「大きな節目」を契機とした専門的自己の解体と構築
本章から第8章では、現職ワーカーである協力者、主として臨床経験が20年以上ある A氏、M氏、それに臨床経験 20年未満のI氏、K氏を加えた計4名の事例を用いて、
Bennerモデルに沿いながら「大きな節目」及び「小さな節目」の臨床体験を詳細に記述
し、そこに現れている事象を考察する。
4名の協力者を事例として選んだ理由は二つある。一つは、「転機」のエピソードは半 数以上が臨床経験20年未満の協力者によるものであるのに対し、「原点」は一人を除き 全てが臨床経験20年以上の協力者の語りであるという特徴があったため、双方のエピソ ードを記述する上では、臨床経験年数の異なる事例が必要になった。
二つは、臨床体験の構造を明らかにするためには、できる限り詳細な体験にまつわる 語りが必要となるため、協力者のうちで自己を積極的に振り返り、「大きな節目」及び「小 さな節目」の体験を明確にかつ詳細に語ったのがこの4名の事例であったことがその理 由である。
まず本章では、初心者・新人段階において生起する「大きな節目」を、ワーカーにと って「転機」となる「ふりまわされる」体験、及びワーカーとしての「原点」となる「巻 き込まれる」「問われる」臨床体験を取り上げる。
なお、前章で示したとおり、ここでは「巻き込まれる」体験とは「主体の意思とは関 係なく、否応なしにかかわりをもたされてしまうこと」であり、「ふりまわされる」体験 は、「主体の意思とは関係なく、否応なしにかかわりをもたされてしまった結果、自分が 他者や事象に操られること」を指している。
第1節 「ふりまわされる」臨床体験:臨床経験20年未満の事例
第一次調査においては、利用者との関係で「ふりまわされ」て「行き詰まった」体験 を取り上げ、混沌とした語りを呈していたが、第二次調査ではその語りに大きな変容が 見られた、臨床経験20年未満の協力者2名、I氏及びK氏の「大きな節目」となる体験 は、次のとおりであった。
1.意向が異なる利用者、家族、施設の三者にふりまわされる
【エピソード39(60頁):I氏の語り】
I 氏は、ソーシャルワークという「マニュアルのない世界」で、ワーカーとしての役 割をつかめないまま、「責任は果たさなければいけない」との思いや不安を抱えながら入 職して5年が経過しようとした頃に、担当となった利用者との関係で「行き詰まった」
出来事を、第一次調査では自身にとっての重要な臨床体験として語った。
それは、施設入所から在宅への移行を希望する知的障害がある利用者の支援をめぐり、
利用者、家族、施設の三者の間に立ち「ふりまわされた【407】」エピソードだった。こ れは、調査当時には現在進行中の事例であった。
本人や家族には悩むだけの時間となったケア会議
方向性が何もない中で、とりあえず家には戻れないんだということを本人にもみんなにも確認しても らえる場にしようかなと思っていました。それが、実際にふたを開けてみると、ご家族は本人に、「戻 れないんだよ、一緒に住めないんだよ、体力的におまえの面倒を見るのは無理だし、年をとっていくだ けだから一緒に住むことはできないんだよ」と言って、それを聞いても本人は「家に帰りたい」って言 うんです。その場はとりあえず、本人にはもう少し時間がかかるからお父さん、親御さんも家に戻れな いと言っているけど、家に戻るか、ほかの施設を探すか、一人暮らしをするか、そのあたりをもう少し 考えていきましょうということで終わりました。
ところが、その場で施設の人が、いつまでも先が見えない中で延ばし延ばしにされても困る(中略)
そんな話になってしまって、すごく(本人にとっては)つらい時間だったろうなと。私も、どう収めよ うかというのがあったんですけど、本人やそれを聞いている家族にとっては悩むだけの時間だったと思 うと、申しわけなかったなと。(後略)【363】
施設に入所している利用者より「在宅へ戻って親と一緒に暮らしたい」との要望が出 されるも、親は本人を受け入れられないと言う。また、家に帰りたいがゆえに本人が施 設で不適応行動を起こすため、施設側も本人への対応に困っていて、できるだけ早く本 人が退所し、他施設へ移行することを望んでいる。こうした三者の意向を調整するため に開催することになったケア会議であったが、I 氏は「方向性もない」状態で会議を進 めなければならなかった。それゆえに、二度使われている「とりあえず」という言葉や、
「そのあたりをもう少し」といった表現がされているように、その場を何とか凌ぐため に曖昧な結論を導き出そうとして会議を終えようとするが、施設職員から異論を唱えら れてしまうのであった。
