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宇宙 かいびゃくせつ開闢説に於けるエネルギー観念の導入

ラプラスが太陽系の安定に関する古典的著述を完成して満悦の感に浸って居た時には︑太陽は未来

永劫不断に其れを巡る諸遊星に生命の光を注ぐであろうという希望に生きて居たことであろう︒彼には太陽系内に於ける状態は常に現在と 略同様に持続するであろうと思われた︒此の偉大な天文学者も︑亦彼と同時代で恐らく一層偉大であったハーシェルでも︑太陽の強大な不変な輻射に対して 何等の説明を下そうとも思い及ばなかったのである︒

併し太陽の高温又恒星の灼熱の原因が何であるかという問題は十分研究の価値のあることである︒既にアナクサゴラスは恒星の灼熱はエーテルとの摩擦によるものという 考を出して居る︒更にライプニッツ及びカントは太陽の熱が燃焼によって持続されて居ると言明して居り︑又ビュッフォンは遊星が灼熱状態から冷却してしまう迄の時間に 就て注意すべき計算をして居る︒ラプラス自身でさえ︑遊星を構成する物質は始めは灼熱されて居て後に冷却したものだと仮定して居る位である︒

併し︑此種の観察が一つの安全な基礎を得るようになったのは︑熱に関する器械的学説が現われて︑前世紀の中頃︑自然科学の各方面で着々成功を収めるようになってからのことである︒此の学説によれば︑エネルギーも亦物質と同様に不滅である︒物質の量の不変ということは︑昔から宇宙進化の謎に 就て考察した程の 凡ての人によって暗黙の中に仮定されたことであったが︑十八世紀の終りに到ってラヴォアジェによって始めて完全に正当なものとして証明されたのであった︒

太陽は生命を養う光線を無限の空間に放散して居るから︑此れによるエネルギーの消費を 何等かの方法で補充して居るか︑さもなければ急速に冷却しなければならない 筈である︒ 併し地質学者の教うる所では此の後者の方は事実と合わない︒ 即︑幾十億年の昔から今日迄太陽の光熱は殆どいつも同じ程度に豊富な恩恵を地球に授けて来たに 相違ないと説くのである︒それで︑マイヤー(Mayer) はエネルギーの源の一つを隕石の落下に求めようという最初の試みをした後に︑ヘルムホルツ(Helmholtz) が現われて此のマイヤーの 考を改良した︒ヘルムホルツの 考では︑太陽の各部は次第に其の中心に向って落下するので其為に熱が発生するというのである︒此の 考は此の問題の答解として最良で最も満足なものと考られて来たが︑現代に到って地質学上の色々の発見から︑此のエネルギーの源では到底不十分であるということが明白に見すかされるようになった︵﹃宇宙の成立﹄第三章参照︶︒此の物理学的の問題は次第に多く注意を引くようになった︒物体︑特に 瓦斯体の︑圧力 並に温度の変化に対する性能が次第に詳細に知られて来るに従って︑天体の温度と其の容積変化 並に其の受取り又放出する輻射に 因るエネルギーとの収支の関係も亦次第に精細に研究されるようになって来た︒此方面に関する研究の中で最も顕著なのはリッター(Ritter)のである︒此れに 就ては更に後に述べることとする︒天体の問題に 就て︑温度 並に重力の及ぼす純物理学的の変化に関して憶測を試みる際に︑又一方で天体の諸成分間に可能な化学作用に及ぼす温度の影響に関する吾々の智識をも借りて 此処に利用すれば本質的な参考となる訳であるが︑吾々は今 正にそれをしようとして居るのである︒ヘルムホルツは 唯純物理学的な過程の為に遊離発生する比較的僅少なエネルギーのみを問題として︑此れより 遥に有力な化学

181 第九章 宇宙開闢説に於けるエネルギー観念の導入 的過程に 因るエネルギーの源泉を 閑却した為に 其処に困難が残されて居たのであるが︑ 併し此場合に於ける諸関係を十分に研究すれば多分此の困難からの活路を見出すことが出来るであろう︵此れに 就ては次章で更に述べる︶︒重力の方則と物理的過程に際するエネルギー不滅の方則とを応用して 何処迄行けるかということは︑リッター(A.Ritter) の此の二原理を基礎とした非常に行届いた研究によって見ることが出来よう︒彼は又普通の 瓦斯態の方則が此の際適用するものと仮定したのであるが︑ 併し熱伝導と輻射とは 餘り重要でないものと 見做して居る︒ 尤も彼より八年前にレーン(Lane) が 略同様な研究をして居るがこれはそれ程 行届いたものではない︒其後にケルヴィン卿(LordKelvin) や︑シー(See) や又特にエムデン博士︵Dr.Emden 一九〇七︶が此の問題の解決に 就て有益な貢献をした︒ 就中此の最後の人のは数学的に此の問題を取扱った大著であって︑将来此の方面の研究をする者に取って有益な参考となるものであろう︒ 併し物理的の点では彼の 考は 餘りリッター以上には及んで居ない︒輻射の影響に 就ては近頃になってシュワルツシルト(Schwarzschild)の研究の結果がある︒ 併し 此処では 唯リッターの研究の主要な結果を述べるに止めようと思う︒リッターの 考では︑彼の仮定したような方則に従う 瓦斯塊は︑一般に或る限界によって其外側を限られ︑ 其処では温度が絶対零度迄降下して居り︑ 其処から内側へ行く程段々に温度が高まり︑そうして各点に於ける温度は任意の 瓦斯塊が前記の限界から其の点迄落下した時の温度と精密に同一であるというのである︒此れを分り 易くする為に地球雰囲気の場合を例に取って考えて見よう︒今地球表面の温度を

