない、施設 なんだと。障害者の施設に入っている。自分たちも胸を張って面会に行けると。(中略)彼も精神科で 患者としているよりも、普通の病人じゃない人たち、障害者なんだけど病人でない世界で生きていくこ とができた。これは一番最初の私のケース。【572】
M氏にとって最初の担当ケースだった本体験は、社会的入院であった利用者に対する 退院支援の成功事例である。病棟生活で「わからないことがあれば、何でも彼に聞けば いい」というくらい、「わかっている」利用者の「強み」に目を向けたM氏が、「病棟」
という医療の場によって「病人」として生きることを強いられるのではなく、社会福祉 施設という「病人でない(障害者の)世界で生きる」ことに向けて、退院を支援したの である。
当時の精神疾患を有する利用者が生活する場は、病院か自宅かの二者択一であった。
本来、病院が生活の場になる利用者とは、入院による加療が必要な者であり、それをM 氏は「普通の病人」と呼ぶ。そして、ここでの利用者のように、家族の事情といったい