第 2 章 前面衝突事故シミュレーションによる自動車乗員傷害予測手法の構築
2.5 実事故データによる乗員傷害予測式の検証
各部位の傷害予測式の予測精度を検証するために,ITARDAが報告した乗用車相互事故デー
タ[20][21]を活用した.本研究で用いたデータは実事故を再現した実験データ2例および実事故デ
ータ12例の計14例(28ケース)の事故データである.この事故データに掲載された各ケース のエアバッグの作動状況,シートベルトの着用状況,車種,バリア換算速度(EBS: Equivalent Barrier Speed)および衝突角度を式(1)に入力することにより各部位の傷害発生確率を算出し,
ドライバーの傷害状況との比較を行った.なお,平成 19 年度報告書に掲載された実事故デー タには乗員の身長に関する情報がないため,男性と女性乗員の身長はそれぞれ日本人男性の 50th%ileの身長(1.71m)と5th%ileの身長(1.58m)とほぼ同じであると仮定した.
Table 2.7に事故条件,運転者の各部位の重症度および傷害予測式により算出された頭部と胸
部のAIS 3+および下肢のAIS 2+の傷害発生確率を示す.まず,頭部については,事故データ
をみると,AIS 0もしくはAIS 1の外傷のみであった.傷害予測式による予測結果に関しても,
AIS 3+の傷害発生確率は4ケースを除き50%以下と低く,報告された事故条件下では重症な頭
部傷害が発生しないという傾向はほぼ一致したと考えられる.ケースNo.50 lightやNo.43 light
は頭部のAIS 3+の傷害発生確率が約85%と過大評価された.これらのケースは衝突速度が最
も高く,また軽自動車であるにかかわらず,頭部傷害が発生していない.このような特異なケ ースにおける傷害を正しく予測するために,今後車室モデルの形状と材料特性の再検討および 事故直前の乗員姿勢のより正確な推定が必要であると考えられる.
胸部に関しては,傷害予測式による予測結果は28ケース中14ケースが一致し,特にケース
No.40 lightやNo.50 lightのような重症な傷害についても一致した.しかし,実際の重症度に対
する過大評価と過小評価はともに存在した.過大評価はシートベルト非着用にもかかわらず軽 症であったケースNo.52 minivanとNo.54 minivanにおいてみられた.また,衝突速度が高いに もかかわらず軽症であった事故例No.36にも過大評価が確認された.一方,過小評価は乗員年 齢が58歳のケースNo.40 lightにみられ,乗員年齢が傷害耐性に影響を及ぼしている可能性が あることがわかった.さらに,過小評価となったケースNo.40 lightの乗員が女性であることが わかり,性差による傷害耐性の違いが影響を与えている可能性もあることが考えられる.本衝 突事故シミュレーションモデルは乗員の年齢および性別を考慮していないが,性差による耐性 の違いや高齢化に伴う骨格構造の変化と骨密度の減少などにより,人間の各部位,特に胸部の 強度は変化する[8][22]ため,乗員の年齢および性別を考慮することは今後の課題となる.
下肢については,傷害予測式による予測結果は全体的に低く,AIS 2+の傷害発生確率はすべ ての事故例において5%未満を示したが,過小評価となったケースは28ケースのうち,8ケー スであった.特に,ケースNo.43 light,No.50 lightおよび事故例No.36のような高速度域の事 故における下肢の重症度を正しく予測できなかった.衝突事故シミュレーションモデルに用い た車室モデルのインテリアパネルが簡易なマルチボディでモデル化されているため,各車種の 車室形状を正確には表現しておらず,高速度域の事故における車室の変形も考慮されていない.
ITARDA の報告書[20][21]においてインテリアパネルが下肢の加害部位であることが多く報告さ
れており,今後車室モデルの形状の詳細化などにより予測精度の高い傷害予測手法を得ること ができると考えられる.
以上より,本乗員傷害予測式を用いて 28 ケースの実事故における頭部,胸部および下肢の 重症度を予測した結果,実際の傷害状況と予測結果との一致率は頭部,胸部と下肢についてそ
れぞれ85%,50%と71%であることがわかった.なお,大量の事故データに基づいて構築され,
すでに実用化されているUrgency Algorithmの30例の前面衝突事故におけるMAIS(最大AIS)
3+の予測結果の一致率は70%であると報告されている[4].本研究で構築した乗員傷害予測式は,
すでに実用化されたUrgency Algorithmと同程度もしくはそれ以上の予測精度で,特に頭部およ び下肢のような体節ごとの重症度を予測できたことが明らかとなった.胸部の重症度に関して は,今後乗員の年齢や性別の違いを衝突事故シミュレーションモデルや傷害予測式に反映させ ることにより,予測精度の向上を図る余地があると考えられる.
Table 2.7 Comparison of predicted AIS 3+ probability with real world accident data reported by ITARDA AIS headAIS thoraxAIS lower limb Report year Case Vehicle typeSeat beltAirbagDriver height [m]
EBS [kmPredicted AIS3/h]Accident
+ [%] Accident
Predicted AIS3
+[%]AccidentPredicted AIS2+ [% minivanyesno1.42350 2.31 35.00 0.00 Test 1 lightyesyes1.63400 6.70 41.13 0.00 compactyesyes1.73600 60.90 90.53 0.06 No.36 compactyesyes1.60600 45.70 89.53 0.02 lightnoyes1.70400 44.93 91.42 2.422006[20] No.40 lightyesyes1.47250 1.23 23.51 0.00 lightyesyes1.62451 21.00 79.91 0.02 Test 2 compactyesyes1.70400 13.41 56.50 0.01 lightyesno1.58250 2.00 23.90 0.00 No.41 lightyesno1.58250 2.01 23.90 0.00 lightyesno1.71200 1.9- 15.7- 0.00 No.42 lightyesno1.71200 1.90 15.70 0.00 lightyesyes1.58650 74.40 98.03 0.09 No.43 lightyesyes1.58400 10.63 67.41 0.01 lightyesyes1.58350 5.51 51.80 0.01 No.47 minivannono1.71350 26.81 76.12 0.93 lightyesyes1.71650 84.54 98.23 0.23 No.50 compactyesyes 1.5845- 10.20 56.2- 0.00 compactyesyes1.58301 1.81 16.70 0.00 No.51 compactyesyes1.71300 3.31 18.21 0.00 compactnoyes1.71450 42.61 86.53 1.85 No.52 minivannoyes1.71500 66.11 95.30 3.88 compactyesyes1.71400 9.11 42.30 0.01 No.53 minivanyesyes1.58350 3.91 37.61 0.00 compactnoyes1.71451 47.11 87.21 1.55 No.54 minivannoyes1.71401 29.71 84.21 1.93 minivanyesno1.71350 8.41 40.40 0.01
2007[21] No.55 minivannono1.71351 24.10 75.20 1.07