第一次調査における2度目のインタビューで、改めてI氏に本体験について尋ねてみ たところ、仕事を「抱え込んでしまう」自分の取り組みに問題があったと、的確に問題 を分析した上で、今ならどうするかという調査者の問いに対して「行き詰まったら相談 します【407】」ときっぱりと応えている。
以上のことから、ケア会議にまつわる一連の「行き詰まる」体験を経た約1年後には、
I氏はワーカーとして必要とされる技能を身につけてきたことが明らかとなっている。
2.一人の利用者に、二度ふりまわされる【エピソード43(62頁):K氏の語り】
第一次及び第二次調査を通じて、臨床経験が10 年未満と最も経験年数の短いK氏に は、入職して2・3年が経過した時に、第一次調査へ協力いただいた。その時に語られた のが本エピソードである。
大学卒業と同時に精神保健福祉士の資格を取得したものの、この領域で仕事をするこ とになるとは思っていなかったため、精神障害に関する基礎的な知識等があまり豊かで はない状況で入職した。そうしたなか、ある利用者から他の利用者に関する苦情を訴え られることになるのだった。
「内緒にしてほしい」という利用者の言葉に縛られる
K:(前略)家屋を直しに行ったときに初めてしゃべりました。(中略)前の男性がのぞいてくるし、自
分が帰ってきたらドアをバンッと閉めるのでどうにかしてほしいと。そのときはその方についての知識 がなかったので、本当にその人がやっているんだと思ってしまったんです。
(中略)
K:そのとき、「病院には言わないで」と言われていて、メンバーのことをむやみに人に言ってはいけ
ないと勉強していたので、「内緒にしてほしい」と言われたらそうしなくてはいけないと思っていたの で病院にも誰にも言わずに、どうしよう、どうしようと思っていました。
(中略)
K:それからまた同じように何か壊れたので直しに行ったら、またそういうことがあると。話がすごく 長くて、行ったら必ず2~3時間は帰れないんです。こっちが一言「でも、それは・・・・・・」と言うと、
「あなたは私のこと、疑っているの」と言われるし、一言でも否定的なことを言うと返ってくるし、本 当にどうしようもなくなって。どうしよう、怒らせてしまったと思ったので、「そこの責任者に来ても らってお話をしてもらいましょうか」と言ったら、「その人は関係ないでしょう。何でそこまで飛ぶの。
あなただけでいいのよ」と言われるし。でも、でも、それが何回かあったので私も限界に来ていて、利 用者さんの前で半べそになりながら聞いていたんです。帰ろうと思って、「じゃあ、そろそろ失礼しま す」って言うと「Kさん、待って。お茶でもどう」と出されるので帰れなくて。それが2~3回繰り返 されてもうどうしようもなくなったので、前の担当の人などに相談しました。そうしたらまず、「上司 に相談してごらん」と言われたので、相談してもいいんだと思いました。【440】
利用者の「内緒にしてほしい」との言動が「利用者の試し行為」である可能性等を考 慮する余裕もなく、K 氏は額面どおりにその言葉を受け取り、ワーカーとしては守秘義 務を守らなければならないと考え、利用者に「ふりまわされる」結果となってしまった。
これはまさしく、Bennerが言うところの前後の文脈を考えない「原則どおりの行動」で あり、「初心者」段階の実践の典型である。
先述のとおり、偶然、精神保健福祉領域で仕事をすることになったK氏は、幻覚や妄 想についてもよくわからないまま、利用者とかかわっていたために、原則どおりの行動 をとらざるを得なかったのであろう。以後、「自分だけで」何とか困難な状況を乗り越え ようと努力するが、それだけでは立ち行かなくなり、「行き詰まった」K氏は、上司に相 談をもちかけた。
上司主導で聞いてもらい、具体的な助言をもらう
上司は聞き上手だったので、利用者さんの話をしただけでピンと来たようで、「とりあえず何があっ たかしゃべりなさい」と言われて、よくわからないままにばーっとしゃべっていたら、上司から「その ときにあなたはどうしたの?」と聞かれて、上司主導で聞いてもらいました。「私が一度しゃべってら ちが明かないようだったら〇〇に言ってください」と言いなさいと。それからあなたは手を引いてもい いからと言われて。
(前略)その後で上司に言われたのが、ちゃんと線を引いて、言うときは言って、聞くときは聞くけど それ以上のことを言われたら「それはできません」とはっきり言っていいし、それは私に言いなさい、
と。「私にはそこまで責任は持てません」と言っていいと。それからは普通に話せるようになってきて、
そうしたらその方からの返答もあまりなくなって(後略)。【450】