摂氏一六度︵絶対温度の二八九度︶とする︒此れは実際地球上の平均温度である︒すると︑リッターの仮定に従えば︑雰囲気の高さは二八・九キロメートルということになる︒何故かと云えば︑今一キログラムの水が一キロメートルの高さから落ちるとすれば其の温度は1000÷426 即二・三五度だけ上昇する︒ところが空気の比熱は〇・二三五である︒それで一キログラムの水を〇・二三五度だけ温め得る熱量は︑一キログラムの空気ならば一度だけ温度を高める事が出来る︒従って︑一キログラムの空気が一キロメートルの高さを落ちると其温度は一〇度高くなる︵ 此処では︑リッターの 考に従って等圧の場合の空気の比熱を使って計算した︶︒其故に気温が絶対零度から二八九度迄昇る為には二八・九キロメートルの高さから落ちるとしなければならない︒従って地球表面から測った雰囲気の高さは 丁度それだけである︑というのである︒雰囲気が 若し水素で出来て居るとしたら︑其の比熱は三・四二であるから其の高さは四二一キロメートルとなるであろう︒同様に 若し雰囲気が飽和水蒸気と其中に浮遊する水滴とで成立って居るとしても其の気層の高さは可なり 著しいものになるであろう︒何故かと云えば︑こういう混合物の温度を一度だけ上昇させる為には︑ 唯蒸気を温めるだけでなく︑其上に水滴の蒸発に要する熱を供給しなければならないからである︒ 即︑ 恰も此のような混合物の比熱が比較的大きいものであると考ればよいことになる︒リッターも計算した通り︑地面の温度が〇度であるとすると︑水蒸気で出来た雰囲気の高さは三五〇キロメートルとなる︒それで実際の場合に於て空気中には其の凝縮し 難い成分以外に水蒸気と雲とを含んで居る為に雰囲気の高さは前に計算した二八・九キロメートルよりも二キロメートルだけ大きく取らな

183 第九章 宇宙開闢説に於けるエネルギー観念の導入

ければならないことになる︒

然るに︑リッターの云う通り︑此の結果は全く事実に合わない︒隕石の観測の結果から見ると地上二〇〇キロメートル以上の高さで光り始める場合が 屡ある︱︱︱此の灼熱して光るのは空気との摩擦の結果である︒北光の弧光は空気中に於ける放電によるものであるが︑此れの最高点は約四〇〇キロメートルの高さにある︒又近年気球で観測された結果では︑約一〇キロメートルの高さから以上は気温は 殆ど均等であって︑上方に行くに従って毎キロメートル一〇度ずつの減少を示すようなことはない

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(

考えた 層に於ける水蒸気のように︑凝縮して雲となり︑其結果として著しく雰囲気の高さを増して居るものと リッターは彼の計算と事実との齟齬の原因を説明する為に︑非常に高い処では空気の瓦斯が︑丁度下 )1 処でなくては起り得ない筈である︒気象学者の中でも此の現象の説明は未だ一致して居ない︒私自身の 到達し得られるような高さで︑そして温度の上方への減少が殆ど分らなくなる高さなどよりは遥に高い ︒併し今日では︑此の凝縮は零下二〇〇度以上では起り得ないことが知られて居る︒即︑気球が 1

考としては大気中の炭酸 瓦斯と水蒸気又或はオゾンによる熱輻射と其の吸収とが此際重要な役目をつとめて居るものと信じて居る︒

(

リッターは︑更に︑地球を貫通する幅広い竪穴を掘ったとしたら地球中心での気温がどれだけになる )(Goldhammer)1

かを計算した︒ 勿論其際重力は 竪穴内の深さと共に変化し地球中心では〇となるということを考慮に入れて計算した結果は︑ 竪穴内の地心に於ける温度は約三二︑〇〇〇度ということになった︒なお彼の其後の計算では地球中心の温度は約一〇〇︑〇〇〇度となっている︒此れから見ても 瓦斯状天体では中心に近づくに従って温度が増すという事が了解されるであろう︒ 然るに地球は表面から四〇〇キロメートル以上の深さでは 屹度 瓦斯態にあると思われるから︑此場合のリッターの計算は或程度迄は当を得たものと考られる︒ 尤も地球内にある 瓦斯の比熱は︑リッターの計算に用いた 瓦斯比熱よりは 著しく大きいに 相違ないから︑地心の温度は彼の得た値よりも 寧ろ低くなる 筈であって︑ 仮令化学作用のことを勘定に入れて見ても彼の値の半分にも達しないかも知れないのである︒一方で地心に於ける圧力はというと︑それは約三〇〇万気圧と推定されて居る︒次に太陽に関する考察に移ることとする︒太陽の最外層に於ける重力は地球のそれの二七・四倍であるから︑ 若し太陽の雰囲気が空気で出来ているとしたら︑其の温度は高さ一キロメートルを下る毎に二七四度ずつ増す 筈である︒ 然るに太陽の外側の雰囲気は 主に水素から成立し︑しかも︑地球上では水素原子が二つずつ結合して一分子となって居るのに反して太陽では一つ一つの原子に分離されて居るのである︒単原子状態にある水素の比熱は︑太陽表面に於けるような高温度に於ては約一〇で 即〇度に於ける空気の比熱の四二・五倍と見積られて居る︒従って太陽の最高層に於ける温度は一キロメートル昇る毎に約六・五度ずつ降る訳である︒ところが太陽の光を放出して居る 彼の太陽雲の温度は約七︑五〇〇度と推定されて居るから︑それから推算すると︑此の光った雲以上の雰囲気の高さは約一︑二〇〇キロ